見間違いか? いや、髪型や佇まいだけではない。服装も同じだ。本物だ。

その子は壁際に立ち、キョロキョロと誰かを探しているかの様子。その姿に目を奪われていると、一瞬だけ視線が重なった。ライブに向けての高揚した気持ちが、一気に驚愕へと変わる。自然と眉間をしかめ、首をかしげてしまう。鼓動が早まる。立ち止まってしまい、後ろの人にどんとぶつかられる。

急に手を引かれた。列からはみ出し壁際へ。
気がつくと目の前に彼女――あんずさんの姿があった。

手が離される。彼女は照れ笑いを浮かべていた。まともに喋るのは一ヶ月ぶりだ。ごめんなさいとフラれてからは初めてだ。

今日のあんずさんは三つ編みに古着っぽいジャンパー、下はショートパンツにスニーカー。このジャンバー姿は見たことがある。きっとお気に入りなんだろう。映画を見た時とは違い、今日は動きやすそうな格好をしている。

「ぐ、偶然だね」

久しぶりに使った偶然という言葉に懐かしい感情を覚えた。あれ以来封印していたが、この言葉が一番しっくりくると思い口にした。

あんずさんは真剣な表情になった。そして俺の目をしっかり見据えてこう言った。

「偶然じゃないよ」

さわがしいファンたちの声が一気に聞こえなくなる。

「今までのも全部、偶然なんかじゃないよ」

――どういうことだ?