「いや、気にしないで。目に入ったから言っただけだし」

瞳に見とれていたことに気付かれないように、慌てて返事を返す。

「でも本当に助かりました。重ねてお礼を」

笑顔で言う女の子。
不思議と胸が高鳴り、つい彼女の瞳に視線を向けてしまう。
どうしたら、こんな瞳になるのだろうか。
一体どんな人生を、どんな風に歩んで行けばここまで瞳を透き通らせることができるのだろう。
彼女と向き合っている時、僕は今まで覚えたことのない不思議な感覚に包まれていた。
優しくて、あたたかなやすらぎをもたらしてくれる感覚。
この人と、ずっと一緒にいたいと思える。
そんな空気が僕を、この子と話がしたいと思わせていた。

「大丈夫ですか?」
「え、何が、かな?」
「いやその、ずっと私の顔を見てるので」
「ああ、ごめん。でも、顔じゃなくて瞳を見てたんだ。」
「えっ?ああ、そういうこと。……ええと、なぜ私の瞳を?」
「えーとその。すっごく、まあ、綺麗だったから」
「えっ!?あ、ありがとうございます…」
「ごめん、変な意味じゃなく、本当に思ったことをその通りに言っただけなんだ。今まで見てきた誰よりも、透き通った瞳をしていたもんだから…」
「透き通った……?ふふ、そんなこと言われたのは初めてです。なんか、照れちゃいますね」

流れるように会話が続く。
まるで夢の中のような心地よさがそこにはあった。
ずっと話していたいという思いが、僕の心に反響する。
だが当然、終わりの時間はやってくる。
キーンコーンカーンコーン。
鐘の音が二人の会話に割って入った。

「もう休み時間終わっちゃいますね。それではまた、縁がありましたら。ハンカチ、ありがとうございました」

そう告げて、女の子は向こうへ行ってしまう。

待って欲しい。
まだこっちは、もっと話していたいのに。
君について聞きたいことがたくさんあるのに。
あと少し、せめて名前だけでも。

「ちょっと、まっ」
「夢宮、もう教室戻れー。鐘鳴ったぞー」

引き留めようとする僕の声に、先生が割って入った。
気付けば女の子は、既にどこかに消えてしまっていた。
夢が覚めたようにあっさりと、僕の視界からいなくなっていた。
それが、あの子と出会った日の出来事だった。