そう口にして顔を上げた瞬間、悪鬼と視線が合い視界がグルんと一転した。
「……なんだ? これは」
彼も異変に気付きあたりを見回す。そこは同じ図書室なのだが、『今』ではなかった。その証拠に二人の姿は半透明で、代わりに部屋の隅には真っ白な仔犬が二人を見ていた。
「お前、何やった?」
「わ、私は何も――、あっ」
詰め寄る彼の肩越しに影を見つけて声を上げると、彼も振り向きその影を確かめた。
それは制服を着た男子学生で、彼は笑みを浮かべてそこに立っていた。
『ほら、餌だよ』
そう言って彼は子犬に皿を差し出した。仔犬は嬉しそうに尻尾を振り彼の足元に駆け寄る。
「これって……」
「こいつの記憶なんだろうな」
こいつとはさっきまで悪鬼と呼んでいた黒い塊だ。
仔犬が全部食べ終えると、彼は優しく仔犬の頭を撫でて「もう満足しただろう?」とその頭を床に押し付けた。
「な、何を!?」
世莉の声は聞こえるはずもなく、彼はどこからともなくナイフを取り出した。
「全く、医者の子だから医者になれとか、うるさいんだよ!」
「ぎゃんっ!!」
「――やっ!」
そのナイフが容赦なく仔犬の尻尾に振り下ろされ、ふさふさの尾は跳ねて飛び、その悲鳴と世莉の悲鳴が重なった。
「将来の名医に切られて幸せだろ? なぁ!」
そう言うと今度は耳をそぎ落とす。
「止めて! お願いだから止めて――!!」
がくがくと震える足では彼のところまで行けず、震える手は神威のシャツを掴むことで精いっぱいだ。神威は世莉の手を振り払うことなく、ただ男のする凄惨な行いを見つめていた。
「模試の結果なんて知るかってんだ!」
男は仔犬の後足を、その次は前足と刃を立てていく。
「あー、仔犬でもうまく解剖って出来ないんだな? これもまた勉強ってな!」
最後に腹部にさして上から下に刃を動かすと、そこから内臓が吹き出すように出てきた。もう仔犬の悲鳴は聞こえない。先ほどまで抵抗するように身をよじっていたが、もう動くことすらできない。
男はその骸をビニール袋に入れると、そのまま部屋の片隅に、先ほど世莉が手をついた場所に放り投げた。そこには、同じような袋が何個も積み上げられていて……。
「――っ!」
その景色に、世莉は言葉を失った。あの仔犬だけではない。彼は何匹もの犬や猫を殺してきたのだ。