題名 長く秘めた恋の結末

 誰もが何度か過去に戻りたいと思ったことはないだろうか。
 もし、なかったとしても自分にはある。
 過去に戻りたいと。

「疲れた」
 高校卒業後すぐに仕事を始めて、約二年が過ぎた。
 今自分は、仕事から帰りベットに寝転がっている。約二年も仕事をして慣れたかと思えば、中々慣れない。
 そんな時、スマホに一通の通知が来た。
『明後日ってお前来るよな』
 自分は最初にこの通知を見て、新手の詐欺なのかと思った。でもスマホのパスワードを解き画面を見たら、伊芳(いさよし)という中学の友達だった人が送ってきた。それに内容についても理解ができた。
「成人式か……」
 成人式というフレーズを聞くと、一人の子の顔が浮かんだ。井(い)瀬(らい)のか。
 それは自分が小学校から中学まで過ごしてきた中で一番記憶に残っている女子だった。
「あの頃に戻りたいな」
 今思えば……嫌、自分は今でも彼女のことが好きだといいたくなるほど記憶がたくさん残っている。
 特にのかとの思い出がたくさん残っているのが、小学六年生の頃。あの時は無邪気に恋をして、遊んで、楽しかった。
 でも彼女と楽しく話せたのは小学六年生の時だけで、それからは何もなく、高校が別々になりそれっきりだった。そのせいかたまに小学六年のころに戻りたいと思う時がある。
 別々になって五年という月日が経ちやっとできたチャンス。
「よし、まずはどこに集合なのかを確認しないと」
 これをものにせずどうするという思いが芽生え、自分はベットから立ち上がり明後日の準備をし始めた。

そして成人式。
「場所は……ここでいいのか?」
 自分はスマホを取り出し、集合場所を確認した。でも手が小刻みに震えてうまく操作ができない。五年ぶりの好きな人と再会。きっと嬉しさと緊張しているのだろう。
 あの時に言えなかった思いを秘めているから。
「よう。久しぶりだな」
 そういって僕に声をかけてきたのは伊芳だった。伊芳とも別の高校に入り、疎遠になってから話していなかった。でも何年たっても変わらないんだな。自分と同じで。
「久しぶりだな、伊芳」
 挨拶を返し、恒例行事である思い出話をしてみんなが集まるのを待っていた。
「あっ」
「どうした?」
「いや何でもない」
 徐々に人は集まり、のかの和服を着た姿を見て思わず声が出てしまった。
急に声を出したことに不信感を抱いていたが、気にせず話を続けてきた。でものかの姿を確認してからは伊芳の話に身が入らず、相槌を打っていた。
それが精いっぱいだった。
 五年も見ていなかったのかの顔。自分はそれを見れただけで幸せだった。大人びたきれいな顔立ち、和服からでもわかる成長した体のライン、中学のころと変わらないショートの髪型。すっぴんのままでも十分可愛いのに、化粧をしたりと少し変わっているところもあったが、全体的に大人びてこっちののかも可愛いかった。

