ベアトリスは熱いシャワーを浴びながら、泡たっぷりにまみれて頭を洗っていた。
その頃、パトリックはすでに軽くいびきを掻き夢の中にいた。
アメリアもベッドの中で本を読んでいたが、疲れて眼鏡をはずし、目頭を抑えこむ。軽く欠伸がでた後は、そのままベッドの中に潜りこんでいった。
外はすでに寝静まり、ストリートは各家から洩れる少しの電気の明かりに照らされ、薄暗さの中ぼやっと見える程度だった。
その暗闇の中、人のシルエットを形どったものがぼやけた光を発しながら現れた。
ゆっくりと歩き、ベアトリスの家の前で立ち止まると、暫く動かずじっとしていた。
同じ頃、コールは頭に血が上り、発散するかのように飛びながら素早い動きで色んな場所を走り続けていた。
ホワイトライトの捕獲に失敗し、ゴードンに連れられ、瞬間移動でなんとか拠点に戻ってきたものの、屈辱で怒りが収まらず、勢いで外に飛び出してしまったのだった。
「コール、あまり変なことしないでよ。リチャードに怪しまれるよ」
ゴードンの言葉など聞く耳持たず、好き勝手に暴れていた。
星がところどころ雲に覆われ、姿を消したり出したりしている。その雲は生き物のように形を変え空を滑るように流れていく。強い風がそうさせていた。
その風に長い髪をなびかせて、まだベアトリスの家の前に人影は静かに立っていた。
ベアトリスはその時、髪を洗い終わり、ボディーソープをスポンジにたっぷりつけて今度は体を泡まみれにしていた。そしてふと手が止まった。
「ん?」
何かを感じ、シャワーカーテンをずらしてバスルームを見渡した。
「誰も居るわけないか。なんか人の気配がしたけど気のせいか。まさかパトリックが覗きってことないよね」
そんなことはありえないと、その時は笑って鼻歌交じりにまた体を洗いだした。
最後の仕上げに再び熱いシャワーを浴びた。勢いよく出るお湯が体に心地よく、マッサージを受けてる気分だった。暫くそのまま目を閉じて水圧の刺激を楽しんでいた。
そしてその時コールも、ピタッと動きが止まった。目を閉じて神経を研ぎ澄まし一定方向に集中すると鋭い目つきになり、先ほどよりも数倍の速さで駆け巡った。
外の風が止んだとき、家の前に立っていた人影は姿をすっと消した。次にその人影が現れたのはシャワーカーテンを挟んだベアトリスの前だった。
ベアトリスは何も知らず、お湯が激しくほとばしるシャワーを浴びている。その人影は、カーテンの向こう側にいるベアトリスのシルエットを、ただ静かに見ていた。
ベアトリスがお湯を止めたときだった。急に人の気配を強く感じ、シャワーカーテンの方に目をやると黒っぽい人影が目に飛び込んだ。
──うそ、誰か居る。まさかパトリック。
ベアトリスはカーテンの端を持ち怖い気持ちを抱きながらも、勢いつけて顔だけ出した。
だがそこには何もいなかった。
「あれっ、やっぱり気のせいか。なんかさっきから変な感覚を感じる。でもバスルームのカギは閉めてるし、誰も入れるわけないか」
パトリックがいるだけで過敏になりすぎて、変な気の回し過ぎだと済ませた。
だが人影は次にアメリアの部屋に現れた。アメリアが寝ているのをいいことに、手を伸ばし首元のあたりに掲げると、優しい乳白色の光がぼわっとにじみ出だした。
アメリアはそれに反応して目を覚ました。
「ん? ブラム! 今何時だと思ってるの、それに勝手に入り込むなんて失礼じゃないの」
体を慌てて起こす。
「助けを求めたのはそっちだろう。折角地上に降りてきたんだ、もっと歓迎してくれてもよさそうなのに。やっとまたこうやって会えたんだから」
「いつも会ってるじゃない」
「あれはホログラムで、実際の私の姿ではない」
「あっ、それよりブラム。ベールをつけてないじゃない。ダークライトが気づいたらどうするの」
「大丈夫だって。長居はしないから。君の首のことが気になったから寄ってみたんだ。ちょっと手を加えといたよ。そのギプス外しても大丈夫だ。それじゃ目的は果たせたから今日はこれで帰るとしよう。またね、愛しのアメリア」
ブラムはあっさりと姿を消した。アメリアは呆れたようにため息を一つ吐いた。そしてギプスに手をかけそっと外し、首を左右にゆっくり回してみた。
ブラムの言ったとおりすっかり治っていた。ブラムの行為に素直になれない思いは、ため息になって現れた。
ふてくされたようにまたベッドに潜り体を横に向けると、何かを抱きつくように体を丸める。目をぎゅっと瞑りながら肩を震わせていた。まつ毛はその時ぬれて光っていた。
コールは加速をつけ、風そのものになっていた。だが突然危険を察知して急ブレーキをかけたように町の一角で止まった。
「これは、ダークライトのテリトリー。リチャードか! くそっ! 迂闊に近寄れない。しかし……なるほどそういうことか。リチャードに俺の動きを封じさせるための罠か。一度ならず二度までも俺をバカにしやがって」
コールの煮えくる怒りはもう少しで正気を失わせるところだった。噴火しそうなほどの怒りを抱きながら、踵を翻す。ここでは暴れることもできない苛立ちが脳天までふっ飛ばしそうに、顔を恐ろしいほどに歪めて元来た道を戻っていった。
「作戦を立てなければならない。必ずこの礼はさせてもらう」
コールのホワイトライトに対する執着は何倍にも膨れ上がった。
ベアトリスは髪をタオルで挟みながら、念入りに水分をとっていた。先ほど見た黒い影をまだ気にしていた。
「パトリックを疑う訳ではないけれど、どうも引っかかる」
ベアトリスはバスルームから出てパトリックの部屋に向かった。
明かりがドアの隙間から洩れている。そしていびきが聞こえてきた。
「やだ、電気つけたまま寝てるじゃない。やっぱりさっきのはパトリックじゃなかったんだ。自分の見間違いか。疑って悪かったかも」
ベアトリスはそっとドアを開けた。覗きをしているようで後ろめたかったが、電気を消すために仕方がないと、顔を引き攣らせて中を覗いた。
パトリックは着替えもせずに、ベッドの上に大の字になっていた。そのベッドの隣のスタンドが赤々と電気がついたままだった。
音を立てまいとそっと部屋に入り込み、パトリックの寝てる姿を見ないように背を向けて、スタンドのつまみに手を伸ばした。それを回せば電気が消えるはずだった。
しかし回すときカチャリと音がすると、驚いた声が同時に聞こえた。
「わぁ、ベアトリス、何してんだこんなところで」
突然パトリックが目を覚ましてベッドからバネのように体を起こした。ベアトリスは毛が逆立つほど驚いて振り返り、手をバタバタとあたふたしていた。言葉が出てこない。
ベアトリスのパジャマ姿とぬれた髪、本能をそそられるようにパトリックはドギマギしている。
「そ、そんな格好で僕の前に現れたら、僕どうしていいかわからないじゃないか。それともまさか僕の寝込みを襲いに」
ベアトリスは思いっきり首をブンブンと横に振った。
「ご、誤解しないで、電気がついてて、そのいびきかいてて、だから」
ベアトリス自身、何言ってるかわからなかった。
パトリックは笑い出した。
「参ったよ、そんなに僕のことが気になってたなんて」
「だから違うって言ってるでしょ! でも、ずっと寝てたの? 寝たふりとかしてないよね」
ベアトリスはここまで言われて逆切れしてしまった。その反動でバスルームに来たことを隠すためにわざといびきをかいたフリをしてたのではとまた疑ってしまう。
「なんだよ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。勝手に君から現れておいて。ああ、すっかり寝てたから、物音で目が冷めてびっくりしたんだよ。気づいていたらこんなにびっくりしないよ。ほら僕の心臓ドキドキしてるよ」
パトリックはベアトリスの手を引っ張って、ベッドに引き寄せた。その力は強く、ベアトリスはパトリックの胸元に倒れるように覆いかぶさった。
「なっ、すごいスピードで動いているだろう」
パトリックの厚い胸板の上でベアトリスは抱きかかえられていた。
「わかったから、離して」
今度はベアトリスの心臓がドキドキしだした。
「嫌だ。離したくない。君が悪いんだ。そんな格好でこんなところにくるから。僕抑えられないじゃないか」
「もうやめてよ、また冗談なんだから」
「僕は本気だよ」
パトリックのその言葉に驚きすぎて、ベアトリスは固まって動けなくなる。
「でも、安心して、何もしないから。暫くこのままでいさせて。とても心安らぐよ」
パトリックの腕の中は温かだった。
ベアトリスは判断を失いパトリックに抱かれるままになっていた。
「ちぇっ、今頃になって腹が減っちまった」
ヴィンセントは台所に入り、何か食べるものはないかと辺りを見回す。
広い台所では、調理台がアイランドのように台所の真ん中に設置されている。調理側の反対はそこで食事ができるように足の長いスツールの椅子 も二つ置かれていた。
ヴィンセントは調理台の上を唖然として見つめた。
「親父の奴、夕飯に何作ったんだ。包丁とまな板とレタスが半分に切れてそのまま置いてあるだけじゃないか。また事件かどうか知らないが、慌ててどこかへ出かけちまいやがった。これを俺に食えってか。他になんかないのか」
大きな冷蔵庫のドアを開けば中はスカスカで、それでも食べられるものはないかじっと見ていた。
そして赤ピーマンを掴むと、後ろを振り向いて咄嗟に投げた。
「誰だ! そこにいるのは」
赤ピーマンは何もない空間で払いのけられた。
「さすが、リチャードの息子。良く気がついたな」
徐々にベールを被った男の姿が光の粒が集まるように現れる。
「お前はブラム。こんなところに何のようだ」
ブラムは頭のフードを外すと、ニヤリと微笑を浮かべた。
「地上界に降りたので、リチャードに挨拶しにきた。だが彼は留守なようだ。ヴィンセントだったな。お前に会うのも久しぶりだ。まだ心はベアトリスに支配されてるのか」
「どういう意味だ」
「お前の母親が息を引き取った日。お前は悲しみから自分を抑えられなくて、感情を高ぶらせてしまった。そのとき、側にいたベアトリスがお前の心に入り込みホワイトライトの力でお前の感情を吸収した。その力を極力浴びたお前はベアトリスに心を支配されたということさ」
「あれは支配なんかじゃない。彼女は必死で俺を助けてくれたんだ。人から聞いた話を元に勝手に内容を作り変えるな」
「同じことさ。ホワイトライトが心の中に入り込み直接語りかけ、そして心を奪うように何もかも吸収する。我々には支配するということさ」
「違う。俺はそれ以前からもう彼女のことが好きだった。それが一層強くなっただけだ」
「まあ理由はどうであれ、そのせいでベアトリスは眠っていたホワイトライトの力を目覚めさせてしまった。彼女はその力を使うことは許されず、本人も知らずに封印されていた。あのまま知らなければ、時と共にあの力は自然と消滅するはずだった。あともう少しで消滅だったというのに、封印はその前に解けてしまった。 一度あの力を得るともう二度と封印できない。そして彼女は我々の世界にも戻ることはできない」
「ああ、俺のせいだよ。ベアトリスの人生を狂わせたのは全部俺のせいだ。そんなことをわざわざ言うためにやってきたのか」
「いや、そうではない。コールとか言う、力を持つダークライトが動き出したからリチャードに用があってやってきた」
ヴィンセントはその原因も自分にあると思うと言葉につまった。
ブラムは何もかもお見通しのように、鼻で小さくくすっと笑って話を続けた。
「そいつがベアトリスを狙うとまずいんでね。奴の狙いはライフクリスタルだ。あれがダークライトの手に渡れば、大変なことになるからね。そして私にも責任重大だ」
ヴィンセントは責任を感じ、下を向きながら曇った小声で救いを求めるように声を発する。
「俺にも何かできることはないのか」
「愛する人を守りたいってところか。でもお前の出る幕はないようだ。ほらこれを見るがいい」
ブラムは手を広げて宙を撫ぜるような仕草をした。そこだけ光がぼわっと浮き出ると、スクリーンに映し出されるように、映像が浮かび上がった。
ヴィンセントは一瞬にして頭に血が上り目を見開いた。醜い嫉妬がこみ上げて、拳を握り震えている。
そこにはベッドの上で、パトリックがベアトリスを抱いている姿が映し出されていた。
ブラムは、あまりのタイミングの良さに口笛を思わず一吹きした。
「少々刺激が強すぎるようだな。だがベアトリスはパトリックが守っているということだ」
ヴィンセントは顔を真っ青にしながら、立ってるのがやっとの思いでふらついていた。
「相当ショックを受けたみたいだね。すまなかった」
謝っている割にはブラムの顔は意地悪く笑っている。ヴィンセントを虐めて楽しんでいた。
映像は次第にフェードアウトしていった。
「おっと、変な感情をもって、ダークライトの力でパトリックを殺すなよ。そんなことするんだったら、正々堂々とパトリックと勝負してベアトリスを手に入れ るがいい。だが、お前には不利な条件が揃いすぎているけどね」
ヴィンセントの正気は埋もれようとしていた。また感情の渦がうねりを上げて暴れている。ヴィンセントは必死に耐えながらハアハアと呼吸が荒くなると、目の色がじわりと赤褐色を帯び出した。
「ヴィンセント、このままではお前は感情を吐き出してしまいそうだ。そんなことされては私も困る。この辺一体が爆発して死者でも出たら、私は責任はとりたくないからね。どうだろう、お詫びと言っちゃなんだが、一度だけベアトリスと過ごせるように手助けをしよう。あのシールドがあっても近づけるようにしてやろう」
ブラムはヴィンセントの目の前にクリスタルの小瓶を出した。ひし形を形取りトップに尖った蓋がついている。中の液体がダイヤモンドの輝きのように見る角度を変えるとキラキラと光を発していた。
その光を見たヴィンセントの瞳は徐々に元の色に戻っていった。落ち着きを取り戻し、ヴィンセントはその小瓶に釘付けになった。
「これはライトソルーションで作ったポーションだ。これを飲めば、ダークライトの気配を隠し、お前はシールドからはじかれない。ベアトリスに思う存分近づけて、触れることもできる」
ヴィンセントはその小瓶を戸惑いの目で眺めていた。
「どうした、いらないのか」
ブラムの言葉にはっとして、ヴィンセントはおどおどとそれに手を伸ばし掴んだ。
「但し、使い方は、必ず朝日を浴びて飲むこと。そして効き目は日没までとなっている。ダークライトのお前が一度それを使用すると、次回からはどんなにお前に与えても、二度と効き目がなくなる。たった一度きりのチャンスだ。よく考えて使うんだな。それじゃ、リチャードも居ないことだし、また出直すとしよう」
ブラムは含み笑いを浮かべながら消えていった。
先ほど見た映像がヴィンセントの記憶に焼き付いてしまった。必死に逃れようと救いを求めて力強くポーションの小瓶を握りしめる。
