まだ春が始まったばかりだというのに、とても暑い。
 地平線が広がる乾いた大地。
 車がなければ生きていけない、見事な広大な土地。
 カウボーイハットとブーツを普段着にしている男たちが、でかい事を自慢するような土地柄。
 ここには、ロングホーンと呼ばれる牛も、その名の通り大きな角を持ち、ワイルドな男たちはそれにまたがり、気の荒い牛との格闘を楽しんでいるイベントが観光客を呼び込む。
 全てがでかく堂々とした風格の土地ながら、一人の少女だけはそれが嫌とばかりにひたすら歩いていた。
 痩せたい。
 ただそれだけを願いながら、スタスタと足を動かしている。
 ベアトリス・マクレガー、17歳。
 多感で影響を受けやすい気弱な女の子。
 でも、心に秘めた思いはここの土地に負けぬほど、それはとてつもなく大きい。
 だが今は全てを覆い隠し、また自分も秘めたるものに気がついてない様子だった。

 4月になったばかりだが、気温はすでに25度越えていた。
 吹き出す汗を、フェイスタオルで、息をふっと吹きながら拭い、この先のもっと暑い夏を思う。
「ダメだ、ますます暑くなる。こういうときは気楽にいかなくっちゃ」
 心だけは軽くしたいとベアトリスは明るく振舞おうと試みる。
 垢抜けはしていないけども、笑顔はかわいいものだった。
 ただ、本人だけが気が付かない。
 そこにその可愛さを認めたくないと他者からの嫉妬があることも。
 消極的ではっきりしない性格がイラつかせ、人を遠ざけてしまう。
 何でも過度の思い込みに自分を縛りつけ、絶えず周りを気にしすぎて悲観的になるところが特に悪い癖だった。
 太ってることも自信喪失につながり、コンプレックスを積み上げれば、代わりに自尊心が失われる悪循環。
 だがそんな自分を助けてくれる救いの友が二人いた。
 少なくともベアトリスはその二人を友だと信じてやまなかった。

 そのうちの一人はペールブロンドの髪を持つ、美しい女の子、ジェニファー・トーリン。
 透き通る金髪のストレートロングヘアーが風になびけば、男は振り返らずにはいられない。
 ガラスのようなブルーの目にすっきりとした鼻、マシュマロのようなやわらかな唇、モデル並のスタイル、まさに理想のままに作られた人形のようにそれは完璧な姿だった。
 誰もが学校一の美人と認め、ベアトリスにとっても憧れの人である。
 そしてその人物が、大親友としていつも自分の側にいるから、驚きだった。
 ジェニファーはベアトリスに常に優しく、いつも気遣ってくれる。
 そんな彼女が側に居てコンプレックスを感じないと言えば嘘になるが、反対にジェニファーと友達になれたことは自慢の種でもあった。
 ジェニファーは学校一クールな女性。
 クールといわれる人と付き合うことは、ステイタスを感じさせてくれ、優越感に繋がった。
 
 そしてもう一人が、女生徒の憧れであり高校の王子様的存在、ヴィンセント・バトラー。
 いつまでも見つめていたい、神が作り上げた整った顔を持ち、蜂蜜色の少しウエーブかかった柔らかい髪をくしゃっと無造作にかきあげるだけで、女の子達はその仕草に釘漬けになる。
 こちらも学校一ハンサムと謳われる肩書きを持つ。
 一緒にいられるだけで幸運そのものだった。

 ジェニファーとヴィンセント。
 申し分ない容姿の二人だった。
 だから二人が一緒にいれば、誰もが認める美男美女のカップルと思われる。
 一緒にいるベアトリスでさえも二人がお似合いだと認めていた。
 
