*
子供の頃を、
私は今でも鮮明に覚えている。
女の子とままごとをするよりかは、
男の子に交じって木登りや戦闘ごっこをするような、
元気だけが取り柄の女の子。
それが私、二宮若葉。
特に仲の良かった高木陸とは
家が隣同士でよく一緒に帰ったりもした。
暇なときは互いの家に遊びに行っては
二人でバカ騒ぎをする。
とにかく当時の私はやんちゃ娘だった。
『ねえ、陸』
『なに?若葉』
『おとなになったら、私、
陸のお嫁さんになるからね』
『約束だよ?』
『うん!約束!』
『ゆーびきーりげーんまーん♪』
近くの公園で誓い合った約束。
私は今でもその約束を覚えてる。
一度たりとも、忘れたことはなかった。
けれど、小学校へ入学した日、
そこに陸の姿は見当たらなかった。
陸は何も言わずに、どこかへと行ってしまった。
探しても、探しても、陸はどこにもいない。
私はその日、声をあげて泣き続けた。
*
「若葉~次移動だって」
「うん、先に行ってて!」
あれから9年、
私は中学3年生になった。
友達は、多分多い方。
スカートが似合わなすぎるほど
この制服制度には嫌気がさす。
どうして女はスカート、男はズボンなのかな。
女の子だってズボンを履きたい人もいるのにさ。
さすがに男子がスカートっていうのはあり得ないけれど……。
「いけー若葉―!」
「今日もかっこいいぞ~!」
「もう彼氏にしたい」
自分で言うのもなんだけど、私は女の子にモテる。
男勝りな性格と運動神経で、女の子“には”モテる。
こんな性格だからか、恋をしたことが一度もない。
勿論、告白だってされない。
男子は私を男友達として見ているし、
私も実際、そうだった。
そりゃあね?
私だって一応は女の子なんだし、
それなりに恋だってしてみたい。
でもどうしても出来ないの。
昔から男勝りが板についてしまい、
自分はこれでいいんだと思うようになった。
女の子に人気があるのは嬉しいけど、
私だって女の子らしいことをしてみたい。
思春期の女の子としては、昔の自分を悔いてしまう。
恋ってどんなものなのか分からない。
大体人を好きになるってどういう仕組みなんだろう。
男友達はみんな面白くて大好きだけど、
その“好き”と女子たちが言う“好き”はどうやら違うみたい。
私も早く恋がしたいな……。
そんなことを考えながらも、
中学3年の夏は終わりを迎えようとしていた。
「あっつ・・・」
九月半ばだっていうのにまだまだ暑い。
制服を着ているのも憂鬱なくらい。
おまけに雨が降って
ジメジメ蒸し暑いったらありゃしない。
時間ぎりぎりに登校すると、
教室内はいつにもまして賑やかだった。
「何?何の騒ぎ?」
一つ前の席の親友、
中村亜紀にそう問いかけると、
亜紀は嬉しそうに私を見た。
「聞いて。今日このクラスに
転校生が来るんだって!」
「転校生?」
「そう!しかも……男の子なんだって!」
「……へえ」
男か……。
どうりで男子軍は不貞腐れてるわけだ。
この女子の盛り上がりっぷりを見て
意気消沈したんだろうね。
転校生か……。
どんな奴かな?
三年の九月。
そんな際どい時期に転校ってことは
何かしらの訳アリってとこね。
机に頬杖をついて窓の外を眺める。
転校生が来たところで、私の日常は変わらない。
そう思っていた。
「皆席につけ~。転校生を紹介するぞ~」
担任の倉ちゃんこと、
倉本先生が大きな声でそう言った。
みんなが静かに席に着くと、
先生が廊下に向かって手招きをした。
「さあ、転校生だ。皆に自己紹介してくれ」
その時だった。
転校生なんて関係ない。
そう思った私の目に飛び込んで来たのは……。
「佐々木陸です。よろしく」
私の目に飛び込んで来たのは、
懐かしのあの顔だった。
唖然とした。
顔は似ている。
名前も同じ。
だけど苗字が違う。
そこに立っていたのは
かつて幼馴染だった高木陸だった。
でもどうして?
別人のように感じるのは何故?
