それでも僕らはここにいた

本来祝われるはずの男は、自分で誕生日会を企画し、自分で食料を買ってきたらしい。


「俺はちゃんとメール送っただろ?」


イカにしょうゆをつけながら悠真は言う。その間、倉田はネギトロを頬張っていた。


「おう。お前には感謝してるよ」


結局ほとんどの寿司を食べたのは買ってきた倉田本人だった。他の人はいきなりだったため、お腹をすかせておかなかったのだ。


「あの、先生の家にゲームとかってないんですか?」

康樹君が訊ねると、あるよと答えて悠真はテレビの下を探り出す。


「やっぱ誕生日会っていったらみんなでゲームじゃないですか?」

「おー!いいな、やるか!」


倉田が張り切ってテレビの前に陣取る。悠真と私も顔を見合わせて苦笑した。

気がつけば4人とも夢中になってやっていた。


「よっしゃー!」

「げっ!サイアクだぁぁ!」


大人も子供も関係なく、騒いで笑って楽しんだ。


やりながらなんとなく気づき始めた。
もしかしたら自分たちが死んだかもしれないと落ちこんでいた私と康樹君を元気づけるために、誕生日会なんて開いたんじゃないかと……


まだゲームに熱中している康樹君と倉田を置いて、私は台所まで行って洗い物をすることにした。すると、悠真が手伝ってくれた。


「ありがとう」


2人で家事をしていると、まるで新婚のようだ。男同士だが。


もし思い出したらどうなるんだろう。
思い出すことで自分はいなくなってしまうのかもしれない。

それは悲しすぎる。なんで自分がこんな目に遭うのかと悲しくなってきた。


それから……二度と悠真に会えなくなってしまうかもしれない自分が嫌だった。



「橙子、1日遅くなったけど、これクリスマスプレゼント」


いきなりそう言われて、予期していなかったとはいえとても驚いた。


「うっそ……嬉しいありがとう。開けてもいい?」

「うん」


中から出てきたのは、今日発売のCDだった。私の好きなグループ『リアン』のシングル。本当に嬉しい。


「橙子が元に戻ったら、一緒にライブ行こうな」


元に戻ったら……私はどうなるかわからない。もしかしたらこの世にはいないかもしれない。


「うん。約束」


そう言うことしかできなかった。例え、それが叶わなかったとしても……



*****


「倉田、今日はありがとうね」


今日はお礼を言ってばかりだと自分でも思いながら私は倉田に向かう。彼は興味なさげにただ煙草を吸っているだけだった。


「別に礼なんて言われることしてねぇぞ」

「うん……そうかもね」

「おい、どっちだよ」


その反応がいつもどおりでほっとした。もしかしたら倉田とこうやって話すのは最後になるかもしれない。

だから、ちゃんと言っておこうと思った。今まで言えなかった分全てを。


「倉田がいなかったら、きっと私悠真と結婚することなんてできなかった」

「まだ結婚してねぇだろ」

「それから、今回も倉田のおかげでここまでやってくことができた」

「なんだよ。もうなんもおごんねぇぞ」

「ありがとう」


素直にお礼を言うと、倉田は少し驚いたような表情で固まってしまった。何か失礼なことでも言ったのだろうか、と私がとまどっていると、倉田は苦笑して煙草の火を消した。


「どういたしまして」







あのときはまだこんなことになっていたなんて思っていなかった。

全てはすでに始まっていたのだ……


タイムリミットは、12月31日――








その日、私ははっきりと夢を見た。


悠真がイスに座って頭を抱えている。なんでそんなことしてるのだろう。不思議に思っても声を出すことはできなかった。

だけど、そのときの彼の言葉ははっきりと聞き取れた。


「橙子……」




そこで目が覚めた。今でも鮮明に覚えている。

なんであんな夢を見たんだろう……やっぱり自分は死んだのかもしれない。1度そう感じてしまえば、そう簡単にその疑惑が頭から離れない。


無理だよ……耐えられない。




「橙子さん、ちょっといいですか?」


部屋に入ってきたのは、康樹君だった。同じ境遇の彼は少しだけ浮かない顔をしている。


「いいよ。どうしたの?」

