リチャードは一刻も争うこの事態に自らの焦りを押さえ、根気よくゴードンを説得しているが、表情には余裕がなく切羽詰ったジレンマを押さえ込もうとする反動で眉間に皺が寄っていた。
 コールの居場所を聞きだすためにはゴードンの口を割らせないことには始まらない。脂汗を掻き、時々それを拭って深い息を吐きながら、それでも必死でゴー ドンをなだめていた。
 ヴィンセントはじれったいと足をがたつかせてそれを見ている。パトリックもさすがに堪忍袋の尾が切れそうになり、ゴードンを殴り飛ばしたくなっていた。
「お前の父親、なんて悠長なことを」
 パトリックがヴィンセントに耳打ちする。
「いや、あれは切れる寸前だ。それを必死に我慢してやがる。本当なら殴ってでも吐かせたいんだろうが、一応刑事だから公の場ではできないだけだ」
「だったらお前が変わりに殴れよ」
「俺だってそうしたいが、親父がああしている以上、俺も殴れるわけがないだろうが。ああ、くそっ」
「こんなことしている間にベアトリスの命が危ない」
「お前のデバイスはホワイトライトの感知に使えないのか」
「これは護身用だ。ダークライトには反応するが、ホワイトライトには関係ない」
 二人は落ち着かずに好き勝手に話している。そして一緒になってゴードンを睨み付けた。 
「ところでさっきの話だが、消えるってどういうことだ?」
 ヴィンセントの質問にパトリックは息をぐっと詰まらせた。
 自然に湧き起こる不安がパトリックの嫉妬をかき立てる。ホワイトライトの思い人を呼び寄せる力のことを素直に言えない。それがヴィンセントであった時のことを恐れている。
 個人的な感情からヴィンセントに説明するのも腹立たしく黙り込んでしまった。ヴィンセントは何も知らずパトリックの説明を待っていたが、説明する前にそれは現実に目の前で起こってしまった。
「今、ベアトリスが俺を呼んだ……」
 ヴィンセントがそういった時、異変が起こった。
「そんな、ヴィンセントが消えていく」
 ヴィンセントに触れようとパトリックは咄嗟に手を出すが、手ごたえもなくすーっと消えていった。
 パトリックは呆然と立ちすくんでしまった。
 アメリアは申し訳なさそうな表情でパトリックに近寄ると、肩に手を置いた。
「パトリック、今はベアトリスの救出だけ考えて。早くヴィンセントに電話を掛けて居場所を聞いて」
 パトリックは震える手で携帯電話を操作した。

「ヴィンセント、どうしてお前がここに」
 コールは邪魔が入って怒りを露にした。
「俺もそんなこと知るか! 気がついたらここにいたんだ」
 ヴィンセントはベアトリスに走りより抱きかかえた。
「ベアトリス、大丈夫か」
「ヴィンセント?」
 ベアトリスは涙を一杯溜めて、ヴィンセントに抱きついた。
「もう大丈夫だ。怖かっただろう。こんなに怪我して…… 立てるか?」
 ベアトリスは小さく頷き、ヴィンセントに支えられヨロヨロと立ち上がる。
 ヴィンセントは盾になるようにベアトリスを自分の後ろに立たせてコールを睨みつけた。
「コール、ベアトリスをこんな目に遭わせやがって、許さない」
「お前に何ができる。言っておくが、力は俺の方が上だぜ」
 その時、突然、携帯電話がヴィンセントのジャケットのポケットから鳴り響いた。
 一瞬の隙をつかれてコールが素早くヴィンセントに飛び掛ってきた。
 ヴィンセントは咄嗟にベアトリスを後ろに押し、体を構えてコールの攻撃を受けとめる。
 コールは素早い動きでヴィンセントの後ろに回りこみ、首に腕を回して羽交い絞めにして強く締め上げた。
 ヴィンセントは動きを封じ込まれ、苦しそうにうめき声を上げた。その側でまだ携帯電話の音が鳴り響く。
「なんだ、もう終わりか。電話にも出られないな」
「くそっ!」
 ヴィンセントの首はきつく締め付けられる。力の差は歴然だった。コールと互角に戦うには己の醜い姿をさらけ出すしか方法がない。
 だが、ベアトリスを目の前にしてそれを躊躇していた。
「ヴィンセント!」
 ベアトリスは我慢できずに走り寄り、コールの背中を夢中で叩く。
「マッサージにもなってないぞ、ベアトリス」