「えっと、席は~二宮の隣だ。
あそこにいるだろ、ちっこいやつ」
「ちっこいって言うな……」
倉ちゃんに向かってそう呟くと、
陸はゆっくりと私の席まで歩いてきた。
窓際の一番端が私の席。
陸は席に着くと私を一瞥して、
それから前を向いた。
「なに?結構イケメンじゃん」
「当たりだね!彼女とかいるのかなぁ」
「私、タイプかも」
女子たちが騒ぎ立てる中、
私はふっと陸のほうを向いて口を開いた。
「陸……だよね?」
陸は私をもう一度見た。
じっと見つめられると、やっぱり陸なんだって思う。
けれど陸の口から出たのは
予想もしていない言葉だった。
「誰だ……?」
「えっ……?」
“誰だ”ってなにさ。
久しぶりに会ったからってツンとしないでよね。
「何ふざけてんの。ねえ、陸でしょ?
高木陸。若葉だよ。覚えてない?」
「……知らないな」
「陸……」
「誰と間違えてるのか知らないけど、
俺、“佐々木”陸だから」
「佐々木……?」
陸はため息をついてまた前を向き始めた。
やっぱり人違いなのかな。
たまたま名前が同じなそっくりさんなのかも……。
私はそれ以上何も言わずに、
ただ黙々と倉ちゃんの話に耳を傾けた。
お昼休みになって、
周りが賑やかになった頃、
陸はふらっと教室を出た。
「若葉~。早くお昼一緒に食べよ~」
亜紀がお弁当箱を私の机に置いた。
私は廊下を歩く陸を目の端で捉えてから、
亜紀に向かって手を合わせた。
「ごめん。ちょっと用事!」
「えー?ちょっと……若葉っ!?」
教室を出て走り出す。
すると屋上への階段を上る陸の姿を見つけた。
急いで後を追いかけると、
陸は扉に手をかけていた。
「陸っ!」
私の呼びかけに反応した陸は
ドアから手を離して私を見た。
「ああ、二宮か」
「陸、話があるの」
「なんだよ」
「陸はさ、私のこと、覚えてないの?」
私がそう言うと、陸は怪訝そうに私を見つめて、
また更に深いため息をついた。
「覚えるも何も、今日初めて会っただろ」
「嘘。幼馴染でしょ?」
「あのさあ、知らないって言ってんじゃん」
何?何なの?
私を避けてるつもり?
覚えてないってどういうこと……?
頭の中でぐるぐる考えていると、
陸が口を開いた。
「……もしかして、どこかで会ったのか……」
「どこかって、あんなに毎日一緒にいたのに……」
私の言葉に、陸は眉をひそめて再び口を開いた。
「俺……記憶が抜けてんだよ」
「えっ……?」
“記憶”がない……?
2人並んで階段に座ると、
陸は教えてくれた。
「俺さ、小学校に入学して間もなく、
事故にあったんだよ」
「事故……?」
「ああ。そっから記憶がだんだんと
抜けてくるようになった」
「そんなことってあるの……?」
「いわゆる健忘症ってやつ。
だから記憶が持たないんだよ」
陸はふっと笑うと私を見た。
「だから俺はお前のこと知らないけど、
多分知り合いだったのかもな」
小さく笑う陸を見て、私は胸が痛くなった。
だって、陸が前髪をかき上げると、
生々しい傷跡が残っていたんだもん。
びっくりして、思わず言葉を失った。
どんな反応をすればいいのかも分からない。
記憶喪失ってこと?
記憶が持たないなんて、あるの?
だからどこか違和感を感じたんだ。
陸だけど、ここにいるのは
私の知っている陸じゃない。
私が知っているのは“高木陸”であって、
“佐々木陸”ではない。
けれど面影は陸そのもの。
あんなに会いたかった陸が、
今9年ぶりにここにいる。
それが嬉しくてたまらなかった。
久しぶりに見た陸は、面影はあるものの、
ちゃんとした男の子になっていた。
低い声と、大きな手。
気付けば心臓がバクバクと動いていた。
何これ……。
この胸のドキドキは何?
不思議だけれど、
何故か私の口は勝手に動いていた。
「あのね、陸」
「ん?」
「私……」
「私、陸の彼女だよ」
これが、私の最初についた“嘘”だった。