「樹里先生」
病院の屋上で後ろから声をかけられた。

整った顔立ちからは想像できない、ちょっと低めのテノール。
私は、この声が好きだ。
この声で名前を呼ばれると、なぜか動きが止まってしまう。

「樹里亜?」
周りに誰もいないことを確認して、再び声がかけられた。

ん?
私は泣きはらした顔で、振り向いた。

「ど、どうした?」
慌てたように、渚が駆け寄る。
「渚ー」
我慢できずに抱きついた。

ふっと、渚の匂いがした。
使い慣れた石けんと柔軟剤の混ざった、私の好きな匂い。
うぅん、いい匂い。
きっと、私からも同じ匂いがするはず。
同じ家に暮らしているんだから当たり前だけど、そのことがなぜか嬉しい。

「渚、好きだよ」
ここが病院なのも忘れて、ギューッと抱きしめてしまった。