期待する欲望の炎が点火する。しかしチャンスは一度だけ──。
ヴィンセントはブラムにもてあそばれているような気分にさせられた。弱みを握られ弄られる悔しさがこみ上げながらも、目の前の欲望を満たしてくれるポーションに素直に尻尾を振る自分がいた。
「俺も落ちぶれたものだ」
プライドも捨て、なりふり構わずにポーションの煌く光に蝕まれていくようだった。
ベアトリスはパトリックに抱かれているのをヴィンセントに見られていたとも知らず、抱かれるままにパトリックの胸の温もりと鼓動の響きを感じていた。
自分のことをこんなにも思ってくれてる。しかしそれに応えられない。この状況でも自分を見失うことなく落ち着き、心ははっきりと答えを出していた。
パトリックの抱きしめていた腕の力が弱くなったとき、突然ベアトリスの顔が自分の意思とは関係なく上を向いた。パトリックがベアトリスの顎を指で支えていた。
パトリックはベアトリスの瞳をじっと見つめ、そして目を閉じ近づく。
ベアトリスは咄嗟のことに震え出した。お互いの唇が重なり合う寸前、震えは強くなり、パトリックの目を覚まさせた。彼ははっとして目をぱっと開き、失敗を認める歪んだ顔つきを見せ、ベアトリスを自分の腕から解放して首をうなだれた。
「ごめん、ベアトリス。こんな状況では、ただの男になってしまう。頭ではわかっても感情は抑えられないや。僕スケベだし。僕の気が変わらないうちに、早く部屋から出たほうがいい。そうじゃないとほんとに狼になっちまう」
パトリックは苦笑いをしていた。
しかしパトリックの正直に気持ちを述べる言葉は、ベアトリスには憎めなかった。何もなかったように振舞おうと背筋を伸ばし立ち上がった。
「パトリック、謝るのは私の方よ。ごめんなさい。勝手に入ってしまった私が悪いの。でもこれからは寝るときは電気消してよ」
何も言わずただ首を縦に振ってパトリックは笑っていた。
ベアトリスは静かに部屋を後にした。ゆっくりとドアを閉めると、ふっと吐き出す息と共に力が抜けた。
パトリックは電気を消し、くすぶる感情にイライラさせられながら枕を抱きかかええると同時に、寸前で理性を取り戻してよかったと胸をなでおろしていた。一度ならぬ二度までもと、自分で自分の頭を殴っていた。
そしてこの日もう一人、頭を悩ませるものがいた。
リチャードは夕飯の支度中、同僚から事故の連絡が入り、慌てて現場に駆けつけていた。自分の担当する地区ではないが、不思議な要素が含まれる事件は些細なことでも連絡をして欲しいと仲間に告げていた。
事故もまた、目撃証言から得た『突然目の前に二人現れて空中で消えた』という言葉のために連絡を受けていた。
事故現場でリチャードはダークライトの残留を感じようと感覚を研ぎ澄ます。強い気をもつ者は去った後でも多少の存在をリチャードは感じられた。この時、ほんの微量のダークライトの気を感じていた。
「やはりそうか。コールは動き出した。そして仲間がいる。瞬時に移動できるもの……ゴードンか。奴はゴードンを利用してホワイトライトを見つけようとしている。きっと罠も仕掛けているに違いない。なるほど、これでわかった。アメリアを襲ったのもゴードンという訳か」
リチャードは車に乗り込み、おもむろに町中を走り出した。鋭い眼差しを至る所に向けた。そして赤く滲んだレーザー光線を絡ませたような気の糸を見つけると、スナップでパチンと指を鳴らし、指先から出た青白い炎で焼き尽くしていった。
「こんなことをしても、全部は把握しきれず、いたちごっこになるのは判っているが、ゴードンがこの事に気づくには時間を要するだろう。その間に少しでも危険を回避しなければ」
リチャードはベアトリスの行動範囲と人が集まりそうな場所を検討しながら一つ一つ罠がないか確認していった。
そして夜も更け、疲れも出てくるとリチャードは作業を切り上げようとした。家路に向かってるときだった。針を突き刺されたような危険信号を、突然肌で感じとった。
素早く車の向きを変更すると血相を変え車を走らせた。そこは自分のテリトリーでもあり、ベアトリスの住んでる住宅街附近だった。
「コールが近づいた。なぜあそこがわかった。偶然にしてはおかしい」
テリトリーといっても、すぐ側まで近づかなければそれはわからないようにしていた。安易に縄張りを主張すれば、却って怪しまれてしまう。
そしてあの附近にはいくつもそういった場所をカムフラージュで作っていたにも関わらず、そこに引っかからずに一番知られたくないテリトリーが最初に見つかったことが腑に落ちない。
リチャードがそこへついたときは、コールの姿はどこにもなかった。だが残留の気は残っていた。
「奴はいずれ本格的に動く。これはその奴からの挑戦状なのか。それとも一体何を意味している」
リチャードはいつもになく動揺していた。
ブラムが気まぐれに動いたことで、ベアトリス、パトリック、アメリア、ヴィンセント、コールそしてリチャードまでもがこの金曜の夜に心乱されていた。
ブラムはそれを知ってか知らずか星空の下、広い草原の中で真紅のバラを一本夜空に投げ飛ばした。
「この赤いバラはベアトリス、君に捧げよう。まだ何も知らぬ君。だがそのうち真相から君に近づいていくことだろう。その時は覚悟してくれたまえ……本当に君には誰もが魅了されるよ。この私でさえも」
空を見上げるブラムの微笑は夜空の星の輝きで憂いを帯びたように見えた。ブラムはこれからの成り行きを見守るように星に願いを込めた。
かき乱された心を整理するように、それぞれの週末は羽目を外すことも、目立った事件が起こることも、全くない静かなものの様に思われた。
だがそれは表面的なもので、確実にそれぞれの思惑はその下で渦を巻いていた。
コールはホワイトライトの挑発に爆発し、リチャードにも正面からぶち当たる覚悟を決めた。そうでもしないと隠れてこそこそ罠を張るだけではホワイトライトなど捕まえることはできないと判断したからだった。
油断した時を狙う奇襲作戦を企み、それを実行に移す本気の構えを見せ始めた。
リチャードは仕事仲間からの情報はもちろん、力の弱いダークライトたちに接触してコールの動きを探っていた。同じダークライトにつくならどっちが得か、コールに気をつけろと暗黙で自分の力を見せ付けていた。
アメリアは首の痛みも取れ、心配するベアトリスを押しのけ、仕事の遅れを取り戻すために休日出勤に出かけた。何かをしなければ、色々なことで心が押しつぶされそうになっていた。
パトリックはベアトリスとの適度な距離を保とうと、一人で出かけては頭を冷やしていた。そして同時にダークライトによる不穏な動きはないかデバイスを片手に注意を払っていた。
ヴィンセントはポーションを見つめ、カレンダーと朝日を浴びることができるこの先の天気予報をチェックしていた。確実にベアトリスに近づける日を検討し、その時のためにどうすべきなのか今後の対策を練っていた。
そして、中心人物のベアトリスは誰も居ない家で、スナックを片手にテレビを観て呑気に過ごしていた。自分が原因で周りがそれぞれの思惑で動いているなど知る由もなかった。
週末が明けた月曜日、どんよりとした曇り空で肌寒かったが、ヴィンセントとジェニファーのことを考えると、心も晴れなかった。
学校が崩壊した後の登校は、あまり気が進まない。
混乱が続くのに、また一人ぼっちが心細かった。
「待って、ベアトリス。僕が車で送ってってあげるよ」
パトリックが後ろから叫んだ。
「いいよ、歩いていくのも運動なんだ」
パトリックはそれならと一緒に歩いていくことにした。
断ってもどうせついてくるだろうとベアトリスは好きにさせた。だが、一緒に歩いてくれる人がいると幾分心が落ち着いた。
二人して肩を並べて学校に向かう。スクールバスが行きかい、子供達が自分の学校目指して歩いている光景が目に入る。朝は通学ラッシュだった。
「本来なら、僕も高校生で、こうやって学校に通っているところだったんだな」
パトリックはそれが楽しいことのようにしみじみと語った。
「その若さで大学まで卒業しちゃってるし、先を急ぎすぎだよ。だけどそれだけパトリックは優秀だったんだね。尊敬する」
「違うよ、ただ無理をして急ぎすぎただけなんだ。本当はとても苦しかった。だけど僕はそうすることで自分を奮い起こしてる部分があった。勉強は自分だけ一生懸命やればいいと思っていたけど、学校生活は全く楽しくなかったよ。周りは全部年上で、僕のこといいように思ってなかったから友達なんて一人もできなかった」
「普通に通ってる私だって、あまり学校生活楽しくないかも。私も友達あんまりいないし……。学校ではどこか誰かに変なこと言われてそうで、といっても実際言われてるんだけどね。だからいつもおどおどしてしまう」
「ベアトリスらしくないな。昔の君なら、知らない人にでも声を掛けて、すぐに友達になっては皆から愛されていたのに。でもここでの暮らしが君に合ってないだけなんだよ。それは君のせいじゃないと思う」
「私のせいじゃない? まるで何か他に原因があるみたいな言い方ね」
ベアトリスはパトリックの無茶な慰め方に笑ってしまった。パトリックはうまく言えないもどかしさを抱え、言葉を選んで説明する。
「ああ、君は特別な人なんだよ。変な虫がつかないようにするには、最初から人が寄ってこない方がいいんだ。だから寄せ付けちゃいけないオーラが身を守るために出ているだけさ」
「えっ、それって、私には自然に嫌われるオーラが出てるみたい。いくらパトリックが慰めようとしてくれても、なんだか余計に落ち込んじゃうな」
「あっ、そういう意味じゃなくて……ごめん。だけど、そんなこと気にせずに、学生生活は自分のやりたいこと思いっきりやるといい。周りがなんと言おうと、強く自分を信じてごらん。君はなんだってできるんだよ。時にはアメリアの言うことなんか無視する勢いでさ」
パトリックの言葉はベアトリスの胸に光が差し込むように届く。少し勇気が湧いて自然と顔がほころんでいた。
「ありがとう。なんだか今日一日頑張れそうな気がする」
学校の門の前まで来ると、パトリックはまた後でと手を振り、ベアトリスが校舎に入るまで見送った。
「ねぇねぇ、プロムの相手見つかった?」
パトリックが女子生徒の会話をすれ違いに耳にした。
「一緒に行きたい人がいるけど、今探りいれてるところ。そういうあんたは」
「私は多分うまく行きそう」
キャッキャという黄色い笑い声と共に、女子生徒達は校舎へ向かっていた。
「プロムか」
パトリックは小さく呟いて元来た道を戻っていった。
学校内はほんの数日で、ガラスが全て新しいものに入れ替わっていた。しかし教室内はまだ完全には元通りになったとは言いがたく、隅々には壊れたものの破片が残り、荒れた雰囲気はそのままだった。
ベアトリスはパトリックがくれた勇気を抱いて、教室内へと足を踏み入れた。
ジェニファーがアンバーと黒板の前で楽しそうに話している姿が目に入った。ベアトリスはできるだけ平常心を装い、いつも通り振舞うがジェニファーがベアトリスの存在に気がつくと露骨に無視をした。
ベアトリスは仕方がないと黙って自分の席に座る。
話をする友達も居ないとわかっていたので、時間を潰すために予め本を持参していた。それを取り出し、読み始めた。
これなら誰にも迷惑はかけず、本という世界に入り込んで暫しの孤独も紛れる。考えた末に用意したものの、いざ学校で本を読もうとしても自分の置かれてる立場が心に大きく影響して全く頭に入ってこない。
それでも、教室では疎外感を感じこれを乗り越えるには読んでるフリをするしかなかった。
そしてヴィンセントの席に目がいった。まだ彼は来ていない。彼の席を見つめながら頬を手で押さえ机の上で肘をついていた。
その様子を遠くからジェニファーは憎悪の感情を抱き睨んでいた。
「ジェニファー、どうしたの。表情が怖いわよ。いつものあなたらしくない」
アンバーに指摘されて、ジェニファーは一瞬はっとしたが、自分を取り戻したとき体の中から何かが暴れる感覚を覚えた。挑発されるような押さえられない感情がくすぶっているようだった。
それはベアトリスを見ると波が押し寄せるように表面に出てくる。ジェニファーはベアトリスの存在を無視しようと必死に見ないようにし た。
クラスが始まるギリギリの時間にヴィンセントが教室に入ってきた。ベアトリスはその姿にドキッとしてしまう。
思わず目を伏せたが、首を横に振り、自分の 立てた仮説を抱きながら勇気を振り絞りヴィンセントを見ていた。
ヴィンセントは無表情で、誰とも接触する気を見せず、ただ前を向いて席に着いた。ジェニファーがチラチラと様子を伺っていたが、ヴィンセントはもう言い訳しようとも近づこうとも、ジェニファーを見ることすらしなかった。
ジェニファーはそれが気に入らず、目を細めきつい表情になっていた。
先生が教室に入ってくると生徒の心のケアーを兼ねて、その日のクラスの一時間目は変更されてホームルームとなった。
それは表向きで教室の片づけをさせられた。それが終わると自習となり、まだすんなりと授業再開とまではいかなかった。
生徒達は好き勝手にグループを作り、話し込んだりしていた。ベアトリスは一人ポツンと教室の隅で本を読む。ページはいつまでも変わらず同じところを開いていた。
ヴィンセントもまた誰も近寄せることもなく、一人で焦点も合わさずポケットに手を突っ込んでだらけて座っていた。
そして昼休みになると、各自昼ごはんを求めて教室を出て行った。ヴィンセントもその一人だった。
生徒がまばらになった教室で、ベアトリスは一人本を読むフリをしながら食事をしていた。そこにベアトリスを呼ぶ声がした。
声のする方向を見ると、ドア附近でレベッカとケイトが手を振っていた。ベアトリスは席を立ち上がり、二人に近寄った。
「どうしたの、二人ともこんなところまで」
「これを渡してくれってたのまれて」
レベッカが四つ折にされた紙を差し出した。ベアトリスはきょとんとしてそれを受け取った。
「それじゃちゃんと渡したからね」
ケイトが早口で言うと、二人は逃げるように去っていった。辺りを気にしながら何かに怯えているようだった。
「変な二人」
ベアトリスが席に戻ってその紙を広げて驚いた。
ヴィンセントからだった。
心臓がドキドキと大きな音を立てて、息が速くなる。ごくりと唾を飲み込み、震える手でその手紙を読んだ。
親愛なるベアトリス
君とジェニファーが仲たがいをしてから、僕は君に安易に近づけなくなった。
僕が君に近づけばもっと君たちの仲を複雑にしてしまうと考えたからだ。
教室内では適度の距離を保ってしまうけど、僕はいつも君の事を考えている。
君に迷惑をかけてすまないと思ってる。
今度ゆっくりと二人だけで君と話がしたい。
その時はまた僕と一緒に授業をさぼってくれるかい?
