『スグル、いかないでくれ。』

「それじゃあね。」と言ったスグルに、俺も「おう」と応えて。それが最善だと思っていたのに。それが、俺が出来る精一杯だと思っていたのに。
覚悟だって、もう何度も何度もした筈だったのに。


『分かってる。分かってるよ。お前はこんなの求めてないよな。普通に終わりたいよな。だって今日死ぬのなんか、お前にはもうずっと前から知ってたことだよ。自分の運命を知って、絶望して、諦めて、乗り越えて、取り繕ってでもやっと普通に生きていけるようになったのに、外野がぶち壊すようなこと、残酷だって分かってる。でも俺も、毎日後悔するんだよ。この選択でいいって言い聞かせて、眠って、でも朝起きると、やっぱり考え直すんだ。スグル、スグル、俺、』


『誰かたった一人。』
静かな声だった。晴天の下の穏やかな海のように。

『誰かたった一人、死んだって手離したくない人がいれば。こんなクソッタレな人生に絶望して、クソッタレな運命に逆らえなくても、そのたった一人がいれば。その人が俺の未来だ。その人が、俺の希望だよ。』


スグルがゆっくりと俺を指差して、少し、ほんの少しだけ、泣きそうに笑って。
仕切り直すように、スグルが「それじゃあね。」と手を振って帰っていくのを、スグルの姿が見えなくなってやっと、「またな。」と見送った。