「あはははは! 面白いこと言うね。個人的にはものすごく興味あるけど、小さいお客さまも多いからお色気は無しだよ。……はあ、ビックリした」


一体何を言い出すかと思ったら、と目尻の涙を拭っている。そんなに笑わなくてもいいのに、と思いつつもどこか安心してしまった。


「なあんだ。よかった……」


ほっとして呟いた言葉を、心理戦の得意なマジシャンが聞き流すはずもなく。


「ってことは、やってくれるってことだよね?」

「え、ええと……」


私は、さっきまで温厚だったはずのウサギに、イエスの返事をするまで詰め寄られることとなった。


・・・・・


昼下がりのショッピングセンターは、館内アナウンスと人々の喧騒で今日も賑やかだ。

先ほどまで行われていたマジックショー会場のこの場所も、スタッフが片付けをし始めてバタバタと足音が響く。


「よろしくお願いします、ウサギさん」

「うん、よろしくね」


そしてその隅では握手を交わす謎のウサギマジシャンと私。


あんなにうじうじ悩んでいたマグカップの色とか、好きだった曲とか。
そんなものはもう、どうでもよくて。


(ーーうん。ウサギさんとなら、新しい自分になれるかもしれない)


誰も予想できなかったこの状況に、何だか楽しくなってしまっている私がいる。


「今私、とても清々しい気分なんです。……もしかして、これも貴方のマジックですか?」


思わず尋ねると、彼は嬉しそうに首を振った。


「いいや、これは君だけのマジックだよ。種も仕掛けもない君だけの、ね」



終わり