 コールは片手でベアトリスを払いのけた。ベアトリスは宙を舞うように部屋の隅まで飛ばされ、ドシンと言う音とともに体を強く打って気を失ってしまっ た。
「ベアトリス!」
 ヴィンセントはもうなりふり構っていられなかった。全身が黒い塊となり、つりあがった目つきと尖った牙を持つ野獣へと変身する。
 動きに邪魔だと上半身に身につけていたものを引き剥がし、そしてコールの腕を取り、投げ飛ばした。
 コールはくるっと宙を回転してバランスよく着地した。
「とうとう本性を現したか。ダークライトの中でも変身するタイプは数少ないが、野獣になるものは下等でクズだ。その中でも卑しい部類とされている。そんな姿で戦わねばならないほど、お前も落ちぶれたもんだ」
「ああ、笑えばいいさ。こんな姿にならなくても俺は元々落ちぶれた奴さ」
 今度はヴィンセントがコールに飛び掛る。二人は取っ組み合い、激しく殴り合う。ヴィンセントは腕を高くあげ爪をむき出しにして降りかかり、コールの胸元を引っ掻くが、コールに避けられ服をかすっただけだった。
 コールは余裕の笑みを浮かべ、ヴィンセントをさらに挑発する。ヴィンセントは闇雲にコールにダメージを与えようとするがさっと交わされて無駄な動きが多くなっていた。
 思うように動けないヴィンセントを嘲笑うかのように、コールは素早い動きで後ろに回りこみ、ヴィンセントの首を羽交い絞めにしようとした。
「さっきと同じ手は喰らうか」
 ヴィンセントも機敏に動き身をかがめすぐさまコールの首を掴み床に倒して押さえ込んだ。それでもコールはまだ笑みを浮かべていた。
「甘いな」
 コールは足でヴィンセントを蹴り上げ、隙を突いてすり抜けた。どちらも引けを取らずに互角に戦う。応戦は暫く続いた。
 携帯電話は破れた服のポケットの中でまだ鳴り響いていた。

「ヴィンセントは何をしているんだ。早く電話に出ろ」
 ヴィンセントが消えてから電話を掛けるが一向に繋がらない。
 パトリックは自分を見失うほど心を乱していた。電話をアメリアに渡すと、ゴードンの側に行き八つ当たりするように腹部に何度も蹴りを入れた。
「パトリック止めるんだ」
 リチャードが止めに入るが、パトリックはリチャードも振り払い怒り狂っていた。
「パトリック、落ち着きなさい」
 アメリアが叫んだ。
 パトリックはデバイスを取り出し、光の剣をゴードンの喉に向けた。
「さあ、言え、ベアトリスはどこにいる」
 ゴードンは震え上がった。口を開くどころか恐ろしさのあまり全ての機能が停止していた。
 パトリックは我慢ならずに剣を振りかざし、ゴードン目指して振り下ろしてしまった。
 ゴードンは頭を抱え込んで泣き叫ぶ。
 剣は確かに何かを切った手ごたえがあった。赤い血がぽたぽたと滴り落ちるのを見たとき、パトリックは正気に戻った。
 リチャードが自分の左腕を犠牲にしてゴードンを庇っていた。
「パトリック、私情の怒りでそのデバイスを使ってはいけない。それは自分の身やホワイトライトを守るための護身用だろ」
 パトリックはハッとした。その場でただ突っ立ってリチャードの傷口を青ざめて見ていた。
「リチャード、どうしてオイラを庇った」
 ゴードンが不思議そうにリチャードを見つめる。
「お前は根は素直な奴なのを知ってるからだ。ゴードン、もう誰にも利用されるな。ライフクリスタルを手にしても賢くなんてならないんだぞ。賢くなりたかっ たら、誰の言いなりにもならずに自分の意思で判断するだけでいいんだ。お前は決して馬鹿なんかじゃないんだぞ。そんな言葉に惑わされるな」
「オイラ、ライフクリスタルなくても賢くなれるの?」
「ああ、もちろんだ」
「リチャード、だったらオイラ言う。コールが居る場所。だから全てのこと許して欲しい」
「判った。お前は影に操られていただけだ。自分の意思でやったんじゃない」
 リチャードは遂にゴードンを説得し、居場所を聞き出した。
 しかしリチャードの傷口は思った以上に深く切り込まれていた。血がまだ止まらない。リチャードはネクタイを外し、自分の傷口を固く縛った。痛いのか、顔が少し歪んでいた。
 パトリックは罪悪感で胸が一杯になり、それに押しつぶされた表情で必死に頭を下げた。
「すみません。僕がいけないんです。あなたにそんな傷を負わせてしまって」