 ジェニファーの一番の友達ということでベアトリスもヴィンセント と一緒に行動する。
 それは恩恵であり、ベアトリスもこのゴージャスな友達と一緒に居られることに満足感がコンプレックスを上回っていた。
 だが、ぽっちゃりでおしゃれ気もなく冴えない風貌のベアトリスが、どうして二人と友達でいられるのか周りは常に不思議がっていた。
 影では引き立て役とからかわれ、または羨ましさから妬む者も出れば、グループに交わろうとベアトリスに媚を売るものまでいた。
 ベアトリス自身、身の程知らずと自覚しているが、二人はベアトリスから離れない。
 全てはジェニファーがベアトリスの世話をやいて優しく接していた。
 ベアトリスもジェニファーを大切にして、そして大親友のジェニファーとヴィンセントの仲を微笑んで見守る。
 ジェニファーの側にいればもれなくヴィンセントがくっ付いてくるために、ベアトリスも話す機会に恵まれていた。
 たまにヴィンセントと話をするが、その時ベアトリスの頬は赤くなる。
 ヴィンセントに好意を抱いているのが傍から見てもバレバレだった。
 だが彼にはジェニファーがいる。
 ましてや自分の大親友だ。
 ジェニファーのお蔭でこの関係が成り立っているのは十分承知だった。
 友達として側に居られるだけで有難く、話せるだけで満足し、高校生時代の恋に恋して、楽しい片思いだ自覚していた。
 ただの憧れに過ぎない。
 友達というだけで嬉しい存在。
 つまり、最初っからどうしようとも思ってなかったのである。

 そんな消極的な態度ではいつまでもボーイフレンドができない体質であるが、実はそれを飛び越えて、すでにベアトリスには婚約者がいるから驚いてしまう。
 それは誰にも言ってはないが、ベアトリス自身もその存在を認めてなかった。
 早い話が、冗談だとあっさり片付けられる程度の事。
 ただ漠然と『婚約者』という言葉だけが頭にインプットされていた。

 その婚約者と会ったのは10年も大昔のことだった。
 まだベアトリスの両親が生きていた頃、どこかも思い出せない、緑の溢れた田舎。近所に住んでいた幼馴染のパトリック・マコーミックがその婚約者と決められた。
 ベアトリスのことをいじめる悪ガキではあったが、ベアトリスの知らないところですでに結婚の約束が交わされていた。
 両親が事故で死んで親族が集まったとき、親同士が決めた婚約者だと正式に公に知らされた。
 ベアトリスにとって悲しみが、一瞬吹き飛ぶぐらいの、寝耳に水の出来事だった。
 婚約者と決められるには、お互いあまりも幼すぎたからだった。
 両親の葬式が終わった直後は、誰がベアトリスを引き取るかで大もめにもめ、お荷物に扱われるというより、誰もがベアトリスを引き取りたがった。
 ベアトリス自身、こんなにも親戚がいたのかと驚くほど見知らぬ人に取り囲まれていた。
 親同士が決めた婚約者の話が出たとき、相容れないと不平不満がぼそぼそと聞こえながらも、婚約者の家族のマコーミック家に逆らえず、皆強く言えないでいた。
 だが突然、ドアをぶち破るような勢いで部屋に入ってきた女性に、その話の主導権があっさりと奪われた。
 誰もが一瞬で口を閉ざす。
 あからさまな権力を見せられ、従わなければならない雰囲気が漂った。
 若い女性だが、その中では誰よりも力を持つ。
 アメリア・ウイルキンソン──そこでは知らない者はいなかった。
 眼鏡の位置を整えて、背筋をまっすぐにし、威圧するような視線を辺りに降り注ぐと、口答えはしませんと誰もが後ずさり畏怖してしまった。
 婚約者のパトリックだけが、「連れて行くな」と敢然とベアトリスの前に庇うように立ちはだかった。
 だがそれは、一瞬にして周りの大人に取り押さえられ引き戻されてしまったが、それでも諦めずに泣きじゃくりながら手をじたばたして、必死に抵抗していた。
 ベアトリスはパトリックを見つめつつ、その女性に手を握られ、強い力で引っ張られる。
 質問する暇もなくさっさと連れて行かれた。
 足がもつれ、たどたどしく歩きながらも何度か後ろを振り返る。
 自分でも何が起こってるかわからないまま、誰かに教えて欲しいと目だけは訴えていた。
 その時、パトリックが大人たちに押さえ込まれていた手を振り払い、小さな手を精一杯差し出してベアトリスに駆け寄った。
 指先に力を込め、必死にベアトリスを捉まえようとする。
 その努力も虚しく簡単に大人に羽交い絞めにされ、それ以上は身動きできなくなり、力の無さを嘆いた。
 理不尽に抱いた気持ちを吐き出すように、子供らしからぬ一人の男としてベアトリスの名前を叫ぶ。
 しかしベアトリスはすでに開いたドアの向こう側に立っていた。
「ベアトリス! 必ず見つけて君を……」
 ドアがバタンと閉まる音に最後の言葉がかき消された。
 だがベアトリスにはどうしても「助けに行く」と聞こえたように思えた。
「私、どこへ行くの?」
 ベアトリスは両親を失った悲しみと不安の瞳でアメリアを見つめる。
 アメリアも見つめ返すが、その眼差しはとても冷たく感じられた。
「ベアトリス、これからは私と暮らすの。私があなたを育てます」
 親を亡くしたベアトリスに必要なものは、慰撫するほどの温かな優しさだった。
 彼女の言葉はそんな状況に憐憫の情すら込められていない。
 ただ泰然としては事務的に物事を進める。
 時折ふと目をそらし、何かに耐えるように歯を食いしばっているように見えたのは、子供心ながらも、仕方がなく引き取ったと受け取り、自分が歓迎されてないと思わずにはいられなかった。
 何も言わずついていく事しかベアトリスに道はない。
 パトリックが最後に言った「助けに行く」という言葉を思い出すと囚われた気分にさせられた。
 アメリアは両親の葬儀で集まった親族よりも一番近い存在らしいが、説明を聞けばややこしく、親戚という関係は近い遠いに関係なく、次第にどうでもよくなっていった。
 幼いベアトリスにはとにかく叔母さんということで簡単に片付けた。