また連絡する。
ヴィンセント
ベアトリスは手紙を抱きしめる。水面のように目が潤んでいた。ヴィンセントが自分のことを考えていてくれたことが感激するほど嬉しくてたまらなかった。
ベアトリスは飛び上がりたいほどの感情を抱え、一人で浮かれていた。
そこへジェニファーが教室へ戻ってきた。
ベアトリスが一人でも笑顔で楽しそうに座っている姿が気に食わない。
足が自然にベアトリスの方へ向かい、殴り飛ばしたいほどの感情が湧いて、殴りかかるために本当に拳に力を込めていた。
ベアトリスはジェニファーが近づいてることにも気がつかず、ヴィンセントの手紙ばかりうっとりと見つめていた。
ジェニファーがベアトリスに近づこうとしたその時、ジェニファーの体が沸騰しそうなほど熱く煮えたぎった。苦しくて呼吸困難に陥ると、我に返り後ずさった。
教室内に生徒が次々と帰ってくる。ジェニファーはそれに紛れて自分の席に戻っていった。
ヴィンセントが戻ってくると、ベアトリスはすぐに彼を目で追った。
ヴィンセントも何が起こってるかわかっているのか、ベアトリスの顔を見なかったが、少し口元を上向きにしていた。
ベアトリスはそれだけで自分にサインを送っていると感じ取った。
しかしそれをジェニファーも目を光らせて見ていた。体の中で何かが今すぐ暴れろと指示を出す。それに葛藤するかのように胸を押さえていた。
ジェニファーは人目のつくクラスの中だと自制し、まだこの時はなんとか感情を制御できていた。
その日のクラスが全て終わると、ベアトリスは一日が無事に終わったことにほっとして、ふうっと息が自然に洩れた。
何よりも、ヴィンセントから手紙を貰って頬が緩む。
ベアトリスも会って聞きたいことは山ほどあった。自分が立てた仮説の真実を突き止めたい気持ちも忘れてはいなかった。
だが、またヴィンセントと話ができると思うと、仮説や真実などもうどうでもよくなるくらい舞い上がって浮かれていた。
真剣に考え、悩んでいたことを忘れるほどヴィンセントからの連絡は一瞬にして全てを吹き飛ばし、自分に都合がいいようにしか受け取れなかった。
ベアトリスは帰り支度をしているヴィンセントをそっと見つめた。
その時ヴィンセントが振り返り、その瞳はベアトリスを優しく捉えていた。
ベアトリスも目を逸らすことなくその視線を受け入れた。
するとヴィンセントの口が動いた。
『またあとで』
そしてヴィンセントはさっさと教室から出て行った。
ほんの1、2秒の出来事だったが、ベアトリスは泣きたくなるくらい嬉しく、暫く席から立てなかった。いや、余韻を楽しんでいただけなのかもしれない。心はヴィンセントで一杯だった。
どれくらいの時間が経ったのか感覚もつかめず、気がつけばベアトリスはクラスに一人ポツンと取り残されたように座っていた。
いい加減、家に帰ろうと席を立ったときだった、ジェニファーが走って教室に戻ってきた。ベアトリスに気づくと、体に力を入れゆっくりと自分の席に向かい、置き忘れていたカーディガンを手にした。
ベアトリスは息を飲むように緊張しながら声をかけるべきか思案していた。
だが、ジェニファーは突然ベアトリスにキーっと突き刺すような視線を向け、人が変わったようになった。
「ジェニファー、私、あの」
ベアトリスは何を言っていいのかわからず、ただ声をかけてその場を繕うとしていた。でもなぜか肌にさすような危機を感じる。まるでジェニファーが自分に飛び掛って襲いそうな気がしていた。
ジェニファーは一歩一歩ベアトリスに近づいていた。緊迫した空気が漂い、ベアトリスは追い詰められた小動物のようにジェニファーの気迫に負けて後ろずさった。
突然ジェニファーの息が荒く苦しそうに喘ぎ出し、胸を押さえて前かがみになるとそこに留まりながら顔を下に向けて歯を食いしばっていた。
「ジェニファー、どうしたの。大丈夫?」
ベアトリスの声に反応した瞬間、顔をさっとあげ、野犬が歯をむき出しにして唸るような表情を向ける。
異常な程に怒りをぶつける目、そして敵意をむき出しにした歪んだ表情に、ベアトリスはぎょっとした。まるで狂犬病に犯された犬を見ているようだった。
「ジェニファー?」
ベアトリスは心配のあまり近づく。ジェニファーは体にたいまつを振られたように後ろにのけぞった。
その時、話し声が教室に近づいてきた。誰かが来る。ドア附近でその音ははっきり耳に届いた。
「あ、いたいた」
パトリックの声だった。
側にはサラが一緒にいた。ベアトリスを迎えに来て門の外で待っていたパトリックに声を掛け、案内してきたようだった。
パトリックは気軽に教室に足を踏み入れるや否や、デバイスのアラームが小さく音を立て、それに反応して一瞬にして緊張した。
「ベアトリス!」
ディバイスを手に持ち、素早い動きでベアトリスの前に立ちふさがった。ジェニファーに挑むようにデバイスを武器のように胸元で見せ付けた。
しかしすぐ怪訝な顔になった。
──おかしい、彼女はダークライトではない。だがどういうことだ。
ジェニファーはまたはっと正気に戻り、状況を飲み込めないまま、小走りに去っていく。ドア附近でサラとぶつかりそうになり逃げるように教室を出て行った。
「大丈夫か、ベアトリス」
パトリックは振り向くと同時に、手に持っていたデバイスを慌てて隠すようにまたジーンズのポケットにしまいこんだ。
ベアトリスは信じられないとでも言いたげに呆然としていた。
「今の子はなんなんだ? かなりベアトリスに敵意を抱いていたように見えたけど。まさかいじめられてたのか」
ベアトリスはあの状況をまともに説明することもできず言葉を失っていた。
「彼女は、ベアトリスの親友のジェニファーでしょ」
サラが口を挟んだ。
「親友? あれが? そうは見えなかったぜ」
「元親友って言った方がいいのかな。ちょっと三角関係でややこしくなっちゃったんだよね」
サラは余計なことを言い出した。
「三角関係? どういうことだ?」
パトリックの質問にサラは知ってる範囲で答えた。そしてそこにヴィンセントという名前をしっかりいれてパトリックの反応を伺った。
ベアトリスがヴィンセントと一緒に授業をサボり、ヴィンセントに思いを寄せるジェニファーがそれを気に入らなくて怒ってることをまるで自分が見たことのようにサラは話した。
「サラ、やめて。それにどうしてあなたがそんなこと知ってるの」
ベアトリスは部外者の口から言われることにショックを受け、肩を震わす。
パトリックも、以前聞いたヴィンセントの話と照らし合わせて、あの時抱いた感情をまた蘇らせていた。
「ご、ごめんなさい。でしゃばって。でも学校ではかなり噂になってたから」
ベアトリスの反応よりも、パトリックが顔を引き攣らせているのをみて、サラは慌てて自分を庇うように弁解した。
ベアトリスは顔を歪まして首を横に振り、否定したい気持ちを抱えつつ、学校で笑いものになる程、自分達の出来事が広まっていると再確認させられた。
「サラ、お願い、私の話を人にはしないで。これは私の問題なの。パトリックも鵜呑みにしないで。さあ、もう帰ろう」
ベアトリスは帰り支度をして、教室を出ると二人も無言でついていった。
校舎を出るとサラが気を取り直して明るく話しかけた。
「あの、よかったら、一緒にアイスクリーム食べにいかない?」
「ごめん、今そんな気分じゃないんだ。また今度ね。でもパトリック、折角だからサラと行って来れば?」
ベアトリスの言葉にサラは敏感に反応した。もしかしてと淡い期待を抱く。
「いや、君を置いて行ける訳がないだろう」
あっさりと断られ、サラはがっかりすると共に、ベアトリスを睨んでいた。ジェニファーもきっとこんな感じだったのだろうと思うと、ジェニファーの気持ちが容易に理解できた。
帰る方向が違うサラは名残惜しそうにパトリックの顔を見ながら、バイバイと手を振って去っていった。何度も後ろを振り返りながら、パトリックの後ろ姿を寂しげに見ていた。
「わざわざ、迎えに来てくれなくてもよかったのに」
ベアトリスがポツリと言った。
「ちょっと用事で近くまで来たら、ちょうど学校終わる時間だったから」
「見え透いた嘘を」
パトリックはつっこまれて笑っていたが、学校の中でも危険が迫る状況に不安を抱いて、覇気のない笑いになっていた。
ダークライトでもないただのノンライトが、嫉妬や憎しみだけでディバイスが危険を察知するほどの力を出すのが信じられないでいた。
「ベアトリス、さっきの女の子だけど、なんだかかなりベアトリスのことを嫌ってそうだった」
「うん……」
ベアトリスは曖昧な返事をした。
かつては親友であり、つねに優しかったジェニファー。原因は自分にあるとしても、あそこまでジェニファーが変わってしまうのはとても衝撃的だった。もちろんその要因はコールが偶然仕込んだ影とジェニファーの元々抱いていたベアトリスを憎む気持ちのせいだが、それを知らないベアトリスはこの先どうしていい のか途方に暮れていた。
そしてサラが自分の話を口にしたことで、学校で噂になるほど人の関心を集めていることも拍車をかける。
ヴィンセントから貰った手紙を思い出すと、自分だけ浮かれていたことに罪悪感を覚え、それが間違いであるかのように感情が萎んでいく。
ジェニファーも苦しんでいると思うと、自分だけこそこそと ヴィンセントと接触するのを躊躇いだした。何より、人目についたときの周りの目も気になってしまう。必ず何か言われるのが目に見えていた。
──このままではずっと最悪のままだ。どうすればいいんだろう。
朝からどんよりした曇り空だったが、その時、白いものがこぼれるように空から降ってきた。
「うわぁ、雹が降って来た」
パトリックがベアトリスの肩に手を回し、早く歩くように示唆した。それと同時に雹からベアトリスを守ろうとしている。素直に頼りたくなるほど、彼の手は優しく頼もしかった。
──一体自分は何を求めてるんだろう。あれだけ心に迷いはないといいつつ、またパトリックを頼っている。
ベアトリスはもつれるような足取りになりながら早足で歩いていた。
はっきりしないベアトリスに喝をいれるかのように一筋の光が突き刺すと、雷が苛立つ剣幕で轟音を落とす。
ベアトリスは体を収縮させ怯えた。パトリックは笑い声と共に大丈夫だともっと強く肩を抱き寄せる。
雷の怖さと、心の弱さでパトリックに助けを求めるようにベアトリスは抱きついてしまった。
「ご、ごめん。ついそこに抱きつくものがあったから」
すぐにパトリックから手を離す。
「なんだよそれ、電信柱でもよかったような言い方。遠慮なく僕を頼ってくれていいんだぜ。そのために僕はここにいるんだから。さあとにかく急ごう」
雹は勢いをつけ、全ての物に八つ当たりするように叩きつけてきた。
二人は歩いてられないと、街路地に植えてあった木の下に身を寄せる。
パトリックは雹から庇うようにしっかりとベアトリスを胸の中に収めていた。
ベアトリスは落ち着いて、抱かれるままにぼんやりと雹をみていた。無数の白い粒が、建物の屋根に当たり、滑るように転がり落ち地面ではねている。じっとみてると生き物のような動きに見えてきた。こぼれた白いビーズは辺りをあっという間に白くした。
雨でもない雪でもない氷の塊。どっちにもなりきれずに無数の苛立ちをぶちまけてるように見える。空から行き場のない思いが雹となって降り注ぐ光景は自分の心と重なっていた。
ジェニファーが見せた行動はベアトリスを不安に陥れると同時に、ヴィンセントに簡単に近づくなと警告されてるようにも感じる。
ヴィンセントと接触すれば、ジェニファーを傷つけ、人々はまた好き勝手に噂し、そしてそれに自分も苦しくなっていった。そこまでして思いを貫いていいものだろう かとまた迷い出した。
中途半端な気持ちで覚悟を決められないまま、その思いをぶつければこの雹と同じになってしまう。雨や雪と違って、雹は当たれば傷つけるように痛い。
「そういえば、昔、グレープフルーツくらいの大きさの雹が降ったって聞いた事がある。あれはかなりの被害が出たそうだ。こんな小さな粒でも歩けないくらい迷惑だよな。雹は突然降ると困るからね。ちょっと冷えてきたようだけど、ベアトリス寒くないかい?」
パトリックは温めようと力を入れて抱きしめた。全てのことから守ろうとしてくれる気持ちが伝わってくる。ベアトリスの心に降り注ぐ雹がとけていくような気がした。
「パトリックのお陰で暖かい。ありがとう」
ベアトリスは目を閉じた。そしてパトリックの体に腕を回して抱きついた。
「また何かに怯えて、僕は電信柱かい?」
「ううん、違う。パトリックの優しさが嬉しくて、それに対してのお礼」
「お礼か。悪くないよ」
