「え~なんで凹んでるの?」
「だってオタクっぽい話しかしてないし……。そういうのキモイでしょ?」
「そう? 隠れオタクな子結構いると思うよ?」
透き通った声はトーンが変わらない。あたかも自然なことのようにあんずさんは答える。
「や、そうじゃなくて。えーと、普通の人とはハマり度合いのレベルが違うっていうか」
「どうして? 好きなものにとことんハマることは悪いことじゃないじゃん。その楽しみがあるから、面倒なことやしんどいことも頑張れるって感じしない?」
あんずさんは力強くそう言い、再びパンにかぶりついた。
ずっと教室の端に追いやられていた自分にとって、彼女の言葉は嬉しいものだった。しかし、同時に素直に受け取れない自分がいた。なぜなら推しだったマミーナちゃんはMIX-CHUを辞める。俺みたいなファンを増やしたあげく、脱退という形でさくっと裏切る。これは事実だ。
「まああっち側にいるのも生身の人間だし、いろいろあるんだろうけど」
「え」
反射的にあんずさんの顔を見てしまう。彼女も何かに気づいた様子で「あ、何でもない」と続け、膝の上でパンの袋をたたみだした。
「…………」
そこからお互い無言になり、妙な沈黙が走った。校舎から聞こえるざわざわ声が裏庭に響く。ここには俺とあんずさんしかいない。会話が止まったとたん、二人の空気が気まずいものへと変わっていく気がした。
ポケットの中でスマホが震えた。友達が俺の行方を探しているのかもしれない。あんずさんに見えないような角度でスマホを手にする。
「そうだ。ねぇ、ライン交換しない?」
「うわっ!」
突然、あんずさんは身を乗り出してきた。顔が近づけられ、どきっと心臓が震える。
しかし、友達からのライン通知のせいで光ったその機械は、ある画像を映し出していた。慌てて立ち上がり彼女から離れた。
「相田くん?」
あっけにとられた顔で彼女は俺の名前を呼ぶ。その表情からは困惑の色がにじみ出していた。
「えっと……どうしたの……?」
あんずさんの口から細々した声が漏れる。俺を追いかけるように彼女も立ち上がった。すかさず俺も一歩後ろに下がる。
スマホは友達の前でしか基本操作しないし、校則もあるため学校ではほぼ表に出すことはない。校内校外問わず、気の知れた人以外とのライン交換は一切したことがない。簡単にガードを外してしまった自分が悔しい。
待ち受け画像の正体は、マミーナちゃんと初めて撮ったチェキ写真。なけなしのお金をはたき、イベントで何時間も並んで撮ったもの。俺の宝物だ。