イヤホンを耳に入れ自転車をひたすらこぐ。今日は信号に引っかかることなく学校までたどり着けそうだ。しかしラストの交差点の信号が点滅し赤に変わった。仕方なくブレーキバーを強く握り、片足をアスファルトに落とす。

その時、後方でキッ、とブレーキ音が聞こえた。

ま、まさか……来たのか? 

貞子のテーマが爆音で頭に鳴り響く。見ちゃいけない、いや見なければいけない。どっちだ? いや、疑惑を解き明かすためだ。確かめなければ。

えーい! 勢いよく俺は後ろを向いた。

「キャッ!」

俺はどんな表情をしていたのだろう。交差点を直進する車のエンジン音に小さな悲鳴が混ざった。

そこにいたのは同じ高校の制服を着た、見知らぬ女子だった。

「す、すみません」

慌てて謝り、ぱっと前を向き直す。うわぁ変質者じゃねーか俺! 本当に申し訳ねぇ。てか何してんだ……?



「今年は優勝するぞー!」
「各自得意な競技のところに名前書いてってくださいー!」

ある日のHR、クラスの上位メンたちが教壇を支配していた。始まったのは、忌々しい公開処刑行事である体育祭の競技決め。

花形のバスケやバレー、テニスの文字の前に騒がしい男女が群がっている。友達との会議の結果、チーム戦だが実際のプレーは個人か二人という理由で卓球に決めた。ささっと名前を書き自分の席に戻る。

「なーなー来るかもよ!」

友達に耳打ちされる。「なにが?」と分からないふりをしたが、あんずさんグループが動き出したのに俺も気がついていた。

あんずさんが黒板へと近づいていく。まさか、まさか、来るか、卓球へ。そんで『同じ競技なんだ。偶然だね』って感じで再び来るのか偶然砲!?

彼女は上位男女の群がりを避けるように進んでいき、俺の名前の近くへ。無駄に緊張感が増す。

彼女はチョークを手にした。俺はごくりと生唾を飲んだ。

――相田くん、一緒に頑張ろうね!
――スマッシュ決まったね! すごい!
――サーブってどうやって回転かけるの? 教えてよー。

頭に流れたのは楽しそうに話しかけてくるあんずさんの映像。なぜか卓球ド素人の俺が上手い風になっているのは謎だが。

あんずさんとの体育祭か。わ、悪くはないんじゃねーの? いい人だし。

妄想の世界に入り込んだ俺だったが、一気に現実へと戻された。『山吹あんず』という名前は卓球の隣、ソフトボールという文字の下へと刻まれたから。