ベアトリスはパトリックのことを少し考えた。気持ちを受け入れられずに否定ばかりしていたが、パトリックが気遣ってくれることに対してまだ感謝の気持ちを表していない。素直に感謝の気持ちだけは表現したかった。
だが、この時、もしも自分がパトリックを受け入れたらどうなるのだろうという疑問も軽はずみに抱いてしまった。
「ベアトリス、雹が止んだよ」
ベアトリスはパトリックの言葉ではっとすると、彼から離れ、頭に浮かんだ言葉をかき消すように先を急いで歩き出した。
あたり一面の氷の粒は歩くと同時にバリバリと音を立てる。自分の心を踏んでいるような気がして、優柔不断な自分に腹を立てさらに雹を踏み潰す。
ヴィンセントを思う気持ちには嘘はつけない。しかしその想いを抱けば抱くほど、窮地に追いやられていくようだった。
──ヴィンセントの真実を知ったとき、きっと後に引けない何かが待っていると思う。そしてそれが自分にとっていいことなのか悪いことなのか今は判らない。 想いを貫いてまでそれを知るべきなんだろうか。それとも気づかないフリをしてそっとしておくべきことなんだろうか。
迷いながら、注意を払わずに歩いてるときだった。四つ角交差点のストリートを渡りかけたとき、右折してきたバイクが雹にタイヤを取られて滑るように ベアトリスに突っ込んだ。
重いものが叩きつけられる音が鈍く響いた。
「ベアトリス!」
パトリックの悲痛の叫びが轟いたとき、ベアトリスは何が起こったかわからなかった。
突然ふわりと宙に浮いた感覚を覚え、目に飛び込んだ景色は絵の具が入り乱れあったパレットのように混ざり合ってぐるぐる していた。
どーんと体が衝撃を感じると、闇にじわりと飲み込まれていくようだった。
誰かが抱えて名前を呼んでいる。そこには泣きそうな顔をしている人の姿がぼやけて見えた。
それは実際パトリックだったが、ベアトリスには誰だかわからないほど意識が遠のいていた。しかし、そこで記憶がフラッシュした。
──あれ、前にもこんなことがあった。
同じように目に涙を溜めて自分の名前を呼ぶ誰かがそれと重なる。ぼんやりとした記憶が見せたその誰かはまだ幼い少年に見えた。その顔に見覚えがあると認識したとき、ベアトリスは谷底へすとんと落ちるように意識がなくなった。
遠くから救急車のサイレンが聞こえ、四つ角交差点辺りに居た人たちは一点を見つめたまま動かなかった。
その次の日の朝は雲一つない空が広がった。
ヴィンセントは裏庭で朝日を浴びながら腕を伸ばして、深呼吸をしていた。中身が入っていない小瓶を片手に握りながら ──。
ヴィンセントが朝食を求めて台所に入ると、リチャードが出来立てのコーヒーをカップに注いでいるところだった。
それをヴィンセントは横から奪った。
「おいおい、ヴィンセント、今朝は早く起きたと思ったら、珍しくコーヒーを飲むのか。しかもそのシャツ、アイロン使っていやにピシッとして、気取ってるじゃないか。なんかいつもと違うぞ」
「いいじゃないか、別に」
いつもと違うのは見かけだけじゃないとリチャードは首を傾げた。ダークライトの気が感じられない。
「体の調子でも悪いんじゃないのか」
「すこぶるいいよ。こんな気分のいい日は久しぶりさ」
ヴィンセントはコーヒーを口に含んだ。ほろ苦さが口いっぱいに広がる。
『チャンスは一度だけ』
その言葉と一緒に飲み込んだ。
──俺は真実を隠しながら、ベアトリスにどこまで想いを伝えることができるだろう。
ヴィンセントは残りのコーヒーも飲み込むが、変化を求めるように一生懸命無理して飲み干してるようだった。
リチャードは何も言わず、その様子を見守っていた。
ヴィンセントは張り切って学校へ向かった。学校の近くまで来ると、深く息を吸い込み、これからのことを案じた。
ふと道行く人の会話が耳に入る。
「あそこの交差点で昨日、事故があったんだって。バイクで女の子がはねられたんだって」
「へぇ、その子、どうしちゃったの」
「意識不明の重体だって噂だよ」
「お気の毒に」
それを聞いてヴィンセントも同じ言葉が頭によぎった。
それよりも自分のことで頭が一杯だった。事故の真相も知らずにベアトリスのことを思いながら挑むように学校へ出陣していった。
教室に入り、ベアトリスの笑顔を求めて彼女の机をすぐに見る。
ちょうどジェニファーがタンポポを小さな花瓶に入れてベアトリスの机に飾っているのが目に入り、ヴィンセントは眉をしかめた。
「何の真似だ、ジェニファー」
ヴィンセントが思わず走りよった。
「あら、知らないの、昨日ベアトリスったらバイクにはねられて意識不明の重体なんだって。それでお悔やみの花を添えてるの」
「嘘だ! 何かの間違いだ。それにこんな縁起の悪い酷いことするな」
ヴィンセントは小さな花瓶を払いのけた。タンポポは散らばり、花瓶は床に落ちて簡単に割れた。
「あら、酷いのはどちら。勝手に人のものを壊すなんて。信じられなかったら、自分の目で確かめたらいいじゃないの。昔、暗殺された大統領が運ばれた有名な病院に居るって誰かが言ってたわ」
「ジェニファー、君はどうかしてるよ。いつもの君はこんな酷いことをしない」
捨て台詞のように吐いて、ヴィンセントは教室を飛び出した。
残されたジェニファーは目に一杯涙を溜めていた。
「誰のせいでこんな風になったと思ってるのよ」
ジェニファーはまた胸を押さえ込んだ。影はジェニファーの中でせせら笑っていた。
「やっぱり朝になってもまだ意識が戻らない」
アメリアは、病室でベッドに横たわるベアトリスを見つめながら呟いた。
側でパトリックが魂をどこかに置き忘れたように憔悴していた。
「申し訳ありません。僕が側にいながらこんなことになってしまって」
「パトリック、それは何度も言ったはずよ。これはあなたのせいではないの。昨日知らされたときは心臓が止まるかと思ったけど、でもただの事故だったの。それに命の別状はないと医者も言ってたでしょ。幸いにも軽傷だった」
「でも、意識が戻らないのはなぜですか」
「何かがベアトリスの意識を妨げてるのかもしれない。彼女は無理やり塗りつぶされた過去の記憶がある。頭を打った拍子にリチャードが閉じ込めた記憶の闇が飛び出したかもしれない」
「記憶の闇?」
「リチャードは闇を操って記憶をコントロールできるダークライト。思い出させたくない記憶は闇で塗りつぶすの。ベアトリスは過去にリチャードとヴィンセントに関わった記憶を全部黒く塗りつぶされた。ほんの少しの闇なら体に悪影響は与えない。でもベアトリスの場合は通常の闇では塗りつぶせなかったらしく、リ チャードは力の強い闇を使った。何も刺激を与えなければ、それはそこに留まったままになる。しかし強い刺激が加わって一部の記憶が戻るとバランスを崩し闇は広がり意識を支配する」
「リチャードにまた元の状態に戻して貰えば元に戻るってことですか」
「それが、こうなってしまったらリチャードは記憶をもう一度塗りつぶすことができなくなるの。一度思い出した記憶は、何度塗りつぶしても時間が経てば独りでに蘇っては同じことの繰り返しになってしまうから」
「それじゃ、ベアトリスはどうなるんですか」
「この闇を取り除けば彼女は意識を取り戻す。だけど記憶も一緒に蘇る。過去にヴィンセントと接触していることを思い出せば、今の状況に益々疑問を抱く。もう嘘は突き通せない」
「でもそれしか方法はないじゃないですか。何もかも話して……」
「それができたら、とうにやってるわ」
アメリアはそれが一筋縄ではできないと言ってるようなものだった。
「とにかく意識を取り戻すことの方が先決です。リチャードを呼べばいいんですね」
「待って、危険だけどもう一つ方法があるわ。ヴィンセントならベアトリスの意識を引っ張って、記憶の闇を元の位置に戻せるかもしれない」
「どういうことですか。リチャードにはできなくてヴィンセントにはできる。それに危険って一体どんなことをするんですか」
「ヴィンセントならベアトリスの意識に入ることができる。ベアトリスはかつてヴィンセントと意識を共有している。ベアトリスの眠っていたホワイトライトの力を引き出したあの日の出来事。あなたもあのとき側に居たから見てたはずよ」
パトリックは声にならない驚き方をした。
「ヴィンセントがベアトリスともう一度意識を共有するの。そしてヴィンセントにベアトリスの意識を闇から引っ張り出してもらう。ベアトリスの意識が元に戻れば、記憶の闇は意識の力に制御されてまた元の場所に留まることしかできなくなる。だけど、失敗すればヴィンセントの意識は闇に飲まれて消滅してしまうかもしれない」
「そんなこと、ヴィンセントに頼むんですか」
「判ってるわ。ヴィンセントにこんな危険なこと頼めるわけがない。それに、シールドではじかれて近づけないわ。もう覚悟を決めるしかないわね。ベアトリスに全てを話すときが来たわ。諦めてリチャードを呼びましょう」
「待って下さい。その役目俺が引き受けます」
「ヴィンセント!」
アメリアとパトリックは同時に名前を呼んだ。
「すみません、ドアが開いていて、カーテンで仕切られていただけだったので、立ち聞きしてしまいました。事故のこと学校で聞いて、すぐにここに駆けつけた 次第です。まさか本当の話だったとは」
ヴィンセントはベアトリスの寝ているベッドまで近づく。
「お前、シールドにはじかれてないじゃないか。ベアトリスのシールドは切れてるのか」
堂々とベアトリスに近づいたヴィンセントにパトリックは目を見開いた。
「ヴィンセント、ライトソルーションを飲んだわね」
アメリアが指摘した。
「はい。今朝飲みました」
「どこで手に入れたんだ」
「そんなことはどうでもいいんだ、パトリック。とにかくこれで好都合だ。こんな形で役に立つとは思ってもみなかったけど」
喜んでいいのか、悲しんでいいのか、ふと微笑んだその顔は哀愁を帯びていた。これも運命。こうなることのためだったと思うと、ヴィンセントはきりっと眉を引き締めた。
「タイムリミットは日没。それまでに戻れなければ俺はベアトリスのシールドにはじかれ、意識がない体は焼かれてしまう。意識を共有してるときに体だけ離されても、俺の意識はベアトリスの中で消滅する。どっち道同じこと。だが時間はたっぷりある。その間に必ずベアトリ スの意識を戻して見せます」
「もしも、万が一の時は……」
パトリックは不安が拭えない。
「そんな心配、俺がする訳ないだろう。必ずベアトリスの意識を引っ張って戻ってくるさ。俺だってベアトリスを守らないといけないんだ。これぐらいで俺がへたばるはずがない。パトリックばかりに美味しいところもっていかれちゃ困るのさ。お前には負けたくない」
「わかった。癪だけど、お前を信じるよ。必ず成功させろよ」
「ヴィンセント、無理はしないで。ダメだと判ったら、すぐに切り離して戻ってきて」
パトリックとアメリアは祈る思いでヴィンセントを見つめた。
ヴィンセントはベアトリスを愛しげに眺める。
ベッドの側にあった椅子に腰掛け、ベアトリスの手を両手で握った。
──やっとまた触れられたよ、ベアトリス。さあ、目覚めるんだ。早く目を覚まして、日没のタイムリミットまでに俺を抱きしめておくれ。
ヴィンセントとベアトリスの体に異変が起きた。二人の体から柔らかい煙のような光が放たれると、それが絡み合って調和し二人は膜に覆われるように包まれた。
ヴィンセントはそのとき、ばさっと前かがみに倒れこんだ。
パトリックとアメリアは息を飲み、二人を見守るしか術がなかった。
宇宙に放りだされたようなどこまでも続く暗闇の中で、ヴィンセントはうつ伏せになって倒れていた。
徐々に集まるノイズのざわめきと、キーンと耳を貫く音で気がついた。
闇の不穏な音が耳元で不快にまとわりついている。振り払うように立ち上がり、辺りを見回した。
四方八方に広がる闇はヴィンセントを飲み込もうとしていた。
「ベアトリス、君は一体この闇のどこにいるんだ」
まずは闇雲に動き回る。だが、走り回っても何にもぶつからず、方向さえもわからない。
「ベアトリス、ベアトリス」
呼んでも返事がない。
ヴィンセントは何の手がかりも得られないまま、ただ辺りを無闇に走り回ることしかできなかった。
「くそっ、何も見えない、何も触れられない。これがベアトリスの意識の中なのか」
まだたっぷり時間はあるとはいえ、時間の感覚もわからず、タイムリミットのことを考えると、簡単にパニックに陥りそうだった。
意識の中に入れば、容易くベアトリスを見つけて引き出せると思っていただけに、自分の甘さにヴィンセントは腹を立てた。
「どうすればいいんだ」
何かを見つけなければと、勘を頼りに走った。闇の中では景色の変化もなく、まるでフィットネスでマシーンにのってランニングしている気分だった。
「これじゃ拉致があかない」
それでもヴィンセントは何かにぶち当たるまで走り続けるしかなかった。
