『映画見に行かない?』
『無理。今日は終日ミコ生(ネット生放送)に張りつく予定』
ある休日。見たい映画があり友達を誘ったが、速攻で断られた。おかんと行けば金は払ってもらえるだろうが、誰か知ってる人に見つかったら最悪なので一人で行くことにした。
映画館は家族連れやカップルで埋め尽くされていた。上映時間を確認してからチケット購入列に並ぶ。すぐ前ではカップルがいちゃついていて、劣等感を舌打ちでかき消した。しかも最前列の人が機械でてこずっているらしく列は進まない。イライラ度が増していく。
とんとん、と肩を叩かれた。反射的に振り返る。
たぶん怖い顔をしていたと思う。だけど、叩いたと思われる人物ははにかんだような笑顔をしていた。
急に全身の筋肉がぴーんと張る。
「あ、あんずさん!」
「やっぱり相田くんだった。また偶然だね!」
今日は髪の毛を下ろしていて、メイクもしているようだ。フリルのついたブラウスにデニムのジャンパースカート。変な補正も入っていると思われるが、いつもより可愛らしく見えた。
「な、なんでここに……?」と尋ねると「映画見に来た」と至極まっとうな答えが返ってきた。
「俺も見たいのがあって」
「どれ?」
俺もあんずさんも見に来たのは同じ映画。まさかここも偶然一緒。さすがに笑いがこぼれた。すごいね、と伝えると、あんずさんも口元に手を当て笑った。
あんずさんに連れはいない。俺も一人だ。
「じゃあ、一緒に見ない?」
まわりのカップルに影響されたわけではない。むしろ映画のぼっち鑑賞は得意だ。なのに口から出た言葉がこれだった。
あんずさんは真顔になり、いつもより厚みのあるまつげを上下させた。
同時にようやく俺は我に返った。
おーいおいおいおい! 何が『一緒に見ない?』だよ。そんなイケメンなセリフ俺初めて吐いたぞ。やばいぞ、これは嫌がっている反応だろ普通に。偶然が重なったからって調子乗るなこのクソオタクが! とか思ってるって絶対。
「うん。そうしよ」
脳内が超絶早口になったが、あんずさんの透き通った声により現実に戻された。しかも、いい方の。