それは、ある一人の言葉が原因だった。
「なあ、今日来てない佐藤ってさ、なんか鼻につかねーか?」
「鼻につくって言うとー?」
「つまりはむかつくってことだよ。あいつ、クラスでも『俺は頭いいです~』みたいな感じ振りまいてねえか?」
「あー、それはちょっとわかるかも。それを言うならい伊豆くんもだよねー。まじめにやってますオーラがすごいというかなんというか」
「それを言うなら斎藤もだな!アイツ小テストの答え合わせで俺の点数見るたびに鼻で笑いやがる!むかつくったらないぜ!」
一人がクラスの悪口を言ったことをきっかけに、クラス会はでここにいない人の悪口を言う場に変わった。
口々に、好き放題に。
自分の日々のうっ憤を晴らすかのように大声で話す皆。
僕はその場の空気に完全に飲まれてしまっていた。
ただただ、さっきまでの優しい空気との温度差に恐怖した。
なんでだ?さっきまであんなに楽しそうに話していたのに。
みんなで仲良く、これからの学校生活を楽しんでいけると思っていたのに。
そんな僕の思いは粉々に砕け散っていた。
そしてさらに事態は悪化する。
「夢宮は!?さっきから黙ってるけどなんか思うことないのかよ!?」
いきなりそんなことを聞かれた僕は困ってしまった。
別に僕はクラスに不満を抱いてなどいなかった。
強いていうならこの空気は自分が好きなものではない、と主張したかったけれど、ヒートアップした空気の中、そんなことを言えるわけがなかった。
だから僕はとっさに
「いや、何もないけど……」
と返してしまった。
その次の瞬間。
すさまじい形相でみんなから睨みつけられた。
まるで『自分たちは言ったのに、お前は言わないつもりなのか』とでも言いたげな、負の感情が入り混じった視線。
その視線を、その瞳を見て僕はわけがわからなくなった。
僕の頭は『どうしてこんなことに』という思いであふれかえっていた。
それと同時に、母に言われた言葉を思い出す。
『瞳を見なさい。瞳を見れば、人の気持ちと向き合うことができるようになるわ』
僕は今まで、母の言う通りにしてきた。
人の瞳を見て、人の気持ちを汲み取ろうとしてきた。
たとえ友達じゃなくとも、誰かの思いに応えようと頑張って来たつもりだった。
でも今はもう、人の気持ちが全くわからない。
楽しい空気だったんじゃあなかったのか、互いを認め合える雰囲気があったんじゃなかったのか。
それがどうして、こんなに険悪なムードに様変わりする?