「ベアトリス! どこにいるんだ」
病室では、アメリアは部屋に設置されていたソファーに腰掛け、不安の表情を露骨に表して腕を組んでいた。
パトリックは落ち着かない様子で、狭い病室を何度も歩き回っていた。
「パトリック少しは落ち着きなさい。あなたがここで歩き回っても何も解決しないのよ」
「すみません。でもこの状況で落ち着く方が難しい。何かヴィンセントの手助けはできないのですか」
「あったら私も手伝ってるわよ」
パトリックは黙り込んでしまった。そして腕時計を見る。
「今の時期の日没は7時50分ごろ。10時間切ったってところか」
「まだたっぷり時間はあるわ。私達ができることは、この二人を信じて見守ることだけ」
アメリアとパトリックには二人がどのような状況にあるのか全く想像もつかない。ヴィンセントはベアトリスのベッドに頭をもたげながら側でただ寝ているように見えるだけだった。
パトリックは唇をかみ締めながら、二人の安否を祈っていた。
ヴィンセントはまだ走り続けていた。必死にベアトリスの名前を呼びながら、闇の中、目を見開き何か手がかりはないか、手を伸ばし触れるものはないか、手当たり次第に探していた。
どれほどの時間が経ったのか、全く見当がつかない。
「ダメだ、何も得られない。くそ!」
無駄に動いても無理だと諦め、ヴィンセントは落ち着こうとその場に留まり、目を閉じた。
「目で見て感じられぬのなら、耳だ」
集中させて、耳を研ぎ澄ます。
するとそこは無音ではなかった。
ざわざわと不安に落としいれる闇の音がした。耳鳴りのように不快にまとわりついた音にも聞こえ、ヴィンセントはさらにその音を分析する。
ラジオの周波数がずれてるだけの音に聞こえ、ところどころ、言葉として単語が聞こえてきた。
聞いた音を拾い、そして繋げて口にする。
「い、かな、いで…… おれ、なん、でもす、るから、やみ、に、のまれ、ちゃだめだ」
どこかで聞いたことのある台詞だった。
「これは俺があの時ベアトリスに言った言葉。ベアトリスが俺を救おうと俺の心に入り込んで、そして俺が放した闇にベアトリスが飲み込まれそうになったときの必死に叫んだ言葉だ…… わかった! ベアトリスはあの時の記憶を思い出したんだ。そして記憶の闇のバランスが崩れてしまった。その記憶をまず探せば、 ベアトリスは見つかるかもしれない」
ヴィンセントは集中する。ラジオのつまみを回し周波数を探し出すように声のする方向を見極める。
ピタッと合った瞬間目を見開いた。一直線にぶれることなくそこを歩む。
何度も繰り返される自分自身が発した言葉。歩けば歩くほど雑音が減少し、言葉がクリアーになっていく。確実に目的の場所へと近づいている手ごたえを感じた。
そしてヴィンセントもあの時の記憶が蘇り、自分の記憶も一緒に辿る。二人が同時に思い出す記憶は徐々に一つになり、暗闇だった空間が懐かしい景色へと突然変貌した。
「ここは、あの夏俺が過ごした場所。そしてベアトリスが住んでいた町。これが、ベアトリスの記憶の中なのか」
山間に囲まれた静かな町。
広がる草原に点々と散らばる牛や羊たち。充分な距離を取って家が建っている。緩やかな坂を上れば森に入り込み、下りれば小さな下町へと続く。
ちょうど中間地点のところ、まだ塗装されていない砂利道を少年が一人、両手で紙袋を抱き、元気ない足取りで重く歩いていた。
ヴィンセントが立ってる前をその少年が素通りしていくと、ヴィンセントは息を飲んだ。
「これは、俺じゃないか」
ヴィンセントは少年時代の自分を唖然として見ていた。小さなヴィンセントは黙々とただ歩いていた。
小屋の側を通りがかったとき、二人の少年が待ち伏せしてたかのように現れた。
にやりと意地悪な笑みを浮かべ、片手には小石を宙に投げてはまた掴んでいる。
「よぉ、ダークライト。なんでお前みたいな奴がこの町にいるんだよ。とっとと出て行きやがれ!」
その少年は持っていた小石を小さいヴィンセントに投げつけた。それは命中して頬に当たった。
小さいヴィンセントの怒りの感情は高まり、目が徐々に赤褐色に染まり出した。
「ちょっと、あんた達、何してるの!」
誰かの声が聞こえる。叫び声がする方向を振り返ると、透き通るような長い金髪をなびかせた女の子が、ピンクの自転車を必死にこいで走ってきた。
「この子はベアトリスじゃないか」
ヴィンセントは久しぶりに見る子供の姿のベアトリスに目をぱちくりした。
「やべぇ、ベアトリスだ。あいつノンライトの癖に変な力もってて、ややこしいんだよな。あいつに関わると、ディムライトの俺たちですら叶わないんだよな。 あのパトリックですら、ベアトリスの子分になっちまったし。ここは逃げるが勝ち」
少年二人はひたすら草原を走って逃げていった。
ヴィンセントは一部始終を見ながら、唖然とでくの坊のように突っ立って我を忘れていた。
自転車のブレーキがキーっとなると、ザザーっとタイヤがいくつかの小石を蹴飛ばし自転車は止まった。それを無造作に放りだしてベアトリスは小さいヴィンセントに近づいた。
「大丈夫だった? あっ、ほっぺたから血が出てる」
ベアトリスは背中にしょっていた小さなバックパックを持ち出して、中から絆創膏を取り出した。そして小さいヴィンセントの頬に貼ってやった。それと同時に赤褐色を帯びた彼の目の色は元に戻っていった。
小さいヴィンセントも大きいヴィンセントも口をぽかんと開け、同じ表情でベアトリスを見ていた。
「これでよし。私、この町の救急隊よ。困った人や怪我した人が居たらいけないから、いつも持ち歩いてるの。あっ、そうだこれ食べる?」
飴を一つさし出した。両手を荷物でふさがれてる小さいヴィンセントはどうすることもできなかった。
ベアトリスははっと気づいて、飴の包み紙を外し無理やり小さいヴィンセントの口の中につっこんだ。
小さいヴィンセントは片方の頬を膨らませ面食らっていた。
「あなたの心、色がついてるというより、とても真っ暗。何か心配事でもあるの? この町に来たのはその心配事があるからじゃないの? 私、あなたを助けたい。だってあなたの心が助けてって叫んでるよ」
「うるさい、ほっといてくれ」
小さいヴィンセントはベアトリスを無視して歩き出した。だがしっかりと口の中で飴を転がし味わっていた。
──おいっ、もっと素直になれよ。
大きいヴィンセントは突っ込まずにはいられない。そして目的を忘れ、この状況に魅了され、まるでドラマを観るように簡単にのめりこんでいた。
ベアトリスは、倒れていた自転車を拾い、小さいヴィンセントの後を追えば、大きいヴィンセントも同じようについていった。
「なんでついてくるんだよ」
「だってまだ名前知らないし、自己紹介もしてないから。私はベアトリスよ」
「……俺はヴィンセント」
「あっ、ちゃんと教えてくれた。ありがとう」
ベアトリスの素直な言葉に心を動かされ、小さいヴィンセントは振り返った。ベアトリスは屈託のない笑顔で眩しく笑っている。その笑顔に釣られてヴィンセントも口元を上げていた。
──そう、この時、俺、ベアトリスがかわいいなって思ったんだ。そしたら急に離れたくなくなったんだ。
「飴をありがとうな。甘くて美味しいよ」
「どういたしまして。名前教えて貰ったし、それじゃ私帰るね」
「えっ、待って」
小さいヴィンセントは咄嗟に呼び止めていた。
「ん?」
「俺んち、来ないか。あの森を入ったらすぐなんだ。俺、この夏だけここに来てるんだけど、友達居ないし暇なんだ」
「いいの? 誘ってくれて嬉しいな」
ベアトリスは自転車を押しながら小走りになり、小さいヴィンセントの横に並んだ。ベアトリスは小鳥が囀るように、自分のことやこの町について色々話し出し た。
二人のヴィンセントの口元が同時にほころんだ。
──ベアトリスのおしゃべりが、テンポのいい音楽を聴いてるみたいで心地よかったんだ。
「俺、ここに滞在してるんだ」
木々の間から光が差し込み、スポットライトを浴びたように建物が浮かんで目に飛び込んだ。
「うわぁ、なんて素敵なコテージ」
ログハウスにテラスがついていて、傘のついたテーブルが設置され、夏の暑さを逃れるように涼しげにたたずんでいた。
「父さんの友達の別荘なんだ。母さんが体の具合が悪いから、環境のいいこの場所に、この夏、招待してくれたんだ」
「そうだったの。お母さん、具合悪いんだ。それがヴィンセントの心配ごとだったんだ」
小さいヴィンセントはベアトリスを別荘の中に招いた。
ベアトリスは遠慮がちに入り口のドアから顔だけ覗かせた。その後ろで大きいヴィンセントも恐る恐る中を覗いていた。
「ヴィンセント、帰ってきたの。あら、ほっぺたに絆創膏」
──母さん!
大きいヴィンセントもベアトリスに続いて家の中に入っていく。ベアトリスの意識の中の記憶だと言うことも忘れ、目の前の優しく微笑む母親に、甘えて抱きつきたい気持ちで目を潤ませていた。
母親は長いライトブラウンの髪を束ね、髪留めでアップに留めていた。白い肌は病気の青白さのせいで透き通って見えるようだった。
「これはなんでもないんだ。それより母さん、起きてても大丈夫なの?」
「うん、今日は気分がいいの。あら、そちらのお嬢さんは?」
「初めまして。ベアトリスです。さっきそこでヴィンセントと友達になりました」
「あら、ハキハキとしたかわいらしいお嬢さんだこと。ヴィンセントもこんなかわいい子を誘ってくるなんて、よほど気に入ったのね」
「ち、違うよ。暇だったから」
母親はクスクスと笑っていた。
──母さんはなんでもすぐに見通せたっけ。
ベアトリスは気がかりな顔をして、ヴィンセントの母親の前に近づくと、突然抱きついた。
「あら、どうしたの?」
「おばさんの心の色、とても優しい色。でも、一箇所だけ渦があるの。それを取り除かなくっちゃ」
「面白いこというのね、ベアトリス。あなたとても温かいわ。おばさん、元気がでてくるようよ。ありがとうね」
微笑むヴィンセントの母親とは対照的に、ベアトリスの目は悲しげだった。
──このとき、ベアトリスはすでに気づいてたんだ。俺の母親の命が短いことを。
そして車のエンジン音が突然聞こえピタッと止むと、車のドアが閉まる音を立てた。
──あっ、親父が帰ってきたんだ。
リチャードが家に入って来る。
「シンシア、起きてちゃだめじゃないか。ちゃんと寝てないと。あれ、その子は?」
「この子はベアトリス。ヴィンセントのお友達」
シンシアは意味深に笑顔を浮かべて伝えていた。リチャードも、隅に置けない息子だと、ヴィンセントを茶化すように目を細めて一瞥を投げかけた。
──この時の親父の目は今と違って優しかったんだ。
「おじさん、水を探してる人だよね」
ベアトリスが聞いた。
リチャードは驚きの表情を隠せないでいた。
「お嬢ちゃん、どうしてそんなことを?」
「パトリックの家で、あっ、パトリックは私の友達なんだけど、おじさんが水を分けてくれって言ってたの、偶然通りかかって聞いたの。どんなお水が欲しいの? 私も探すの手伝ってあげる」
──ライトソルーションのことだ。俺たちがここへ来たのも、ディムライトたちが多く集まる町にはホワイトライトが必ず光臨すると聞いてたからだ。母親の病気を治すために、藁をも掴む思いで、親父はなりふり構わずディムライトに頭を下げに行ってたんだ。ライトソルーションを手に入れるために。そんなことをしても無駄だと判っていたのに。
「お譲ちゃん。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だからね」
「うん、だけどその水があれば、おばさんの病気よくなるんじゃないの? 私絶対見つけたい」
──親父も母さんも、ベアトリスの言葉に驚いたんだ。この時、ベアトリスは俺の母親をどうしても助けたかった。なぜこんなに人助けがしたいのかこの時はわからなかったけど、ホワイトライトの本能というべき力が無意識にでていたんだろう。引き金さえ引けば、ベアトリスもホワイトライトの力を爆発させるところ まで来てたのかもしれない。
ヴィンセントはひたすら観客になってこの状況を見ていた。
パトリックは腕時計を睨んでいた。いたずらに時間だけが進む。タイムリミットがある待ち時間は、時間の経つのが早く感じる。
一時間、また一時間と無常に経つ度、早送りになってるかさえ思えた。かなりの時間が経っているのに、あっという間の感覚でしかなかった。
残り時間が減るたび、絶望感が心一杯に広がっていく。信じなくてはいけないのに、時間は無駄だと語りかけられてる気分だった。
「日没まであと3時間あまり。一体、ヴィンセントは何をしてるんだ。遅すぎる。ピクリとも動かない」
息苦しくなり、何度も深く息を吸って吐いていた。
「まさか、記憶の闇に捕まってるんじゃ」
