それからあんずさんとの偶然は訪れなかった。
教室での彼女はいつも通りいつもの女友達とだけ喋っているし、俺も狭い交友関係の中だけで生きている。校内はもちろん、学校の行きや帰り、買い物に行った時、人の気配がして振り返ってもあんずさんがいることはなかった。
これでよかったんだ。俺みたいなヤツの日常はつまらないもので十分だ。
「お前があんずさんあんずさん言うから何か可愛く見えてきちゃった~」
「やめろよその話は」
「ほら、お前の好きなミクチューの曲かけてやるよ」
「やめろよそれも」
ある休みの日、生気を失った俺を励ます会と称して、友達二人がおやつとジュースを片手に遊びに来た。二人とも俺をほっといてゲームで盛り上がっているだけだが。
「何? 相田ふられたん?」
「違う」
「オタがバレそうになって、突き放しちゃったんだって」
「は~お前アホじゃん。噂で聞いたけど、あんずちゃんって隠れファンが結構いるらしいよ。確かにオタ受けしそうな見た目してるよな~」
――だからやめろよその話は!
しかもあんずさんの魅力は見た目ではない。若干MIX-CHUのポナミンを彷彿とさせるが、どちらかというと素直なところとか、別れる時いつもまた学校でね、と言ってくれるところとか。いろいろ、いいところが……
『そうだよね……ごめんね』
あんずさんの悲し気な声がよみがえってくる。よくよく考えると、ライン交換しよう、というハッピーワードを頂いたはずなのに。だけどオタバレは避けたい。せっかく仲良くなったのに嫌われるのはつらい。
「てか、お前ぶっちゃけ好きだったっしょ」
「……うぅ」
これ以上傷をえぐられたくなくて、ベッドに入り込み布団を頭までかぶった。
好きかどうか。そこまで考えが及ばない状態ではある。
ただ、俺は気がつけばあんずさんのことばかり考えている。
拒否したことを謝りたい。ラインだって交換したいと思っている。準備として、アイコンやヘッダーの画像をマミーナちゃんから家で飼っている犬の写真へと差し替えた。
『相田くん、偶然だね』
俺と会うといつも笑顔でまたね、と言ってくれる。相田'くん'と呼んでくれる。俺の全力応援を引かないでくれる。保健室で俺の体調を心配してくれる。映画を見た後ボロボロ泣いて語り出す。教室で目が合うとにこっと笑ってくれる。パンを半分こしてくれる。俺なんかとライン交換しようと言ってくれる。俺との偶然を楽しんでくれている。
今日も偶然会えるんじゃないか。次はもっと話したい。あんずさんは俺との遭遇をどう思っているんだろう。少なくても嫌がっている感じはしない。おかげで、あんずさんの存在はつまらない日常の楽しみになっていた。
布団ごしに友達の会話が聞こえる。
「お前、もっと励ましてやれよ。彼女持ちだべ?」
「や~だってあいつ自分のことばっかなんだもん」
「リアル女子との付き合いに慣れてないししょうがねーよ。ま、俺もだけど。ドゥフフッ」
くぅ~好き勝手言いやがってこいつら。所詮、俺なんかキモくて女子に近づいちゃいけない存在なんだ。そうだ、俺なんか、俺なんか……。
こんな卑屈な考え方しかできない自分、本当にクソだ。