「大丈夫だ。私がこれくらいでやられると思うか」
 リチャードは余裕で笑顔を見せた。
「場所はわかったわ。とにかく急ぎましょう」
 アメリアは一刻も時間を無駄にできないとせかした。
「オイラ、一人ならそこへ瞬間移動で連れて行ける」
 ゴードンが提案する。
「それなら僕を連れて行ってくれ」
 パトリックが名乗りを上げた。
 リチャードもそうしてくれと目で知らせると、ゴードンは頷いてパトリックとすぐに消えていった。
「アメリア、私達も急ごう」
 二人も現場に向かった。

 ベアトリスは意識を取り戻し、頭を押さえながら体を起こした。目の前で凄まじい音を立てながら、暗闇の中、二つの影がぶつかり合っているのが見えた。
 フラフラしながら立ち上がり、目を凝らした。
「あれは、あの時見た野獣…… ヴィンセント……」
 ベアトリスは驚きも恐ろしさも何もなかった。やっと真実に向き合えた喜びが心に湧く。
 だが喜んでもいられない。二人が戦っている様子はどうみてもコールの方が優勢にみえた。ベアトリスは祈りながら、ヴィンセントを見守る。
 ヴィンセントは戦いに慣れてなかった。力は互角でも、実践になれたコールの方が技術的に上だった。
「どうした。野獣に変身しても大したことないじゃないか。得意の破壊は使わないのか」
 コールに嘲笑われるが、コールの動きの速さでは破壊力を使っても、狙ったとたんにかわされるのが落ちだった。折角の攻撃力を持っていてもコールには通用しない。
──親父の言った通りだ。コールの方が断然強い。俺はどうしたらいいんだ。このままじゃ……
 ヴィンセントの息が上がってきた。このまま持久戦になれば負けるのが見えていた。
 部屋の隅でベアトリスが祈るように見ている。野獣の姿を見ても落ち着いて、心配しているのが伝わってくる。
──俺はベアトリスを守る。そのためにこの力があるんだ。
 気持ちを奮い起こし、渾身の力を込めて、捨て身になり接近してコールの攻撃をわざと受け、至近距離から破壊の力を向けた。
 凄まじい青白い光とスパークがコールに向かって行く。
 コールは避けきれずそれを咄嗟に受け止めるしか逃げ道はなかった。
 コールも負けてはいない。打ち消すバリアーを両手から放ち、破壊のパワーと押し合った。だがヴィンセントの攻撃力の方が強く、コールは爆発と共に押しや られて壁に叩きつけられ大きくダメージを受けてしまった。
 口から血が流れ体はぐにゃりと床に転がり動かなくなった。
 ──やったか。
 ヴィンセントは息をハアハアさせて身をかがめて立っていたが、コールをやっつけたことに安心してがくっと膝を突いてしまった。
 ベアトリスが思わずヴィンセントに走り寄る。そして野獣の姿のままのヴィンセントに抱きついた。
「ヴィンセント。無事でよかった」
「ベアトリス…… 俺が怖くないのか」
「怖いですって? どうして。言ったでしょ。私はヴィンセントが何者でもいいって、どんな姿でもヴィンセントはヴィンセントだから真実を受け入れるって。 それに私、昔の記憶を取り戻したの。ヴィンセントとあの夏一緒に過ごしたこと全て思い出した」
 ヴィンセントはベアトリスの言葉を聞くや否や、我を忘れて力強く抱きしめた。ベアトリスもずっとずっと押さえていた感情を解放して無我夢中で抱きつき返した。
 そしてその時、ゴードンとパトリックが現れ、パトリックは目の前の光景をまともに見てしまった。ベアトリスが野獣の姿のヴィンセントと抱きついている。
 ヴィンセントの全てを受け入れたベアトリス。
 燃えるような嫉妬がパトリックを襲った。気が狂いそうになるのを必死に押さえ込もうと震えていた。
 ゴードンはパトリックを連れてきたが、異様な雰囲気を察知して突然何かに怯え出し、逃げるようにまたぱっと姿を消した。
 ゴードンが感知した危険はパトリックの背後にじりじりと迫る三体の影だった。パトリックは目の前の光景に気を取られて危機を感知できずにいると、影は遠慮なくパトリックの体にすっと馴染むように入り込んでいった。
 パトリックの目が赤褐色に染まった。
 そして笑い声が部屋の隅から響くとコールがむくっと立ち上がった。