アメリアはその線が濃いとばかり、顔を歪めた。
「どういうことですか」
「二人は同じ記憶を持っている。意識を共有しているとき、それが重なり合うと、記憶の闇はその場面を映し出す。そしてその記憶がヴィンセントの心を捉えてしまうと、のめりこんで目的を忘れてしまうの。それが意識に飲み込まれるってことなの」
「そんな…… 」
「困ったことになったわ。ヴィンセントが気づかない限り、どうする術もない」
「ヴィンセント! しっかりしろ。お前の目的はベアトリスをつれてくることだろうが。過去の記憶なんかに囚われるな!」
「無駄よ、ヴィンセントには何一つこちらからの声は聞こえないわ」
「それじゃ、一体どうすれば」
「ヴィンセントを信じるしかないわ。彼ならきっと気づいてくれる」
二人の心配をよそに、ヴィンセントは目的を忘れ、ベアトリスの意識の中で様々な過去の記憶を没頭するように辿っていた。そして時間は刻々と進み、太陽は徐々に沈んで行こうとしていた──。
──これはパトリックと初めて会ったときのことか。
「ベアトリス、こいつ誰だよ」
パトリックが露骨にヴィンセントに嫌な顔を見せた。
「ヴィンセントよ。お友達になったの。パトリックも一緒に遊ぼう」
「こいつ、ダーク…… いや、こんな奴と付き合っちゃだめだ、ベアトリス」
「どうして? ヴィンセントはいい子だよ」
パトリックは不機嫌さを露にし、気に食わないと、憎しみがあからさまに目に表れ、噛み付くような敵意を向けていた。
──俺がダークライトだからとはいえ、この瞬間から俺たちは恋敵だったのか。
「パトリック、病気が治る水って、どこにあるか知ってる? どうしてもそれが欲しいの」
「病気が治る水?」
「うん、ヴィンセントのお母さんが病気なの。だから早くその水を見つけてあげたいの。とても手に入れるのが難しそうだけど、パトリックのお父さんお母さんは知ってるんじゃないの? 知ってたら教えて。お願い」
「あっ、水って、まさか……」
パトリックはヴィンセントをチラリと見た。ヴィンセントは思わず目をそらした。
──ディムライトにライトソルーションを手に入れたいなんて思われるのが嫌で、この時俺はプライドを傷つけられたようで悔しかったんだ。
「そんなの僕知らない。ベアトリス、そんな奴なんか放っておいて、あっちで遊ぼう」
パトリックはベアトリスの腕を引っ張った。
「離して、私水を探すの」
──ベアトリスがあまりにも一生懸命で、俺は却って申し訳なくなってしまった。でも彼女を好きになっていく気持ちが、この時もっと強まっていった。
「ベアトリス、もういいんだ。水なんて手に入らないの判ってるんだ。知ってる人がいても誰も教えてくれない。病気が治る水があったら、みんな自分のものに したいだろう」
「でも、困った人が居ればみんなで助け合えないの?」
「人によるのさ。俺みたいなものはどこへ行っても嫌われるんだ」
「そんなことない。私、ヴィンセントのこと大好きよ」
──今聞いてもドキッとするもんだ。しかしパトリックの奴、よほど悔しかったんだろうな、唇噛んで震えてやがる。そしてこの後自棄になって暴走したんだっけ。
「わかったよ、水を探せばいいんだろ! 待ってろよ。僕が持ってきてやる。そしたらベアトリスはそいつより僕のこと好きだって言ってくれるかい」
「落ち着いてパトリック。そんなに興奮しなくても」
──でも結局、もって来れなかった。ディムライトもライトソルーションを手にするのは必死。容易く人に分け与えることは絶対しない。それでもベアトリスに好かれようと、こいつもこの時から必死だったんだよな。
ヴィンセントは過去に夢中になっていた。
ベアトリスを巡って、パトリックといつの間にか張り合ってる自分が可笑しいと笑ってみているくらいだった。
ダークライトでありながら、ベアトリスを通してディムライトのパトリックと無邪気に遊んでいる姿はまだ子供だったと、すっかり過去の記憶にのめりこんでいた。
──パトリックも俺のこと嫌いながら、ベアトリスと一緒に俺んちに遊びに来ていた。この日は親父も楽しそうにハンバーガーなんかテラスのグリルで焼いてちょっとしたパーティ気取りだった。そうこの時まではそれなりに楽しいひと夏だったのかもしれない。
しかし、次の場面から微笑んでは見られなかった。ヴィンセントの母親が急に苦しみ出すシーンが始まる。
一度その場面を見ているヴィンセントも辛い苦しい思いが蘇っていた。
──そうか、とうとうあの場面になるのか。
ヴィンセントは一時目を逸らすが、体にぐっと力を込めて再び見ることを選択し、リチャードの隣に立った。
ベッドルームにリチャードがシンシアを運び、そっと寝かした。後ろから三人の子供達も心配して覗き込んでいた。
シンシアは痛さを我慢して、心配かけまいと気丈にふるまっていたが、顔は自然と険しくなっていく。痛さまでは誤魔化せなかった。
ベアトリスは夢中でベッドに駆け寄り、思いを込めて必死にシンシアの手を強く握った。
そこでシンシアの表情から苦しさが取り除かれていく。
──あっ、親父が驚いている。このときすでにベアトリスがホワイトライトだって気がついたんだ。そして母さんも。
「ベアトリス、ありがとう。痛みが和らいだわ。あなた本当に不思議な子ね。まるで…… ううん、なんでもない」
ベアトリスはベッドから離れ、今度はヴィンセントを気遣った。泣きそうな顔をして突っ立っていたヴィンセントを見ると、状況を察してパトリックの腕を 引っ張り部屋の外へ出ていった。
──ここは俺が鮮明に覚えている。また見るのは辛いが、今なら母さんが何を言いたかったかよく理解できる。
「ヴィンセント、そんな悲しい目をしないの」
「母さん、治るよね」
シンシアは消え行きそうな笑顔を浮かべた。
「リチャード、ヴィンセントをお願いね。私はもう限界だわ」
「何を言うんだ、シンシア。きっとよくなるさ」
リチャードの瞳は必死に涙をみせないように堪えていた。
「本当ならこんなにもたなかった。あの子がここへやってきてから寿命が少し延びた気がする。さっきも痛みをやわらげてくれて最後の最後まで穏やかな気分だわ。 あの子のお陰で笑ってお別れを言えそうよ。本当にここへ来てよかった」
「母さん」
──母さん
どちらのヴィンセントも呟く。
「ヴィンセント、よく聞いてお母さんは今から旅立つの。決して悲しんじゃだめ。最後の最後で気がかかりなことから解き放たれた。あなたはもう大丈夫。ダー クライトの力をいいことに使いなさい。ベアトリスを守ってあげなさい。その力はそのためにあるのよ。闇に決して負けちゃだめよ」
──母さんが気がかりだったこと、感情に左右されてすぐに爆発をする俺の底知れぬダークライトの力。母さんは自分が死んだ後、俺が闇に落ちることを心配し ていた。だけどベアトリスが現れて、彼女の正体を知り、俺の役割ができたことを喜んでいたのか。だが、そんなこと、この時俺がすぐにわかる訳がなかった。
この後、暫くしてシンシアは息を引き取った。それは安らかに眠るように笑顔を最後に残して──。
そしてヴィンセントの目が赤褐色を帯び出した。
「くそっ、段々外が暗くなってきた。日没まであと1時間切ってしまった」
パトリックは、我慢がならないと、片手で拳を作り、もう片方の手で自分のパンチを何度も受けていた。
「パトリック、まだ1時間もあるのよ。悲観するのは早いわ」
「よく落ち着いてられますね。もし、ヴィンセントが戻ってこなかったら、どうするおつもりですか。リチャードだって自分の息子を失えば怒りも収まらないで しょう。そしたらその腹いせにベアトリスのライフクリスタルを奪ってしまうかも」
「あなた、リチャードがそんな人だと思ってるの。それにヴィンセントは必ず戻ってくる。焦る気持ちはわかるわ。だけど信じましょう。必ずヴィンセントはやり遂げてくれるわ」
パトリックは安易に愚痴をこぼしてしまったことを恥じ、バツの悪そうな顔をしていた。祈るしか他ならないと、椅子に座りり、強く念じるようにびくとも動かなくなった。
残り1時間を切ってしまった。それでもヴィンセントはまだ過去の映像にこだわっていた。
──ここからだ、大変なことが起こるのは。俺は母さんの死に耐えられなくなって外へ飛び出し、ベアトリスとパトリックが心配して後を追いかけてきた。だが、もうその時点で辺りの木をいくつか感情任せで倒してしまった。
「ヴィンセント、落ち着いて」
ベアトリスがヴィンセントにタックルするように後ろから抱きついた。
「離せ、離さないと君も吹っ飛んでしまうぞ」
「嫌、絶対離さない」
「ベアトリス、危ない。そいつから離れるんだ。うわぁ」
パトリックの目の前に木が倒れこんできた。リチャードが間一髪のところ、パトリックを抱えて避けた。パトリックを安全なところに置き、リチャードもヴィンセントの後を追う。
「ヴィンセント、やめるんだ。母さんの言ったこと思い出すんだ」
「あー!」
ヴィンセントの悲痛な叫びが森に響き渡る。ベアトリスは渾身の力を込めて必死に食い止めていた。その時、ベアトリスの体から光が突然放たれた。リチャー ドもパトリックも目を見張った。
その光はヴィンセントを包み込んだ。
ヴィンセントは全く動けなくなり、電気ショックを与えられたように目を見開いて痺れていた。
二人は溶け合って一つの塊になるように光り輝く。
ヴィンセントの心にベアトリスが入り込み、この時意識が共有された。
「ヴィンセント、落ち着いて。大丈夫だから、私が側にいるから」
ベアトリスの言葉は直接ヴィンセントの心に届く。
ベアトリスの肌の温もりのような温かさを体全身で感じ、彼女に優しく撫ぜられている気分だった。心地よい安らぎがじわじわと黒く覆われていた闇の心をほぐしていく。
ベアトリスは無我夢中で自分の心のままにイメージしたことを実行する。ヴィンセントの悲しみと闇に支配された心を、本来持っていた自分の力をもって取り除く。全てを吸収して自分に取り入れていた。
その闇の力は幼いベアトリスには許容範囲を超えていたにも関わらず、ヴィンセントを救いたいがために、ありったけの力を出し切っていた。
ベアトリスが抱きついていた手が緩んだとき、光が消え、ヴィンセントの目の色も元に戻っていた。
「ベアトリス…… 」
ヴィンセントの心に不安がよぎると同時にベアトリスの手が離れ後ろへ倒れていった。
大きいヴィンセントですら、自分の体験を再び見ることで圧倒されていた。ベアトリスが必死で助けてくれたことを再確認すると、ベアトリスの存在の大きさが胸いっぱいに広がる。彼女を想う気持ちが一層心に刻まれた。
その時、記憶の闇が映し出していた映像がプッツリと消えてまた辺りは闇に包まれた。
「どういうことだ。真っ暗じゃないか。この後の続きが見られないのか。あっ、そっか。ベアトリスが意識を失ってこの後の記憶がないということか」
その時、暗闇からすすり泣く少女の声が聞こえた。
「誰かいるのか」
ぼやっとうっすら明かりを帯びて少女が座り込んで泣いているのが徐々に現れた。
「ベアトリス!」
ヴィンセントは走って近寄ると、ベアトリスは顔を上げた。不思議そうな顔をしてヴィンセントを見つめた。
「俺が見えるのか?」
ベアトリスは頷いた。
「お兄ちゃん誰?」
「俺は、ヴィンセントだ」
「ヴィンセント? ヴィンセントはもっと小さいよ」
「あっ、その、ここでは大きくみえるんだ。だけど、ベアトリス、なぜ泣いてるんだい」
「寒いの。凍えるくらい寒いの。それに暗くて、とても怖い。闇が体に入り込んじゃった」
──これはあの続きなのか。ベアトリスが意識を失ってからのベアトリスの心の中。
「ヴィンセントは大丈夫?」
「うん、俺は大丈夫」
「そう、それならよかった」
ベアトリスは安心して笑みを浮かべると、姿が消えかけていった。
「ベアトリス、消えちゃだめだ」
「どうして? 私疲れちゃった。ヴィンセントを救えたし、これでゆっくり眠れる」
ベアトリスが目を瞑ると、闇が煙のようにまとわり突き出した。彼女の姿がどんどん薄くなり、消滅しそうだった。
「だめだ、ベアトリス起きて!目を覚ますんだ!」
この時ヴィンセントは自分の言葉にはっとした。自分の目的を思い出した。
──俺、一体何してたんだ。今何時だ。
パトリックは腕時計を鬼の形相で睨み、窓の外の暗さを恨んでいた。
残り時間まであと10分あるかないかだった。
外は夕日が最後に放つセピア色の光を残し、夜がすぐそこまで迫っていた。
「カモン、カモン、カモン、ヴィンセント!」
アメリアも必死に落ち着こうと、目をぎゅっと閉じていた。信じることで精神が磨り減っている状態だった。それでも信じることをやめない。
「ヴィンセントは必ず戻ってくる」
──俺はベアトリスを連れ戻す!
