ぼんやりとした意識の中、夢を見るように僕は回想する。
僕にとってのかけがえのない記憶。
そう、あの四月の出来事を。
中学二年、四月。
貴基とまた同じクラスになることができ、僕は安心していた。
けれどやはり、他人の瞳を見ることに対する恐怖が消えたわけではなかった。
どうしたって、色んな感情が混ざり合った瞳を見ることに抵抗はあったのだ。
だけどある日、僕に変化をもたらした出会いがあった。
その日僕が休み時間に廊下を歩いていると、キョロキョロと周りを見渡している女の子が、ハンカチを落としているのが見えた。
その女の子は、ハンカチを落としたことに気付いていないようだった。
僕はそれを拾うことに躊躇はしなかった。
他人に対する不信感が大きかったその時でも、困っている人がいたら助けるのは僕にとっては当たり前のことだったのだ。
その等身大の優しさは、人の心に向き合うことを率先して行ってきた、僕の唯一と言っていい取り柄だった。
「あの、ハンカチ、落としましたよ」
そう呼びかけると、女の子は驚いたように振り返って
「ああ、すいません!全然気づきませんでした!ありがとうございます」
僕の方を見てそう言った。
次の瞬間、女の子の瞳が僕の目に映った。
その時見た瞳の美しさは、生涯忘れることはないと思う。
それだけ純粋で透明な輝きを、彼女の瞳は放っていた。
ただ眼球が視覚的に美しいという話じゃない。
瞳から伝わってくる感情や思考。
それらが、なんの混じりけもなく純粋に伝わってくる。
まるで透き通ったグラスのように、まっすぐに。
その心の在り方が、見とれるほど美しかった。
貴基の持つ瞳とは、似ているようで全く違う。
貴基の瞳は明るい感情が詰め合わさったものだが、この子はそうじゃない。
そこには多様な感情はなく、一つの感情だけが存在している。
例えば今僕に向けられているのは、感謝の感情だけだ。
そしてそんな感情を、隠すことなく発している。
初対面の人に対する警戒などまるでない、純真無垢な、清らかさの化身のような瞳だった。