トラやんの話を聞いて、僕は衝撃を受けていた。
人を知り、向き合うことで人を助ける。
トラやんはそんな風なことを言った。
その考えは、僕にはとてもまぶしく感じられたのだ。
人の感情の波に流されて、人付き合いを避けてきた僕と、ちょうど真逆の考え方。
人の瞳を見て、人の感情を読み取って、勝手に人に期待することをやめた自分だからこそ、
その考えに畏敬の念を抱いてしまう。
なぜならそれは僕が、向き合うことを放棄した考えなのだから。
「あんたはどうなんや?学年二位に上り詰めるくらい勉強したんや。それ相応の目標を掲げて努力したはずやろ?俺は人の上に立ち、人を知るためやった。あんたは何を目指してたんや?」
「僕は……」
人の上に立つこと?人を知ること?人の気持ちと向き合うこと?
僕の目的はそんな大層なものではない。
どころか、ひどく自分勝手で、独善的なものだ。
だって僕の願いは。
僕の願いは、たった一人の女の子と話したいということだけなのだから。
今のトラやんの話を聞いて、そんなことを話せるわけはなかった。
なんとかごまかしのセリフを考えていると、登校してきた生徒たちがぞろぞろと廊下に来た。
中間試験の結果を見に来たのだろう。
中にはおそらく、トップの成績を取ったのが誰かを見たくて来た生徒もいる。
しかし、夢中になって気付かなかったが、結構な時間話し込んでしまっていた。
このまま話し続ければ、きっと生徒たちに取り囲まれてしまうことだろう。
まあ、話をやめるいい口実ができた。
「悪いトラやん。この話はまた今度しよう。このまま話してたら人がたくさん来ちゃうかもだし」
「ふむ、それもそうやな。ほな、またどこかで。慈眼くん」
ああ、もし縁が会えば。
そうこうしているうちに、もうかなりの人数が廊下に入って来ていた。
廊下で次々に話しかけられているトラやんを横目に、僕は廊下を後にした。