リツが私の前からいなくなって一ヶ月が経った。
さよならもありがとうも言えずに別れたあの日から、あんなに楽しかった部屋が寂しく思えた。
あの後律君は一命を取り止めた。急変した理由は未だわからず仕舞いで、彼はまだ眠っている。
リツは消える前に私に言った。
――「死の間際にお前なら何がしたい? 『悪魔は囁いて唆すだけ』の存在だ。だから俺は悪魔になってまでお前の目の前に現れた」
本当にリツは律君だったのだろうか。彼はどうして私の前に現れたんだろう。今はそれを考えることすら辛い。鼻がツンと痛くなって、気が付けば涙を流している。そんな日々が続いていた。
あの部屋にいるのも苦痛になるから、母と相談して律君のいる病院に近い場所のアパートに引っ越した。前より広さは変わらないが、少し広めのキッチンが気に入っている。それから、彩子さんが働いているお店が人手不足だと聞いて、アルバイトをすることになった。学校との両立は大変だけど、リツのことを考えている時間が短ければ短いほど、心は軽くなっていった。時々律君のお見舞いに行くけど、眠っている彼からは何も返ってくることはない。
「結菜ちゃん、いつもありがとうね」
学校帰りに病院に寄ると、彩子さんが到着したばかりだったらしく、自分の荷物を下ろそうとしているところだった。
「ちょっと担当の先生に呼ばれているの。律のこと、頼んでも良いかしら?」
「わかりました!」
彩子さんはそう言って病室を出ていくと、私は鞄を置いて律君が眠るベッドの横にある椅子に座った。
気持ち良さそうに眠る彼の横顔は、ついこの間一緒にキッチンに立ったときのリツの横顔にそっくりだ。
「……律君、そろそろ起きないかなぁ」
最近、家で料理をすることが多くなった。最初はコンビニ三昧だったのに、今では授業で作ったものを復習しながら、実技テストの練習をしている。指を切ることも少なくなった。だから前みたいに、リツに心配させながら料理なんてしない。今度こそ一緒に料理が作ろうって、言える私になれた。
――今日は結構自信作! 味わって食べろよ。
――なんだよー。そういうことなら早く言えって。今度何か一緒に作ろうぜ! 大丈夫。ゆなと一緒に作ったものが不味いワケねーよ!
――俺がちゃんと駆けつけて、助けてやるから。それまで待ってろ。
――新しい環境に慣れない最初の頃に比べたら、増えたよ。本当に嬉しいときにしかしない、ゆなの笑った顔はさ。
聞きたい声が嫌なくらい聞こえてくる。忘れたいのに忘れられない。たった半年の記憶にリツが言ってくれた言葉が、いつの間にか私の支えになっていた。
「……彩子さんが前より痩せているの、気付いてる? 律君の分まで頑張って働いているんだって」
「律君の新しいお父さん、まだちゃんと話したことがないんだって? まだ入籍してないって言ってたよ。早くお母さんを幸せにしてあげて」
「皆、心配してるよ」
聞こえているなら答えて。
「……寂しいよ、リツ……!」
ボロボロと涙が溢れる。止めたくても止まらない、寂しさの涙。
家に帰っても聞こえない、美味しそうな香りもしない、リツがいない毎日はもう限界だった。
「帰ってきて、一緒に料理作ろうよ……ねえ、起きてよ……!」
涙が頬を伝ってベッドにこぼれ落ちる。泣いても拭ってくれる人なんていない。でも彩子さんが来る前に泣き止まないと。すると、誰かの指が私の頬に触れた。少しだけ震える指は微かに涙を弾いた。
「ゆ……な」
「……っ!?」
「泣くなよ……起きるから」
眠っていた彼はそう言って、私の頬を優しく撫でた。
さよならもありがとうも言えずに別れたあの日から、あんなに楽しかった部屋が寂しく思えた。
あの後律君は一命を取り止めた。急変した理由は未だわからず仕舞いで、彼はまだ眠っている。
リツは消える前に私に言った。
――「死の間際にお前なら何がしたい? 『悪魔は囁いて唆すだけ』の存在だ。だから俺は悪魔になってまでお前の目の前に現れた」
本当にリツは律君だったのだろうか。彼はどうして私の前に現れたんだろう。今はそれを考えることすら辛い。鼻がツンと痛くなって、気が付けば涙を流している。そんな日々が続いていた。
あの部屋にいるのも苦痛になるから、母と相談して律君のいる病院に近い場所のアパートに引っ越した。前より広さは変わらないが、少し広めのキッチンが気に入っている。それから、彩子さんが働いているお店が人手不足だと聞いて、アルバイトをすることになった。学校との両立は大変だけど、リツのことを考えている時間が短ければ短いほど、心は軽くなっていった。時々律君のお見舞いに行くけど、眠っている彼からは何も返ってくることはない。
「結菜ちゃん、いつもありがとうね」
学校帰りに病院に寄ると、彩子さんが到着したばかりだったらしく、自分の荷物を下ろそうとしているところだった。
「ちょっと担当の先生に呼ばれているの。律のこと、頼んでも良いかしら?」
「わかりました!」
彩子さんはそう言って病室を出ていくと、私は鞄を置いて律君が眠るベッドの横にある椅子に座った。
気持ち良さそうに眠る彼の横顔は、ついこの間一緒にキッチンに立ったときのリツの横顔にそっくりだ。
「……律君、そろそろ起きないかなぁ」
最近、家で料理をすることが多くなった。最初はコンビニ三昧だったのに、今では授業で作ったものを復習しながら、実技テストの練習をしている。指を切ることも少なくなった。だから前みたいに、リツに心配させながら料理なんてしない。今度こそ一緒に料理が作ろうって、言える私になれた。
――今日は結構自信作! 味わって食べろよ。
――なんだよー。そういうことなら早く言えって。今度何か一緒に作ろうぜ! 大丈夫。ゆなと一緒に作ったものが不味いワケねーよ!
――俺がちゃんと駆けつけて、助けてやるから。それまで待ってろ。
――新しい環境に慣れない最初の頃に比べたら、増えたよ。本当に嬉しいときにしかしない、ゆなの笑った顔はさ。
聞きたい声が嫌なくらい聞こえてくる。忘れたいのに忘れられない。たった半年の記憶にリツが言ってくれた言葉が、いつの間にか私の支えになっていた。
「……彩子さんが前より痩せているの、気付いてる? 律君の分まで頑張って働いているんだって」
「律君の新しいお父さん、まだちゃんと話したことがないんだって? まだ入籍してないって言ってたよ。早くお母さんを幸せにしてあげて」
「皆、心配してるよ」
聞こえているなら答えて。
「……寂しいよ、リツ……!」
ボロボロと涙が溢れる。止めたくても止まらない、寂しさの涙。
家に帰っても聞こえない、美味しそうな香りもしない、リツがいない毎日はもう限界だった。
「帰ってきて、一緒に料理作ろうよ……ねえ、起きてよ……!」
涙が頬を伝ってベッドにこぼれ落ちる。泣いても拭ってくれる人なんていない。でも彩子さんが来る前に泣き止まないと。すると、誰かの指が私の頬に触れた。少しだけ震える指は微かに涙を弾いた。
「ゆ……な」
「……っ!?」
「泣くなよ……起きるから」
眠っていた彼はそう言って、私の頬を優しく撫でた。