 そのベアトリスの叔母さんは母親の役目をきっちりとこなし、ベアトリスは何不自由なくここまで大きくなった訳だが、それまで何も問題がなかったわけでもない。
 強いて欠点をあげるとすれば、人一倍、過干渉で厳格すぎる育て方だった。
 門限を設けられたのは仕方がないが、それ以上に異常すぎるときがある。
 例えばシャンプーや石鹸もアメリアが買ったものしか使わせてくれない。
 持ち物は抜き打ちに検査が入り、見られて困るものはないが、何を探しているのだろうというくらい念入りに注意深く探られる。
 少し怪我をしようものなら、どこでどんな風に怪我をしたか必ず聞き、傷口を徹底的に消毒する。
 何をそこまで神経質になることなのかベアトリスには全くわからなかった。
 最初は戸惑うことばかりだったが、長年暮らしていると次第に慣れてきて、今では当たり前として違和感なくなった。

 これがパトリックが言った助けてあげたくなるほどの問題──しつけ──だったのかと、大きくなってから言葉の意味を知った気分だった。
 それを除けば虐待されるわけでもなく、邪険にされるわけでもない。
 寧ろしっかりと育て上げなければならない義務感で、アメリアの方がお気の毒に見えてしまった。
 生活費を稼ぐためになりふり構わず働き、自分の事など二の次にアメリアは未だに独身だったからだった。
 ベアトリスもこれには負い目を感じている。
 自分のせいでアメリアの人生を狂わせてしまったのではと思うと申し訳なく、そのせいで何もかも素直に言うことを聞き、ひたすら従っていた。
 教育には厳しく容赦しないアメリアであっても、面倒を見てくれていることに感謝の念を持って接していた。
 時には抱きつき、大好きと言ってみては子犬のようにじゃれ付く。
 その時ばかりはアメリアはおもはゆく、厳しすぎる自分に内心忸怩たる思いを抱かせられた。
 そして感情を飲み込むように、いつも眼鏡のブリッジを押して位置を整えるのが癖でもあった。
 その仕草は抱いた甘い気持ちをリセットしているかのように見えた。