「じゃあ一軒目行きますか」
 どっかの偉い人から激励の言葉をもらい、仕事などで帰っていく人もいた。でもクラスには必ず一人はいる指揮をしてくれる人の先導によって、居酒屋に行くことになった。ちなみにのかも行くという。
「ビールはどうする?」
「飲めない」
「そっか」
 注文をすまし、恒例行事続きで飽きてきそうだが、無駄に長い祝辞。
「「乾杯!」」
 グラスを一斉に奏でた。運がよく、のかと席が近くになり音を奏でることができた。お互いお茶だけど。
 そして自分たちが経験してきた思い出話がここでも始まった。最初はいい雰囲気で始まり、楽しかった。けど酒に酔った伊芳が、昔の僕の恋の話を言い出した。
「そういえば、こいつに頼まれて告白したことあったな。あの時は正直ビビったぜ。だってころころと好きな人が変わっていくやつが、初めて告白をするのに人を使うなんてな」
 人は酒を飲むと変わるってこういうことなんだなと実感する。それに伊芳の言った言葉に空気が重くなるのを感じた。
 でも言っていることは本当だ。自分は何回も好きな人がころころと変わり、告白もせず好きな人を変えていた。今回も告白をしようとする気はなかった。けど、伊芳が勝手に告白をして、振られた。自分はノーカウントって思ってても相手にとってはそんなわけにはいかない。
 それなら五年経ってまた告白するのって……今更だけど、気持ち悪いよな。この思いは自分のうちにとどめておくのが一番なのかもしれない。
 そう決心した時だった。
「ちょっと気分が悪くなったから帰るね」
 のかはそういってこの場を立ち去った。
 自分はそれを当然だと思い何も言わず見送った。そのあと誰が悪いのかと言い合い、空気がますます悪くなるかと思いきや、自分の周りにいた中学の人たちがにやりと笑みを浮かべて、こっちを見てきた。
「行って来いよ。結構な賭けになるけど、五年分の思いを伝えに言ってやれ」
 酔っていたかと思っていた伊芳も笑みを浮かべて、応援してきた。忘れていたけど、こいつはこんな奴だ。人の気持ちを読み取るのがうまくて、のかの時も自分のことを思っての行動だったし。
 それにしても、のかのことが今でも好きだということを知っていたのは不明だが、絶好のチャンスには間違いなかった。
「確かに賭けだけど行ってくる」
 自分がそういうと周りの人は、応援してきた。
 それを聞きながら自分は、のかを追いかけた。
「のかさん!」
「何?」
 のかはすぐに帰ったかと思ったが、近くにいて安心した。でも呼んだはいいが、少し怒り気味だし何を話せば……。
「用がないならどっかいって」
「用なんてたくさんあります」
「えっ?」
 ここで帰れば、もう会えないかもしれない。そんな感情のせいでつい言ってしまった。
「黙ってないで言いいなさいよ」
「実は……今更かもしれないけど好きです」
「……」
「……」
 急かすのかに自分が発した言葉に黙ってしまい、沈黙状態になった。けどあれだけじゃ足りない。伝えたい思いはまだたくさんあった。
 顔を俯け、深呼吸をした。そして……。
「のかさんは覚えていないかもしれないけど、小学六年生の時覚えていますか?あの時、のかさんと隣の席で自分が訳の分からない物知り本を持ってきて、朝の時間に問題を出して遊んでましたよね。その時すごく楽しくてきもいと思いますけど、ずっとその記憶がほかのことよりも残っているんですよ」
 もう抑えきれなかった。人とは一度口に出してしまえば、全部言うまで止まらないらしい。
 のかがどんな顔をしているのかわからない。もし引かれていても、自分は後悔なんてしない。どんな答えが来てもいいと思った。
 聞いてくれる。それだけで十分。
「そんなの覚えてないし、もう話しかけないで!」
 そういってのかは車道の前で歩き、帰りの車が来るのを待っていた。でも歩いているときに、一瞬だけのかの顔に涙らしきものが見えた。
 そんな顔をさして、話しかけるなと言われても、僕だってそう簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
「じゃあ、車が来るまでだったら一人ごとをつぶやいてもいい?」
「好きにしたら」
「それじゃあ。のかと高校が離れ離れになって大げさだと思うけど、時が止 まった毎日だったんだ。でも今日伝えたかったことが伝えられて時が動いたみたいな感じがして……本当にありがとう。これからの人生で二番目にいい思い出になりそうだよ。もちろん一番目は小六のことだけど」
「……」
 そんなくだらないことばかりを話していると、のかの迎えの車が来た。
 すぐに乗り込もうとしていて、僕は最後に言いたいことはないのかと自分に問いかけた。
 そして答えは即答だった。
「のかさん。最後に問題。ガラスの原料は何でしょう?」
「ケイ砂、石炭、ソーダ灰」
 のかは立ち止り、淡々と問題に答える。
「五年経った今でも僕のくだらない話を覚えてくれてありがとう」
「……次あうときはのかさんじゃなくて――」
 自分の方を振り向き、涙を流したまま全力で笑顔を作って――。
「のかって言ってね」