目の前の小さなベアトリスは闇の中に埋もれていく。
ヴィンセントは手を差し伸べるが、煙を触れるごとく、手応えが全くない。
──落ち着け、落ち着くんだ。あの時もこんな風だった。ベアトリスが意識を失い、息をしていなかった。俺はあの時どうしたんだ。どうやってベアトリスを引き戻したんだ。
ヴィンセントはあの時の記憶を辿った。
すると、また辺りは森の中の景色を映し出した。だがさっきと違っていたのはヴィンセント自体が子供の姿になり、ベアトリスを抱えていた。
ベアトリスの顔は青白く、闇が体を蝕むように入り込んでいた。
目に涙を溜めて、ヴィンセントはありったけの想いを込めて声にした。
「ベアトリス!行かないで!俺、何でもするから、闇に飲まれちゃだめだ」
その想いをこめた声は風のようにベアトリスに付きまとった闇を蹴散らした。
ベアトリスは、こほっと小さく息を吹き返し目を覚ました。
「ヴィンセント? ヴィンセントなの?」
ベアトリスが言葉を発したとき、その姿は少女ではなかった。高校生のベアトリスだった。そしてヴィンセントも元の姿に戻っていた。
ヴィンセントはベアトリスを力いっぱい抱きしめた。
ベアトリスはそれが嬉しいとばかり、自らもヴィンセントの体に手を回した。
眩しいばかりの光が二人の体から溢れ出てきた。
辺りは真っ白く強く光り輝き、二人は溶け合い、辺りを明るくして消えていった。
その頃病室では、完全な日没まであと数秒しか残ってなかった。
「ダメだ! 時間切れだ」
パトリックが絶望した声を上げたときだった、ヴィンセントの体がぴくっと動いた。
「ヴィンセント!」
パトリックは慌てて、ヴィンセントの体を持ち上げ、ベッドから急いで離し、病室の外へ出た。
そこで完全な夜を迎えた。
パトリックはヴィンセントを抱えたまま、へなへなと壁伝いに、しゃがみこんでしまった。ヴィンセントがパトリックに覆いかぶさるように、二人は病院の廊下で抱き合って座っていた。
行きかう人がジロジロと見ていく。
パトリックはそれでもお構いなしに、ふーっと息を吐いた。
ヴィンセントはようやく意識を完全に取り戻し、ゴツゴツした硬いものに抱きついてるのを不思議に思い、顔をあげた。
あまりにも近くにパトリックの顔があり、「うわぁ」と悲鳴をあげてのけぞっていた。
ヴィンセントがパトリックから離れようとするが、体が痺れ思うように動けない。
それを察したパトリックは壁を背もたれにしてヴィンセントを座らせてやっ た。
廊下で二人、床に並んで座る。
「目覚めたら、野郎の顔だもんな、そりゃ驚くって。しかし10時間以上も、意識を体から離してたんだ、まだ体の自由が利かないんだろう」
パトリックが静かに語りかけた。
「ああ、少し痺れてるよ。すぐに元に戻るさ。だけど、ベアトリスはどうなったんだ」
「お前を安全な場所に移すことで頭が一杯になってまだ確認してない。危機一髪だったんだぜ。だけどきっと意識を戻してるはずさ。お前が連れ戻したんだろう?」
「ああ、そうだな」
「いい演出してくれるぜ。どれだけハラハラさせられたか。一体何をやってたんだ」
「色々さ」
「まあ、詳しいことは知らない方がいいや。でもありがとうよ」
「お前に礼を言われる筋合いはないさ」
「相変わらずかわいくねぇ奴」
「お前もな」
二人は暫しお互いの立場も忘れて話していた。
「僕、ちょっと様子見てくるよ。お前は暫くここで休んでな。後で家まで送ってやるよ」
パトリックは病室に戻っていった。
ヴィンセントは大きく息を吐き出し、燃え尽きたと脱力して座っていた。
しかし、表情は薄っすらと笑みを浮かべていた。
ベアトリスはゆっくりと目を見開く。
アメリアはベッドの側に立ち、安堵の表情でベアトリスの頬を撫ぜていた。
「ベアトリス、気がついてよかったわ。痛いところない?」
頭がぼーっとするのかベアトリスの目の焦点が合っていない。しかし突然思い出したように大きな声で叫んだ。
「ヴィンセント! ヴィンセントはどこ?」
ベアトリスのヴィンセントを求める声にアメリアは何も答えてやれなかった。
パトリックも一瞬強張り、ベアトリスに近づくのを躊躇ってしまう。それでも、向かい風を受けるように無理に足を前に進ませた。
「ベアトリス。やっとお目覚めかい。本当に心配したよ。僕がついていながら事故に巻き込まれてしまって、守ってやれなくて本当にごめん」
「パトリック……」
「気分はどうなんだ」
「私、何が起こったかわからないの。でも、でも、今どうしても会いたい人が…… その人がここに居るような気がして」
ベアトリスは立ち上がろうと体を起こした。
「ダメだよ、まだ寝てなくちゃ」
パトリックは起きられたら困るとでも言うように、辛そうな顔をしてベアトリスの体を軽く押さえた。
「何か夢でも見てたのかい?」
「夢? また夢…… でもとてもリアルだった。その人がずっと側に居たような気がする」
「とにかく、まだ事故に遭って体の調子が戻ってないんだ。ゆっくり休んだ方がいい。何か欲しいものはないかい?」
「ありがとう、パトリック。それから、アメリアも心配かけてごめんね」
ベアトリスは少し落ち着きをみせて、窓の外を見た。暗い夜がそこにあるだけだった。
パトリックは、そっと病室を抜け出した。
ベアトリスが気がついて最初に口にした言葉が、耳から離れない。しかしヴィンセントに報告をしなければと、責任感と心の葛藤を両天秤に乗せ常識を重んじた。
だが、そこにはヴィンセントの姿はなかった。パトリックは思わず舌打ちをしてしまった。
──あいつ、ベアトリスの声を聞いたんだな。それで安心して帰っちまいやがった。悔しいけど、それだけのことをやってのけたんだから、今日のところは仕方ないとでも言っておこう。しかしこれ からは容赦なくお前と勝負だ。僕は絶対に負けない。どんな手を使っても。
パトリックの心に強い嫉妬が芽生える。ヴィンセントがダークライトということで、身分の違いで自分に勝ち目があると信じていたつもりだったが、ベアトリスの心は常にヴィンセントを求めてることを思い知らされた。
ヴィンセントがあの夏、自分の町に現れなければ、こんなことにならなかったと再び思うと、自棄になったパトリックの瞳は炎で燃え滾るようにギラギラしていた。
ヴィンセントはそれとは対照的に、穏やかな表情で、病院の建物を背にして、夜の星空を見上げていた。
ライトソルーションは思った通りに使えなかったが、そんなに悪い結果でもなかったと、炭酸の泡が体からシュワーッと抜け出すような爽やかさを感じ、少し口元が微笑んでいた。
ベアトリスが目覚めて、最初に発した彼女の言葉が自分の名前だったことに心がなみなみと潤う。
「ベアトリス、意識をまた共有して、君への想いはもう抑えられなくなったよ。諦めるなんて俺はしない。また親父に逆らうことになるけ ど、俺も覚悟を決めた。このダークライトの力は君を守るためにあるんだって気がついたよ」
ヴィンセントは一度病院を振り返り、ベアトリスを想い描いた。
意識の中で抱き合えたことを思い出し、余韻に浸る。
そしてその思いを胸に抱え、疲れていたにも関わらずその足取りは方向を定めしっかりと大地を蹴ってリズム感を帯びていた。背筋を伸ばし歩くその姿は、抱いていたネガティブな気持ちが払拭され、星影に輝いていた。
しかしこの日の騒動はこれで終わりではなかった。
ヴィンセントが家に戻ったとき、夜の十時になろうとしていた頃だった。空腹と疲れが日付が変わる前に忘れるなと襲い掛かるように噴出する。
そこに父親の注意する小言が入ると思うと、想像するだけで憔悴していく気分だった。だが車はドライブウェイに停まっているのに家の中は真っ暗闇のままに違和感を覚えた。
「あれ、電気がついてない。親父、車置いてどこかへ出掛けたのか」
不思議に思いながらカギを差し込むが、手ごたえが違う。ドアはすでに開いていた。嫌な予感を抱き緊張した手でドアノブを回した。
恐る恐るドアを開くと ヴィンセントは目を見張った。
「なんだこれは」
電気をつけてさらに驚きは増した。家の中が無茶苦茶に荒らされていた。荒らされていたというより、爆弾が落とされたほど破壊されていた。
ソファーはナイフで切り裂かれたように傷がつき原型を留めていない。
コーヒーテーブルは踏み潰されたように真っ二つに割られ、テレビは一撃を喰らったような穴が開いて、床に無残に転がっていた。壁は猛獣が爪で引っ掻いたような跡がいくつもあり、一部はえぐられ、そして焦げ付いている。部屋の中にあったものはすべて瓦礫の山 のようにその辺に無残な姿で溢れていた。
足の踏み場に困りながら、飛び跳ねるように台所に入り電気をつけた。そこでも皿やグラスが飛び散り、粉々に割れている。ナベやフライパンはそこら辺にちらばり、冷蔵庫は中身がこぼれて倒れていた。
「嘘だろ、一体何が起こったんだ」
台所の真ん中に置かれた調理台の影でうめき声が聞こえた。ヴィンセントは、まさかと顔を青ざめながら回り込んだ。
「親父!」
悲鳴に似た声をあげていた。
リチャードが傷だらけになってそこに倒れている。
「大丈夫か。一体何があったんだ。どういうことなんだ。親父がこんなにやられるなんて」
ヴィンセントはリチャードを肩で担ぎ、部屋に運んだ。幸い、ベッドルームは荒らされてなく、リチャードをゆっくりベッドに寝かしてやった。リチャードは 痛みで体がぴ くっと動き、顔が引き攣る。それでも声を絞って話しかけた。
「ヴィンセントか、こんなに遅くまでどこにいってたんだ」
「説教してる場合かよ。一体どういうことなのかこっちを先に説明してくれ」
「コールだ。コールが潜んで待ち伏せしていた。私もすっかり油断していた。まさか、自ら敵陣に攻めて来るとは考えもしなかった。奴は自ら動き出した。今までの奴の動きからして初めてのことだ。だけどお前がここに居なくてよかったよ」
「どうしてコールが親父を狙うんだ」
「先週の金曜日の夜、ベアトリスのいる地域附近に奴が現れた。私のテリトリーだと知って、これ以上隠れて行動するには限界があると気がついたのだろう。目的を確実に達するためには私が邪魔だ。奴は私を先に消すつもりで先制攻撃を仕掛けてきた」
「ベアトリスの居る場所がばれたのか?」
「いや、それがばれてはいないようなんだ。場所がわかれば、テリトリーの中だといえ、コールは真っ先にそこに行く。しかしそれをしなかった。ただ私の存在を疎んじただけなのか、他に何か理由があったとしか思えない。コールの行動パターンを変えるほどの何かがあったはずだ」
「行動パターンを変えるほどの何か…… あっ、その日、親父の留守中にブラムがやってきた」
「何っ! どうしてもっと早く言わない。奴は何をしに来たんだ」
ヴィンセントはポーションを貰ったとは言えず、そのことについてはできるだけしらばっくれた。
「親父に挨拶しに来たって言ってた。それと今後の対策についても話があったようだったが」
「まさかブラムの奴、面白半分でコールを引っ掻き回してるのか。あいつならやりかねん。アメリアが手助けを頼んだのだろう。しかし、なぜコールをあのテリトリーに近づけさせたんだ」
「ブラムの対策として、親父の存在を知らしめたかったんじゃないのか。コールが好き勝手に動けないように、先手を打ったって感じかな」
「そうだとしても、それは裏目に出てしまった。却って挑発されたとコールは受け取ったんだ。やっかいなことになってしまった。しかし奴も今夜のことでかな りのダメージを受けているはずだ。ちょっとやそっとでは私を倒せんと思ってることだろう。しかし次はどんな手を使ってくるかだ。今日は油断してたからこの 有様だが、次回は必ず始末してやる」
「親父、俺も手伝うよ。それに俺、言わなくっちゃならないことがある」
「なんだ、急にかしこまって」
「俺、ベアトリスを諦めない。俺なりにベアトリスを守りたいんだ。だから、親父との約束破らせて貰う。追い出される覚悟もできてる」
「本来なら雷を落とすところだが、私もコールのことが気がかりになってきた。お前の手助けが必要になるかもしれない。私からアメリアに事情を話す。ベアトリスを守るにはヴィンセントも不可欠だと」
「親父! それじゃ」
「勘違いするな。あくまでもベアトリスを守るための騎士としてお前を配置するだけだ。それにお前はベアトリスには簡単には近づけない。それ以上のことはできないはずだ。判ってるな」
「ああ、それでもいいさ。親父の許可が出ただけでも儲けもんだ」
「今朝からどこかおかしいところがあったが、今も、いつもと違ってお前の気がとても落ち着いて気品溢れているようにみえるんだが、何かあったのか」
「いや、何もない。ただ、今までとは違う俺になれたような気がする。もう感情任せに暴走はしない。コントロールできそうな気がするんだ。母さんも言ってただろう。このダークライトの力はいいことに使えって。そしてベアトリスを守ってやれって」
「ああ、そうだったな。シンシアはそんなこと言ってたな。お前はベアトリスを守るためにその力を授けられたのかもしれないな。それなら赴くままにやってみろ」
「もちろんさ」
ヴィンセントはリチャードと分かり合えたことに心からの笑みを浮かべていた。傷だらけのリチャードが少し小さく見える。
その時同じように、リチャードは一回り大きく成長したヴィンセントに頼もしさを感じていた。
リチャードは手を差し伸べるとヴィンセントは食いつくように強く握り返した。言葉で伝えなくとも、そこには親子の信頼と絆が心に直接届いていた。
「しかし、かなり家が荒らされてしまった。ヴィンセント後は頼んだぞ。私は傷のために動けない」
「えっ、俺一人で片付けるのか?」
「他に誰がいるんだ?」
まじめに聞き返すリチャードに呆れながらもヴィンセントは急に可笑しさがこみ上げる。荒らされた部屋と壊された家具の中、二人の笑い声が家の中で光明を見出していた。
コールはふらふらと倒れるのを必死に堪え、暗闇の中歩いていた。服はところどころ赤く点々としたシミがつき、ズタズタに破れ、ボロ布が体にくっ付いてるだけだった。よろよろ歩く姿は墓から出たばかりのゾンビに見える。
怒りと屈辱が入り乱れる中、すがりつくように帰るべき所に向かう。だが体は途中で力尽きどさっと倒れこんだ。そして再び目を開けたとき、ベッドの中に居る自分を不思議がった。
「コール、大丈夫?」
蝋燭の揺れる炎の光の中、捨てられた子犬のような、途方に暮れた目をしてゴードンは覗き込んでいた。
コールの体はところどころ傷の手当てがしてあり、手に巻かれた包帯を目の前に掲げてからコールはゴードンに視線を向けた。
「お前がここまで運んで手当てしてくれたのか」
「うん。色々探したんだよ。きっとここへ戻ってくると思ってたから、この周辺あちこち瞬間移動したよ。それからドラッグストアで色々役に立ちそうなもの取ってきて、適当に薬塗っておいた。これも後で飲むといい」
ベッドの側のサイドテーブルに山積みされた薬をゴードンは指さし、無邪気に笑っていた。
