「あの、お名前お伺いしても良いですか? 本、買います‼ 私、活字苦手だけど読みます‼」

 千秋さんが、興味深々の眼差しで私の目を見た。

 千秋さんの気持ちは嬉しい。有り難い。でも、

「応募した小説がまぐれで賞を獲ったのですが……まだ本出てません」

 改稿作業すら始まっていないのに、本など売っていない。

 販売されていたとしても、言いたくない。

 本を出すからには、たくさんの人に読んで欲しい。でも、知り合いの目には触れたくない。矛盾しているとは分かっていても、やっぱり嫌なのだ。

「そうなんですね。じゃあ、刊行されたら教えてくださいね」

 社交辞令ではなく本当に買ってくれそうな優しい千秋さんに、

「…………」

 返事もなく、頷きもせず、ただ笑顔を返した。