小学生の陸は私と常に一緒だった。


クラスも6年間一緒。登下校も一緒。
陸は何かあるたびに私を助けてくれたし、
私のことをずっと“好きだ”と言ってくれていた。


そうして中学にあがった頃、
私も陸を好きになり、付き合うことになった……。







私が陸に話したのはこんな感じ。


本当の陸のことなんて知る由もない。


どこで何をしていたのかなんて知らない。
そこに私はいなかったもの。


「へえ。俺ってそんなこと言ってたのか。
 よっぽど好きだったんだな。昔から」


「う、うん」


「まあ確かにお前、かわいいもんなぁ。
 他の男子から言い寄られたりしなかったの?」


「そんな!!全っ然!
 全くもってあり得ないことだから!!」


“かわいい”の言葉に顔が熱くなるのを感じた。


慌てて訂正すると、陸は笑った。


「そんな否定するもんかね。
 褒められて嬉しくねぇの?」


「う、嬉しいけど……私には……」


私には似合わないよ。


“かわいい”より“かっこいい”だもん。


ままごとより、木登りだもん。



スカートより、ズボンなんだもん……。



陸から視線を逸らして海を眺める。


もうすぐ夕日が見える頃。


茜色に染まる夕日を見て、
私は絆されたかのように陸の身体に寄りかかった。


「若葉?」


「……ちょっとだけ」



そう。ちょっとだけ。
ちょっとでいいからこの感覚に浸っていたいのよ。


熱くなる頬を隠す夕日は、
ちょうど水平線上に浮かんでいた。


私はこのほんの小さな出来事さえも幸せに思えた。











「明けましておめでとう」


「お、おめでとう」


年も明けて、受験勉強に専念していた私のところに、
陸が遊びにきた。


明けまして、
なんてかしこまって言われるとなんだかくすぐったい。


「ほら、出かけるぞ!」


「で、出かけるって私勉強……」


「後で見てやるからさ。行きたいとこあるんだ」


「ちょ、ちょっと、陸!」


笑顔で私の手を掴む陸は、
なんだか幼い少年のよう。


私は部屋着のまま、外に連れ出された。


「どこに行くの?」


「ふふ、どこだと思う?」


「分からないから聞いてるんじゃない」


「あ、ほら、着いた」


着いたのは近くの神社。


初詣の人だかりで混雑している神社は
さすがに目が回りそう……。


「ちょっとここで待ってて!」


「え?陸!?」


陸は神社の入り口で私の手を離すと
どこかへと行ってしまった。






途方に暮れていると、人とぶつかってしまう。



人垣をかきわけて進もうとして、またぶつかる。



陸、早く戻ってきて……。









「おい、若葉!」


ふいに腕を掴まれて、後ろに引かれる。


振り向くとそこには息を切らした陸がいた。






「お前、何してんだよ。迷子になるだろ」


「陸、遅いよー」


「悪い。それよりこれ」


「えっ?」


陸は笑って手を差し出した。


掌にあったものは……。


「お守り……?」


「そう。受験が上手くいきますよーに!って
 願掛けしておいた!」


「陸……ありがとう」


推薦でもう西高合格が決まっている陸と、
ぶっちゃけギリギリな受験生の私。


本当に不釣り合いだなぁ。
自分でも笑っちゃうよ。


でも、陸もいろいろと考えてくれてるんだって知れて、
ちょっと嬉しかった。


だって、こんなことされるの、初めてだもん。


私たちはお参りをして帰り道を歩いた。


私の家と陸の家は正反対な方向にある。


昔は玄関に入るまで一緒だったのに、
今じゃ私と陸の家の中間地点。


交差点で分かれなければいけない。


それが少し寂しい気もするんだ。


もう少し一緒にいたいと思うようになったの。


いつしか“嘘”への罪悪感が薄れ、
ただひたすらにこの幸せな日々を実感していた。












3月。
ようやく受験も終わり、
無事西高に合格出来た私は
陸と遊園地に来ていた。


遊園地、動物園、水族館。
私は断然、遊園地!


