自分のために生きるなんて、今の私には不可能だ。
それでも、彼の言葉は私に勇気をくれた。
なんのために生きているのか――ここ最近ずっと抱えていたその疑問を、彼はいとも簡単に解決してしまったのだ。
彼の言葉がすとんと胸の中に落ちて、重たくなっていた私の心はあっという間に軽くなった。心に渦巻いていた濃い霧は、あっさりと消えていった。
もう、大丈夫だ。
そんなタイミングを見計らったかのように、ポケットに入れていたスマホが震えてタイムリミットを知らせる。もう、行かないと。
「ありがとう」
彼にそう言ってから、私は眼下に広がる眩い光を目に焼き付けた。そしてゆっくりと彼のもとに近づいていく。そのまま彼の隣を通り過ぎようとした時、パッと私の腕は掴まれた。
突然のことに驚いて、私は思わず立ち止まって振り返る。私の腕を掴んでいたのは彼だった。私を真っ直ぐに見詰めていて、初めて彼の顔を間近で見た。
彼は、とても綺麗な顔をしていた。帽子を被っているし、辺りは暗いから顔がハッキリと見えたわけではないけど。それでも整った顔をしているのがわかって目を奪われたけど、私は慌てて彼から顔を逸らす。
私の顔を見られるのは、あまり良くない。