聞こえてくる悲鳴に足を止めてしまった。
 九字を切ることが出来る彼は、きっと『悪鬼』と呼ぶさっきの黒い塊を消滅させたりする出来るんだろう。
 だけど、分かってしまった。
 あれは世莉を襲おうとしたわけじゃなく、ただ人間に怯えて怖くて、威嚇していただけだということに……。
「先に降りて! あとで必ず行くから」
「く、久遠さん!? で、でも」
「大丈夫! 私、神社の娘だもん!」
 世莉はそう言うと、奥の図書室に向かって走り出した。
 閉まりそうなドアに手をかけて、そのまま飛び込めば、
「わっ!」
「うわっ! ってお前何やって!?」
 すぐそこに立っていた彼の背中に思いっきり激突。
「えとっ、すみません!」
「すみませんじゃねぇ! さっさと逃げろと俺はっ」
「先輩は! あれをどうするんですか?」
 まっすぐに見上げてそう聞くと、彼は怒鳴るのをやめて世莉を冷たく見下ろして、「滅するんだよ」と冷たく言い放った。
「滅する……」
 それはこの世から消し去ること。魂を消し去るのだから、仮に輪廻の輪があったとしても、それに入ることはかなわない。
 今は九字の網にはまり、黒い塊はもがき苦しんでいる。それは先ほどより一回りも二回りも小さくなり、まるで仔犬のようでその目からは涙までも見える。
「そ、それじゃ、魂って消えちゃうんですよね? あの世には行けないってことなんですよね!?」
「あのなぁ、今の見た目に騙されてんだろうけど、あれはもう悪鬼になってんの! 他にやりようなんて」
「ちゃんと元に戻して昇華させてあげたら? それが出来れば」
「ムリだと言ってる! そこをどけ!」
「きゃあ!」
 押しのけられ床に倒れこんだが、彼はそれを一瞥するだけで、もがく悪鬼に歩み寄る。世莉はそれを止めようと地面に手をついて、その違和感に自分の手を見た。すると世莉の手は真っ赤に染まって――。
「なっ!? これ――」