「そっか、すまなかった」
コールは一応礼は言ったが、ゴードンに助けられたことに後ろめたさを感じ、目を逸らした。
ゴードンが親しみを込めた気遣いは胸に針をちくっと軽くつきつけられたような気がした。自分らしくもないと表情を強張らせ、毅然とした態度でそれ以上のことを考えないようにした。
「何言ってんだよ、おいら達パートナーだろ。だけど、リチャードに面と向かって攻撃するなんて無茶だよ。この程度で済んだからよかったけど、あの人は無の闇を操るんだよ。それに閉じ込められたら、コール抹消されちゃう」
「無の闇…… ダークライトの中でも最も恐れられる力。リチャードがダークライトの頂点にいるのもその力のお陰。あれを使われたら、全てのものが姿形を失 い無となってしまう。しかし、奴はそれを使う度、相当のエネルギーを使用するため寿命を削られるはず。滅多に使えないはずだ」
「それでも、いざというときに使われたら、水の泡だよ。今日のことできっと次はそれを使って勝負してくると思う。やっぱり危険だよ」
「まともに戦えば、勝ち目がない。だから待ち伏せして油断してるところを一気に始末してやろうと思ったのに、この有様だ。どうすれば奴を倒せる。このまま じゃホワイトライトの捕獲にあいつは必ず邪魔をする。それにあいつはホワイトライトとすでに接触している。あいつの家でホワイトライトの気配が少し残って いた」
「コール、リチャードにこだわりすぎる。それにその体じゃ暫く何もできない。ここはゆっくりした方がいい」
「くそっ!」
ゴードンは滅多に使わない頭で暫く考え事をしていた。そしてはじけるようにぱっと顔の皮膚を突っ張らせニコニコしだした。
いいことを閃いたと顔が物語っていた。
ゴードンは胸を張って得意げに笑みを浮かべながら、少しもったいぶったわざとらしい口調で話しかけた。
「ねぇ、ヴィンセントの存在忘れてない? あの子もきっとリチャードから何か情報を得ているはず。あの子から聞き出すんだ」
「ゴードン、そんなことができたらとっくにやっている。リチャードの息子だぜ、あいつがベラベラしゃべる訳がない。それに俺たちが近づいたら何か企んでるとすぐに警戒するさ」
「だ、か、ら、警戒させないように近づくんだ」
「どうやって」
コールは半ば呆れていた。ゴードンのアイデアなどはなっから大したことないものだと決めつけ、いつもなら気が立って怒鳴り散らすところだが、助けを受けた手前もあり大人しく聞いていた。
「おいらの知り合いのダークライトに面白いのがいるよ。ザックっていうんだ。そいつもおいらと同じで隠れて生活してるんだけど、そいつはノンライトの体を支配できるんだ」
「それならただの影と同じじゃないか」
「それが違うんだって。ザックは他人の意識をノンライトに植え付けられるんだ。コールがノンライトの中に入り込む手伝いをしてくれるってこと。だからダー クライトの気を一切気がつかれることなく、ノンライトとして普通に行動できる。その姿でヴィンセントに近づいてスパイするのさ。その間にコールの体は傷を ゆっくり治せる。おいらが面倒見ておく」
「なるほど、やってみる価値はありそうだな。まともにぶつかって勝てる相手じゃないのなら、まずは情報収集か。ヴィンセントのクラスメートになりすませるなら奴の行動を監視できる」
それと同時にコールは影を仕込んだジェニファーのことも思い出していた。
「それからコールが急に動かなくなったと怪しまれてもいけないので、 片っ端からノンライトに影を仕込むのはどう? 影を仕込むぐらいなら、オイラも少しはできるし、オイラの知り合いにも頼めるよ。リチャードは刑事だから事件になれば仕事が増えるし、しばしコールの真の行動から目が離れる」
「そうだな、いい作戦だ。ゴードン、見直したよ」
「えへ、褒められておいら嬉しい。それじゃ朝になったら話つけてくる。彼はノンライト相手にアンティークショップをやってたはず。あいつが好みそうなも の、もって行けば きっとやってくれる。そしてその後はコールが成りすます相手を見つけて連れてくるね」
ゴードンは自分のアイデアで事がこれから進むことにワクワクして、鞠のようにピョンピョン辺りを飛び跳ねた。やる気満々になっている。
コールはゴードンの浮かれる姿に知らずと和んでいた。自分に懐く犬を側に置いてる気分になっていた。
仲間を道具としか思わないコールには珍しい感情だった。
その時、ゴードンの背中から影が浮き上がり、コールからの指示はないか様子を探っていた。コールは首を横に振る。影はまたゴードンの体に引っ込んだ。
コールは一時の感情に左右されまいと、ゴードンに背を向け横向きになった。意思が揺らぐことなど一度もなかったが、ゴードンにはどこか振り回されるやりにくさを感じていた。腕にめちゃくちゃに巻かれた包帯を空虚な瞳で眺めていた。
病院の窓から朝日が差し込むのを、ベアトリスはベッドの中からぼんやりと見ていた。
腕に擦り傷と、足に打撲がみられるが、放っておけばすぐにでも治る程度で、体はどこも悪くなかった。
大事をとってまだ病院に入院しなければならなかったが、一人で起き上がって家に帰りたく、それよりも早く学校に行ってヴィンセントに会いたい気持ちが高まる。
つい起き上がるが、ソファーで毛布に包まり、仮眠を取っているアメリアに目が行ってしまった。心配してずっと付き添う姿を見る と、余計なことはできないとガス抜きをするようなため息が吐き出され、立ち上がりたい気持ちをぐっと堪え、上半身だけ起こしベッドの中に留まった。
アメリアも先日事件に巻き込まれて精神的ショックを受けているだけに、自分の事故で要らぬ気を遣わせてしまったことに申し訳なさを感じていた。
ベアトリスはぎゅっとブランケットを握り締めてしめてしまう。
なぜ事故に巻き込まれてしまったか、その原因は自分の優柔不断な心にあることは充分承知していた。
何かに影響されれば迷いはないと言い切ってもあっさりと心が揺れ、要らぬことを考えて注意散漫してしまった。
それが原因だとは分かっていても、この時、自分を棚に上げ、何かに責任を押し付けずにはいられなかった。
まるで何かが起こることで自分を押さえつけ、自由にさせないように阻まれているように思えたからだった。
そしてこの時、軽く頭痛がして、無意識にこめかみを押さえた。この痛みも陰謀のように何かの忠告に思えてならなかった。
──なぜこんなにも私の周りはいろんなことが起こるのだろう。私はただ、ただ……
ベアトリスは思うようにことが運ばないことで心に苛立ちを抱えてしまった。自分でもいつもと違う感情が芽生えていることに戸惑いを感じてしまう。体の中でそれは飛び出そうとぶつかっては何度も跳ねてるようだった。
自分は変われると思っても、意思を強くもっても、それを阻止しようと、硬い壁に覆われて外に出られない。その硬い壁自体が自分の体自身で、まるで完全に独立した外壁のように感じられた。
何かによって圧力をかけられて押さえ込まれている概念を強く抱いたとき、また先ほどよりもきつい頭痛に襲われた。
ベアトリスのうめき声が洩れるとアメリアがそれに反応して目を覚ました。
「ベアトリス、どうしたの?気分が悪いの」
急いで立ちあがり、ベアトリスの側までやってきた。
「私は大丈夫。それよりもアメリア、家に戻って。アメリアだっていろんなことがあって、疲れているはず。これ以上迷惑はかけられない」
「何を言ってるの、私は親代わりよ。あなたの面倒を見ることが私の責任」
「だから、それが私には辛いの。私はもう一人でなんでもしなくっちゃいけないはず。アメリアは私を守りすぎ。まるで私が一人で行動しちゃいけないみたい」
アメリアはいつもと違うベアトリスの神経の高ぶった言い方に動揺してしまった。ヴィンセントと意識を共有した何かしらの影響があったのではと疑わずにはいられなかった。
「ベアトリス、まだ事故のショックで精神が不安定みたいね。一時的なものよ。余計なこと考えなくていいのよ」
アメリアはベアトリスをベッドに横たわらせようとブランケットに手を伸ばした。反抗するようにベアトリスは手で撥ね退けてしまった。
「大丈夫一人でできるわ」
「ベアトリス」
アメリアの目は潤み、悲しく沈み込んだ。
「ごめんなさい。心配してくれてるのに、この態度はないよね。でも私、自分がわからなくなっちゃったの。事故に遭ったのも私の不注意とわかってるんだけど、でもいつも何かが私に起こって混乱させる。それに今とてもイライラしてるの」
ベアトリスはアメリアの顔を見ないようにと避けてふさぎ込んでしまった。
──いつものベアトリスじゃないわ。ヴィンセントがベアトリスの意識を引き出したとき、それと一緒に本来の眠った力も引き出されているかもしれない。それにライトソルーションの効き目が切れかけてるのも影響している。今はとても危険な状態だわ。
アメリアが困った顔をしてうろたえてるときだった。大きな茶色い紙袋を抱えてパトリックが病室に入ってきた。
「おはよー。あれ、どうしたの。二人とも暗いけど。なんかあったの? あっ、わかった。お腹空いてるんだろう。そうだと思って、僕、家でご飯作ってきたんだ。ベアトリスも点滴ばかりでロクなもの食べてないだろう。しっかり食べて早く元気になろう」
「お腹空いてない」
ベアトリスはブランケットを引き寄せ二人に背を向けるようにベッドの中に潜った。
「どうしたんだい、ベアトリスらしくないな。どこか痛いところでもあるのかい」
パトリックは不思議そうな顔をしてアメリアに視線を移し、答えを求めた。アメリアは首を横にふり、まずいことになったとばかりに顔を歪ませた。
パトリックはすぐに察しがつくとともに、紙袋から水筒を出した。蓋を開けると中からストローが飛び出し、それをベアトリスの目の前に差し出した。
「お腹が空いてないんだったら、水分補給だ。これだけでも飲んでくれないかい」
ベアトリスはパトリックにも反抗の態度をとってしまう。そんな態度が失礼で八つ当たってるだけだと分かっているのに、気持ちがどうしても治まらない。
「あー、ベアトリス。事故にあって体の具合がいつもと違うから苛立ってるんだろう。心にトゲを付けてたら誰も近づけないじゃないか。ほら、お手製のレモ ネードだけど、ちょっといつもより甘くしたんだ。これで心のトゲも取れるよ。あのとき僕が取ったような行動しないでくれよ」
ベアトリスはやられたと思った。
目をギュッと強く瞑り、苦い顔をしている。自分が子供のときにパトリックに言った言葉を使われると、意地もはれなくなって しまった。
またベッドから身を起こし、無表情で水筒を受け取った。
「これを飲んだら、二人とも病室から出て行ってくれる? 私一人になりたいの」
二人は、この場はベアトリスのいいなりになるしかなかった。レモネードを飲んでもらわないともっと都合が悪くなる。
「ああ、ついでにサンドイッチも置いておくね。お腹空いたら食べるんだぞ」
パトリックは紙袋をベッドの隣にあった台に置き、早速病室を出て行った。
ベアトリスは少し胸が痛くなり、その気持ちを誤魔化そうとストローに口をつけた。アメリアは充分な量を飲んで欲しいと祈るようにそれを見ていた。
一口飲んだとたん、ベアトリスは体の乾きに勝てないようにごくごくと飲みだしてしまった。アメリアはそれをみて安心すると、何も言わず出口に向かった。
「アメリア!」
ベアトリスは呼び止め、アメリアは振り返った。
「我がまま言ってごめんね。私が何もかも悪いの。本当にごめんなさい」
「いいのよ。事故にあって精神的ショックを受けてるんだもの。平常心でいられる訳がないわ。とにかくゆっくりと寝てなさいね」
笑顔を見せてアメリアも病室を去った。
廊下ではパトリックが突っ立って待っていた。
「パトリック、ライトソルーション持ってきてくれてありがとう」
「お安い御用です。そろそろやばかったですね。でもベアトリス、何かがおかしくなってるんじゃないですか? 意識を引き出したとき、副作用とか現れないんでしょうか」
「私もはっきりとは分からないんだけど、記憶の闇、ヴィンセントとの意識の共有、そして彼女の本来の力、どれも影響を与える充分な要素が含まれているだけに、 説明のつかない異変が起こっても不思議じゃないわ」
二人は暫し沈黙する。
そしてパトリックが腹をくくったように疑問を投げかけた。
「僕たちいつまでベアトリスから真実を遠ざけられるんでしょうか」
「それは絶対に守らなくてはいけないこと。彼女が真実を知ったらもっと混乱させて、そして取り返しのつかないことになってしまう」
「だったら、僕が一生ベアトリスの側に居て、その真実から守ります。アメリアもリチャードもそこまでできないんじゃないですか」
「何がいいたいの?」
「あなたはこの一件が収まれば、ベアトリスを連れてまたどこかへ姿を消すつもりでしょう」
パトリックの言葉でアメリアは胸の的を突かれたようにはっとさせられた。声を発せられず、焦りを帯びた驚きが図星だと知らせていた。
「僕が気がつかないとでも思ってたんですか。あなたは僕を完全に信用はしてない。でも今からはそうしてほしいんです。高校卒業後ベアトリスは自立をしよう とあなたから離れるつもりだといいました。そうなれば、一緒に住むことを強制できなくなる。無理に自立させまいとすれば、彼女は疑問を抱くことでしょう。 だけど僕ならその後を引き継ぐことができます。彼女にライトソルーションを飲ませ、外敵から守る。だから──ベアトリストと僕の結婚をあなたが認めて下さ い」
「パトリック、あなた……」
「わかってます。卑怯な手だということは。それに一度僕は彼女の前で婚約証明書を破りました。僕には今彼女と結婚するための強制手段はありません。だけど 親代わりのそして弁護士であるあなたが法的ななんらかの書類を作り、僕との結婚を勧めれば彼女もそれに従うかもしれない。そうすれば、僕はあなたの変わり に一生彼女を真実から守れるのです」
パトリックの無謀ともいえる提案に、アメリアは露骨に顔を歪ませた。だが、自分がベアトリスを一生守れる保障もない。パトリックの言いたいことはストレートにアメ リアの胸に響いた。
「急に言われても、答えは出せないわ」
「いいえ、今出さなくちゃだめなんです。できることなら今すぐ結婚させて下さい。そうすれば何かと理由をつけて僕は彼女を安全なところへ連れいける。後からあなたもついてくればいいんです」
「今すぐ結婚といってもあなたたちまだ未成年じゃないの」
「でも親の同意があれば、未成年同士も結婚できます。僕の親はその点では問題はない。あとはアメリア次第」
アメリアはベアトリスの言葉を思い出していた。
『私はもう一人でなんでもしなくっちゃいけないはず。アメリアは私を守りすぎ。まるで私が一人で行動しちゃいけな いみたい』
これ以上ベアトリスと一緒に居ることが難しいことはアメリア自身も気がついていた。アメリアは選択をせまられ、静かに目を閉じた。