「あの『彼』なんですね」
 その答えに神威は満足するように、にんまりと笑った。
「受験に失敗して自殺未遂、その結果昏睡状態で、原因調査。そのために俺はここにきて、そしてさっきまるっと解決。これで説明はいいか?」
「……なんか、納得いかないです」
「別にお前の納得料は入ってないから問題ない」
 季節外れの転校生というのも、そう言うことなんだろう。
「……えーと、よくラノベで見るチートな祓い屋さん、とか?」
「別にチートじゃないし、祓い屋なんてものも知らん。俺はこれでも神主だ」
「はい!? 神主!? 神主が九字を切るっておかしくないですか!?」
「うっさいな! 陰陽道も極めてんだよ! っつかお前こそなんだよ!」
「って、さっきから『お前』って、私は久遠世莉っていう名前がっ」
「あー! どうでもいい! あぁ、全部どうでもいい! で、どうせお前には術かかんないだろうから諦めるとして、下の奴らの記憶消すぞ? 覚えてていいことないからな」
 確かに、あんな怖い記憶なんてないに越したことはない。できれば自分の記憶だって消してもらいたいくらいだが、そうなるとあの子たちのことまで忘れてしまうということで……。
「うまくやってくださいね?」
「誰に言ってる?」
「えーっと……、か、神威先輩です」
「なんで下の名前なんだよ?」
「……あは」
 苗字は忘れた、とは言えず笑って誤魔化した。
 これでよかったんだろうか? ふと過る考えに、世莉は階段の手前で振り返ってしまった。勿論そこにはあの黒い塊はもう見えず、まぶしいほどの太陽の光の矢が廊下に落ちてる。その景色に何となく、本当に何となく静かに目を伏せて両手を合わせると――。
『にゃおん』
「え? 今、鳴き声が!?」
「置いてくぞ? ここの鍵は俺が持ってるからな?」
「ま、待ってください!」
 こうしてまた次の日から何もない普通の日々が始まった。
 勿論、転校生の事実すら誰も覚えてはいなかったが、翌日の朝礼で変な呪文のようなものが流れていたからあのせいなんだろうと、世莉は一人納得しこれからもこれまで通り平和な日々が続くのだと信じていた。
 だが、信じる者は裏切られるのがこの世の常なのだ。