「あの、」
「名前は?」
顔を逸らした私とは違い、彼は真っ直ぐに私のことを見ていた。
まさか名前を聞かれるとは思わなくて、必死に頭を働かせる。
今日、私たちはたまたまここで出会った。そして、またどこかで会う可能性は極めて低い。私たちはお互いのことを知らないし、知る必要もないのだから。
彼には助けられたけど、また会おうとは思っていない。いや、きっと会えない。
私の腕を掴む彼の手にはあまり力が入っていなかったから、彼の手から自分の腕を簡単に抜くことができた。
私は彼の目を見て、キュッと口角を上げる。
「次に会えたら、教えてあげる」
そう言い終えて、私はその場を後にした。
俯きながら私は繁華街を足早に歩く。そして、入口に停められていた黒い車に乗り込んだ。すると、車はすぐに出発する。
私は小さく息を吐き、被っていたパーカーのフードを脱いだ。
「ナツ、大丈夫?」
車を運転している女性が、ミラー越しに私と視線を合わせる。その表情からは本当に私を心配してくれていることが伝わってきて、それだけで心が温かくなった。
私は彼女を安心させるために微笑む。