「橙子さんも思ってるんでしょ?自分が死んでるかもしんないって」


何も言わないが、それは肯定を意味している。康樹君はそれ以上つっこんだことを訊かなかった。


「もう1回行ってみませんか?先生んちの近くに」


私は頷いて承諾した。


何度もここへは来ているが、来るたびに景色が変わって見える。今日改めて見てみると、道路にははっきりと見てわかるほどのブレーキの跡がついていた。

まるで何かを思い出すたびに1つ1つ現実に引き戻されていくようだ。


花はあいかわらずそこに供えられてあった。たぶんこの間見た女の人のものだろう。



私は失礼だとは思ったが、その花を間近で見てみることにした。なんの花かはわからなかった。


「ハッピーバースデー……」


康樹君の声に驚いて振り返る。一瞬そういう名前の花かと思ったが、彼はどうやらその花についていたカードを読んだだけのようだ。



「誕生日……橙子さんっていつですか?」

「私は6月だけど」

「俺は7月です」


どういうことだろう。この花が置かれたのは12月26日だ。いくらなんでも離れすぎている。もしかしたらここで死んだのは私たちではないのかもしれない。


だけど、2人の中に渦巻いていた嫌な予感は消えなくて、むしろさらに深まっていくのを感じた。


「ねぇ……誰か26日に誕生日の人って、いましたっけ?」


康樹君の声は少しだけ震えていた。


私は頭の中である1つのできごとを思い出していた。

トラック、鉄パイプ、犬、それから――……


「――倉田……」



あのとき、台所にいたときだ。私はなにげなく窓の外を見たら知っている緑色の服を着た人の姿が見つけた。


「あれ……倉田だ」


悠真に会いに来たのかと思ったが、様子を見てみてもなかなかその場から動こうとはしなかった。


少しだけ気になって外に出てみた。と、そのとき倉田よりも先に別のものが視界に入ってきた。


それは、鉄パイプを積んだトラックが道路の脇に停めてあった車を避けて走ろうとする。

しかし、停車中の車から犬と、そして犬を追うように少年が飛び出してきたのを見て、トラックは停車中の車にそのまま突っ込んでしまった。



キキィィィ

衝撃音と共に、荷台に載せてあった鉄パイプが崩れた。


「――っ!」


気がついたら、私は走り出していた。そのときのことはよく覚えていない。

はっきりと覚えていることは、緑色の服を着た人が目の前に現れたということだけだった。




康樹君と協力して倉田を捜すが、彼はなかなか見つからなかった。家にも帰っていない、バイト先にも顔を出していない、駅やコンビニなど思いつく所はほとんど行ってみた。もちろん何度も事故現場にも行ってみた。

だけど、見つからなかった。


「思い当たる所他にないんですか!?」

「ないよ……ねぇ、ここって何なの?」


それは1番疑問に思うところだった。自分たちは事故ったはずだ。それなのに怪我の1つもしていないどころか、その話題すら出ていない。


嫌な予感がする。このまま倉田が見つからなかったら……




「――橙子さん……」


康樹君の声に気がついて、私は顔を上げる。康樹君は別の方向を見ていた。私もそれにならう。


「――っ!」


誰もいなかった。いや、誰もいなさすぎた。そこは駅前のはずだ。それなのに突然……誰もいなくなってしまった。


「なんで?」
「……本当は俺たちはここにいない存在なんじゃ……ないですか?」


それに私は答えることができなかった。こんな非現実的な状況を見せられて、もう何を思えばいいのかわからなくなってしまった。

どうしたらいいんだろう……


しんと静まり返る世界。自分たち以外には誰もいないのかもしれない。

ふと思った。この世界に倉田がいなければいいと。そうしたらきっと彼は生きているような気がしてきた。


だけど、現実は常に私の思っている方向とは別の方へ進む。



「よぉ」


目の前にはずっと捜していた人物――倉田が現れた。








「なんとなくわかってた。お前らが思い出すの」


倉田はいつものように軽い調子で話す。その様子は事故のことなど全く意識していないようだった。


「俺はあの事故で死んだ。たぶん」


私は心の中に重い石がのしかかるのを感じた。