あんずさんと喋らない日々が続いた。もちろん偶然も訪れなかった。

「お前もダウンロードしろよ。めちゃくちゃ面白いから」
「んーやるゲーム増えて今忙しいんだよなぁ」

俺はいつも通り教室の隅で友達とダラダラ喋っていた。女子へちょっかいをかけている男子や、ぎゃははと笑い声をあげているイケてる男子、それを熱い視線で見つめる女子、そういうのとは無縁の世界だ。

あんずさんも俺と同じように、いつもの女友達とだけ会話をしている。時々視線が合いそうになるが、どちらともなく目を逸らし事なきを得た。

別にいいんだ。あんずさんとの偶然フィーバーが始まる前に戻っただけのことだ。

さんざん心をかき乱した『偶然』なんて言葉、俺は大嫌いだ。


一ヶ月後。電車や地下鉄を乗り継ぎ、俺はとある駅に降り立った。改札を通り抜けていくのは、同じTシャツやパーカーをまとった男女の大群。もちろん俺もその一部だ。

目的地へ近づくごとに、横断幕を広げ写真を撮っている軍団や、奇抜な格好で踊っているおじさんなど目を引く人が増えていく。チケットを求める看板を手にした人の列や、やすでに泣いている女性たちももいる。今日はいつも以上に熱気がすごい。

みんなの目的は一つ。これから始まるマミーナちゃんの卒業ライブだ。

ライブホールまでの道をオタ友と連絡を取ったり、まわりのファンの様子を眺めたりしながら進む。近くには大型ショッピングモールがあるため、オタクたちの間に普通の家族連れやカップルもまざっている。もちろん彼らはオタクの様子にドン引きしている。泣き出す子どもすらいた。

ホールが見える頃には、まわりにはMIX-CHUグッズを身に着けた人ばかりになる。そうだ。アイドルの現場は一般の人と隔離された世界でいいんだ。俺が今から飛び込むのは夢のような儚い非日常なんだ。

そんな夢の世界への入口、ライブホールの入口前広場は大量のMIX-CHUファンにより湯気が立ちそうなほどの熱気に包まれていた。俺もメイン通りを逸れて、その方向へ足を踏み入れようとした。

その時だった。

赤や黄色や黒など色とりどりのMIX-CHUファンの隙間。思いもよらない人物の姿が見えたのは。