 アメリアがいくら厳しい人間性だからといっても、二人の関係はそんなに悪くはなかった。
 だが亡くなった両親のことを話そうとすれば、アメリアは口を貝のように閉ざしてしまう。
 ベアトリスの心中を忖度しているのではなく、その話はするなと拒否しているように見えた。
 それはベアトリスに両親の事故死について深く考える余地を与えさせなかった。
 両親のことを口にしなくなると、思い出すこともいけないことのように思えてならなかった。
 大まかに車の事故だったと聞かされたが、思い出そうにもベアトリスには事故にあった記憶が不自然に欠如していた。
 両親と同じ車に乗っていたと思うが、その後ぶつかったとか、事故を起こした記憶が全くないから不思議だった。
 それから次に思い出せる記憶は、親戚を名乗る人たちに周りを囲まれていたことだった。
 遺体も見ていないまま両親は、コツゼンと目の前から消えたくらいにしか思えなかった。
 死んだことが嘘のようで、常に疑念が湧く。
 だからこそ詳しく知りたかった訳なのに、アメリアにあのような態度を取られると、ベアトリスは何もかも諦め、皆が言う事故の事実だけを受け入れるしかなかった。

 ウォーキングしてから小一時間、ようやく我が家が見えてきて、いつもの日課が終わることに、ベアトリスはほっとした。
 「ただいま」とドアを開けると、美味しそうな夕飯の匂いがすぐさま鼻を襲った。
 これは待ち伏せ攻撃に値する程、やっかいなのである。
 ダイニングテーブルには湯気が手招きし、美味しそうな料理がベアトリスを待っていた。
 アメリアは料理がプロ並に上手いから困りものだった。
 レストランでも開けばといいたくなるほど、レパートリーも広く、器用に何でも作れる。
 そこまで作らなくてもいいのにというくらい、毎日の食卓は色とりどりに賑わっている。
 だから私は太るのよ。
 ベアトリスは誘惑に勝てずこの日もたっぷり食べてしまうことになった。
「アメリア、私、ダイエット中なのよ。これじゃ痩せられないわ」
「あら、しっかりと食べてこそダイエットなのよ。それにベアトリスは全然太くなんてないわ。そのぽっちゃりがかわいいくらいなの」
 アメリアはどうでもいいことのように淡々と喋る。
 だからそのぽっちゃりが太いってことなんでしょうが!
 思わずベアトリスは反抗しそうになったが、これだけ美味しいものを仕事を持ちながらいつも作ってくれるアメリアに感謝する気持ちの方が強く、何も言えなくなった。
 最後の一口を終え、フォークを置き、軽くナプキンでベアトリスは口を拭った。
 全てを平らげた白い皿を見つめると、また本日も全部お腹に入ったねといわれているようだった。
 「はいはい」と答えるようにお腹をさすると、ゲップが出てきてしまった。
 「すみません」とすぐに謝ったものの、アメリアはマナーにはうるさい。
 指摘されるように横目で睨まれてしまう。
 それをごまかすために慌てて話を振ってみた。

「だけどどうして私と同じものを食べているアメリアは太らないの? 細いしいつまでも若くてきれい。私を引き取ってくれたときから年を取ってない感じ」
 お世辞でもなく本当のことだったが、これぐらい言えば悪い気はしないだろうという気持ちもあった。
 だがアメリアの表情が突然固くなった。
 言葉を濁すように、席を立ちお皿を片付け始めた。
「そんなことはどうでもいいでしょ。それより勉強しないと。ファイナルイグザムはあっという間に近づいてくるわよ」
 ファイナルイグザムは学期末試験のことだが、六月の初旬の先の事だとはいえ、勉強のことを言われるとベアトリスは逆らえない。
 お世話になっている限り、自分が出来ることはいい成績をとることだけ。
 だから「はーい」と元気よく答えて部屋に向かった。
 何気なく振り返りアメリアの様子をちらりと伺えば、彼女は流し台の前に立ち、ピッチャーからグラスに並々と注いだ水を一気に飲んでいた。
 飲み終わると小刻みに体が震え、力がみなぎっていくように見えた。
 ベアトリスはその光景を見るのは初めてではなかった。
 よほど喉が渇いていたのだろうか。
 ベアトリスは首を傾げ、部屋に向かった。