楽しみ過ぎて昨日は眠れなかったくらい。


「陸!今日は遊園地楽しもうね♪」


「おう」


遊園地と言えば絶叫系!


ついつい子どものようにはしゃぐ私と、
保護者のように微笑ましく私を見つめる陸。


精神年齢の差は歴然だった。


「若葉。改めて、合格おめでとう」


「陸もね。おめでとう」


2人で並んでベンチに座る。


「ねえ陸。本当に西高で良かったの?」


「なんで?何するにも一緒のほうがよくない?」


「そうだけど……」


「あんまり気にすんなよ。どうせ記憶障害のこと、
 お前しか知らないんだから、
 高校もお前と一緒のほうが何かと助かるし」


「そっか」


記憶障害。
危なく忘れるところだった。私の“嘘”を。


楽しいはずの遊園地。
でも陸と私は本当の恋人じゃない。


いつかはバレてしまう“嘘”


だけどせめて、もう少しこの幸せに浸りたい。


陸と再会してから私は変わったような気がする。


ちゃんと、女の子なんだって初めて実感した。


見上げた空は、雲ひとつない晴天だった。









3月はとにかく、陸と一緒にいた。


毎日どこかに行ったり
お互いの部屋に遊びに行ったり。


そうして足早に春休みは過ぎ、
気付けば高校生になっていた。


可愛い制服を着れば私も女の子らしくなるかと思ったけど、失敗。
制服が可愛すぎて私には似合わない。


男子は学ラン。
私もそっちを着たかったよ……。



クラス表示の掲示板を見ると、
私はA組に組み分けされていた。


「えっと……陸……佐々木陸……」


「おっ、こりゃ結構離れたな」


「陸……」



陸はF組。


A~C、D~Fに校舎が分かれているから
凄く遠く感じる。


せっかく同じ高校になったのに……。


「じゃ、あとでな。若葉」


「うん」


陸と分かれて、私は廊下を歩く。


新入生と部活動の勧誘をする先輩が
入り混じって混雑していた。


私って、こういう人混みが苦手なんだよね。


私もいくつか部活動に勧誘されながら、
A組の教室にたどり着いた。




教室に入るとそこには既にいくつかのグループが存在していた。


入学したばかりなのに仲良くなるの早すぎない!?


ていうか、私が完全に出遅れたのか……。


席は中学と同じ、窓際の一番後ろ。


とりあえず席について窓の外を眺めると、
私の机をコンコンと誰かがノックした。






顔を上げると、
そこには可愛らしい女の子がいた。


ふわふわのショートカットで目の大きな女の子。


そう。
私もこういう感じで女の子になりたかったんだよ。


理想の女子像が今まさに目の間にいる。


「初めまして。あたし麻生由紀乃。
 よろしくね♪」


「わ、私は二宮若葉。
 よろしく……由紀乃ちゃん」


「呼び捨てでいいよ。ニノ」


“ニノ”かぁ。
女の子はこんな可愛い呼び方するんだね。


由紀乃は私を見てニコニコした。


「ニノは部活何にするか決めた?」


「まだだけど……由紀乃は?」


「私はね~野球部のマネージャーになりたいんだ」


ああ、由紀乃にぴったり。


こりゃあ野球部員たちは嬉しいんじゃない?


部活かあ。何にしようかな。


中学では一応バスケをやっていたけど、
違うものもアリかな。


「私は……陸上部にしようかな」


「陸上!?かっこいいんだね、ニノ!」


“かっこいい”か。
やっぱり私にはそっちの方が似合ってるのかな?


「あ、チャイム鳴った!ニノ、またね!!」


「はーい」


由紀乃かあ。いい子そうだし、
一緒にいると楽しいかも。


とりあえず一人きりじゃなくて良かった。


眼鏡をかけた男の担任が入ってきて、皆が席についた。


私が窓の外を眺めていると、
また誰かが机をノックした。






由紀乃は一番前だから、由紀乃のはずがない。
じゃあ誰……?


