月子先生の診察を終えると、私は真っ直ぐに自宅マンションに帰った。

診察結果はおおよそ予想がついていた。
医者だからと言うことではなく、母親の本能というか、普段と違う何かが起きているのは感じていた。

さて、問題はこれからどうするか。
今日、渚は日勤の予定。
遅くても今日の夜には帰ってくる。
それに、大樹も部長も今日が私の受診日なのは知っている。
カルテを見ればすぐにばれてしまう。
もし大樹に知れたら、大騒ぎになることだろう。
もちろん、いつまでも隠し通すつもりはない。
隠しておけることでもない。
でも、今は時間が欲しい。

渚のことも、家族のことも、医師としての世間体も、
すべて置いておいて、母親としておなかの赤ちゃんに何ができるのか、それを突き詰めたい。
一生後悔しない選択をしなくてはならないから。

ソファーに座っては立ち。
ウロウロと部屋の中を歩き回り。
必要も無いのにお水を飲んだりして、
私は・・・・うろたえた。

責任の重さと、自分が招いてしまった結果の重大さに負けそうになった。
しかし、いつまでもここで悩んでいることはできない。
渚が帰る前にここを出なくては。
まずは自分の気持ちを固めないといけないと思うから。
私は、長期出張用のトランクを出して必用なものをまとめた。


重たいトランクを引きずりながらエレベーターを降りると、
「おや、お出かけですか?」
マンションの管理人さんに声をかけられた。
60代の管理人さん。
実はマンションのオーナーで、管理人をしながら悠々自適の生活を送っている。

「急に長期の出張になったんです。しばらく留守をします」
咄嗟に嘘をついてしまった。
「そうですか。ご主人お寂しいですね」
そう言われて、
へへへ。
笑って誤魔化した。

ご主人って、渚のこと。
でも、あえて否定はしない。
不思議なことに、こんな時に医者という肩書きが役に立つ。
少々羽目を外した行動をしても、医者と言うだけで信用されてしまう。

「気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます」
笑顔で会釈をして、私はタクシーに乗り込んだ。