 住んでる家はごく一般の住宅街に位置し、三つのベッドルームがある平屋の一戸建てで、二人で住むには充分な広さだった。
 ベアトリスは自分の部屋を与えられ、ピンクをテーマに家具が揃い、モデルルームのようにかわいくコーディネイトされている。
 これもアメリアが用意したものだった。
 何から何までアメリアが関わるが、一つ言えるのはどれもベアトリス好みで文句のいいようがないということだった。
 厳しすぎることを除けば、整った環境からしてとても恵まれていると言えた。
 部屋の窓際に置かれた机に向かって腰掛け、一息ついてから自分のすべき事を確認する。
「さて、数学から始めるか」
 教科書をボンっと机にのせ、開こうとしたとき、何かが挟んであるのに気がついた。
 四つ折にされた真っ黒い紙が本の間から飛び出していた。
「ん? いつの間にこんなもの挟んだんだろう」
 手に取り、広げると何も書いてない。
 念のため、机の上のライトに当てて透かしてみた。
 その瞬間、青白い炎がぼっと飛び出しては紙が燃え盛った。
「うわっ、ちょ、ちょっと! このままじゃ部屋が火事になっちゃう!」
 椅子から飛び跳ねるように立ち上がり、燃える紙を持ち、慌ててバスルーム目掛けて走り出した。
「水、水…… 水っ!」
 この慌てぶりに気が付かないアメリアではなかった。何事かとすぐに駆けつけ、青白い炎を見るや否や血相を変えた。
「ベアトリス、すぐに離しなさい」
 炎は紙を燃やし尽くそうとベアトリスの持ってる指先に近づいてきた。
 それでも捨てられない。
「でも、そしたら床が燃えちゃう。バスルーム、バスルーム、水、水」
 慌て躊躇うベアトリスが水を求めてバスルームに入ろうとしたときだった。
「バスルームはダメ!」
 アメリアが咄嗟に叫んだ。
「えっ?」
 ベアトリスはアメリアの突然の強い叫びに気が動転になりながら、足をバタバタさせ右往左往していると、アメリアがフットボールの選手のようにタックルしてその炎の紙を奪い去った。
 もみ消そうと炎を直接両手で掴む。
「キャー、アメリア、何してるの。とにかく水、水、水!」
 深く理由も考えず、バスルームがだめならキッチンしかないと水を求めてあたふた向かった。
 キッチンカウンターにはピッチャーに入った水がちょうど置いてあった。
 ほんのちょっと前にアメリアがこのピッチャーから水を飲んでいたものだった。
 迷わずそれを掴みアメリアの元へベアトリスは走った。
 その炎目掛けてバシャっとぶっかけた。
「あっ、その水は」
 アメリアは嘆くように声を発した。
 その瞬間ベアトリスの目が大きく見開いた。
 アメリアの手が勢いよく青白い炎に包まれてしまったからだ。
「どうして、さっきよりも燃え出すのよ」
 さらにその炎はアメリアの全身へ広がってしまう。
 彼女の体全体が青白く包まれた。
「アメリアが燃えてる。イヤー、誰か助けて!」
 人間火達磨を目の前にし、ベアトリスはパニックに陥り、うろたえながら助けを求めようとするも、あまりのショックで足がもつれ倒れこんだとき、運悪くそこにあった家具の縁で頭を打ってしまい気を失ってしまった。
 同時に持っていたピッチャーも手から離れて床に転がった。
 倒れこんだベアトリスの側でアメリアは平然と立ち、青い炎に包まれながらため息をついた。
 業火に燃え上がる炎の中、熱さも苦しさも感じないが、気絶しているベアトリスの姿に、アメリアの心は痛んだ。
 アメリアの体の何かを燃やしきると炎はすっと鎮火した。
 床に寝転がっているベアトリスを起こしてアメリアはギュッと抱きしめる。
 一言「ごめんね」と呟きながら。