「……何?」


そこにいたのは男の子。
茶髪で切れ長の目をしている男。


私の隣が男子だったってことに今初めて気づいたよ。


「なあ、アンタ、二宮若葉?」


「は?」


「やっぱそうだろ!?
 いや~まさか二宮若葉と同じ高校なんてな」


何この人、何で人の名前知ってるの?
しかもフルネームで。


「ねえ、何で名前……」


「アンタ有名だよ。男子にも負けず劣らず
 かっこよくてバスケも上手い二宮若葉」


なんだそれ。
いつの間にそんな噂になってるの?


びっくりして目を丸くしていると、
男は私の方を向いた。


「よし、友達になろ。
 俺、新海歩夢。よろしく」


「あ……うん、よろしく」


歩夢は私の手を取って握手をした。


なんだろこの人。人懐こいのかな?
まあ、悪い人ではないだろうね。


高校生かあ。なんだか実感ないな……。
陸、今ごろどうしてるかな。


「なあ、二宮。お前部活はやっぱりバスケ?」


「……いや、陸上部に入るつもりだけど」


「マジで!?あー、お前なら何でもできるか」


バスケは好きだし、走るのも好き。
得意分野なだけよ。


「二宮がいるんなら、俺も陸上やろっかなー」


「はあ?あんたねえ、
 そんなんで決めていいの?」


「いいのいいの。俺、お前のこと気に入ったし」


はあ……。








お昼休みになって、
由紀乃とご飯を食べていると、歩夢が私のところへ来た。


「なに?」


「お客さんだよ。男の」


「お客?」


ドアの方を見ると、陸が手を振っていた。


「陸」


「お邪魔しまーす。
 おっ?若葉、この子友達?」


「うん。友達の由紀乃。この人は陸」


私が両方の紹介をすると、
二人は同時に頭をさげた。


「麻生由紀乃です」


「佐々木陸ですよろしく」


由紀乃は私を見て、口を開いた。


「ねえ、この人かっこいいけど、若葉の彼氏?」


「う、うん。一応……」


「いいな~羨ましいよー」


由紀乃がニコニコしながら私と陸を交互に見た。


羨ましい、か。私も前はそう思ってた。


彼氏や彼女が出来る人たちに
憧れを抱いてここまで来た。


本当は私もまだ、
そっち側の人間なんだけれど……。


「俺もここで飯食っていい?」


「どうぞどうぞ!
 なんなら二人きりにしてあげます?」


「由紀乃、いいから」


陸が椅子に座った時、上から声が聞こえた。







びっくりして見上げる私。
それは由紀乃も陸も同じだった。


「それ、俺の席」


歩夢が不機嫌そうに陸を見てそう言った。


陸が「ごめんな」って謝ると、
歩夢は軽い舌打ちをした。


「お前、誰だ?二宮若葉とどういう関係?」


「……お前に言う必要、ある?」


「あるね。だって俺、二宮若葉が好きだし」


「は、はあ!?」


歩夢の言葉に唖然とする2人と、私。


何?今日会ったばかりで好き!?


馬鹿言わないでよ。
そんなのドラマや漫画でよく見るけど、
現実でそんなことあり得ないでしょ。


たとえそうだとしても、絶対良いことない。


歩夢は陸を睨みつけて、ふん、と鼻を鳴らした。


「こいつなんかより俺のほうが断然かっこいいね」


それ、普通自分で言うか?


陸もまた、歩夢の方を見て口を開いた。


「確かにそうかもな。でも残念。若葉は俺の彼女だから」


冷静な言葉に歩夢も一瞬言葉を失った。


けれど再び嘲笑うかのように陸を一瞥した。


「油断してると、危ないぞ。
 いいか?俺は惚れた女がいたら
 どんなことをしてでも自分のものにしてみせる。
 たとえ彼氏がいたとしてもな」


数時間前の自分に訂正。


確かに歩夢は悪い人じゃないけれど、精神年齢が幼い。


「若葉が好きなのは俺だ。お前じゃない」


陸がついに反論した。