幾分怪しみながらリビングに出ると、本当に山口さんがいた。
スーツ姿で、以前と変わらない姿。

「こんにちは樹里亜さん、お久しぶりですね」
立ち上がって笑顔を向ける。

「こんにちは。その節は失礼な態度を取って、すみませんでした」
私も頭を下げた。
その後、母さんも「娘が失礼なことをして」と詫びようとしたけれど、
「何も失礼をされた覚えはありませんよ。僕が勝手に樹里亜さんを追いかけていただけですから」
山口さんは全く気にしてない様子。
私も母さんも黙ってしまった。

「もしかして、僕が突然お邪魔したから文句を言いに来たと思われました?」
「いえ・・・」
とは言いながら、実際何をしに来たんだろう。

「メールで一方的にお別れを言われてしまったから、ちゃんと顔を見た挨拶をしたかったんです。ごめんなさい、迷惑でしたか?」
「そんな、こちらこそすみません」
もう1度頭を下げた。

「私、昼食の用意をしますね。山口さんお昼はまだですよね?」
母さんが急に席を立った。
ええ?
確かに今は午前11時。
だからって、
「どうぞお構いなく」
山口さんもまんざらでもない様子。

台所へ消えていった母さん。


「気を遣わせましたね」
山口さんが口にした。
はあ、そういうことか。

「体は大丈夫ですか?」
「・・・」
急に言われて、答えが出てこない。

「樹里亜さんが急に家を出られたと聞いて、連絡先も言えないと言われれば、大体想像できますよ」

確かにそうかもね。
たくさんの子供達を相手に仕事をしている人だもの、勘は働く方だろう。

「彼とは別れたんですか?」
「・・・」
「一人で暮らしていく気ですか?」
「・・・」
私は何も答えられない。

「安心してください。僕は文句を言いに来たわけでも、あなたを誘いに来たわけでもありません。ただ、ちゃんと顔を見てお別れしたかったんです」
いかにも山口さんらしい。

「今までありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました」
山口さんが右手を差し出し、握手をした。