ありがたく桃子さんの携帯を使わせてもらい、
『もしもし』
電話をかけるとすぐに渚が出た。

「もしもし」
『樹里亜?大丈夫か?』
「うん」
ずっと、ずっと、渚の声が聞きたかった。
取り立ててどんな話をするわけでもなく、ただ声を聞きながら私達は時間を過ごした。


「良かったら携帯を置いて帰りましょうか?」
桃子さんが言ってくれたけれど、断わった。

桃子さんの携帯をこっそり貸してもらえばいつでも渚と連絡を取れるけれど、それはしてはいけない気がした。
また父さんを裏切るようで、出来なかった。


リビングに戻ると、梨華と結衣ちゃんが楽しそうに遊んでいた。
とは言っても、我が家に子供のおもちゃなどあるはずもなく、2人でパソコンを操作しながら楽しそうにゲームをしている。

「結衣、帰りますよ」
桃子さんが声をかけると、
「はーい」
結衣ちゃんがお片付けをはじめた。
うわー、本当にいい子。

「梨華、あなたも見習いなさい」
母さんに言われて、梨華が渋い顔。

「桃子さんまたいらっしゃいね」
「はい。ありがとうございます」
母さんはすっかり桃子さんが気に入った様子。

「結衣ちゃんまた遊ぼうね」
梨華も結衣ちゃんと仲良くなった。

この微笑ましい光景を見ながら、私はふと思ってしまった。
結衣ちゃんがこんなに素直に育つために、桃子さんにはどれだけの苦労があったんだろう。
それを思うと、親になるのが怖い気がした。


それからは、週に1度桃子さんが顔を出してくれるようになった。
大抵は土日のどちらかに結衣ちゃんを連れて遊びに来る。
きっと桃子さんも忙しいだろうに、私に頼まれた買い物を届けたり、月子先生からの薬を持ってきてくれる。
でも、本当は渚と私が連絡を取れるようにと携帯を貸してくれるのが目的。
本当に、本当にありがたくて、頭が上がらない。

「いいですよ。気にしないでください。いつか樹里先生が出世したり、開業したときに、師長として使ってください」
本気とも冗談とも思える声で言われ、笑うしかなかった。