(12月第1日曜日)
理奈は二日酔いもなかった。まあ、グラス1杯のワインで二日酔いはないだろうと思っていた。

今日は二人のんびり公園を散歩してから、家で過ごした。今が一番いい時だ、そう思えた。

「今日の夕食は早めに作ります」といって理奈が料理を始めた。6時には二人でテーブルに着いていた。

夕食はオムライスだった。大井町のレストランで食べたオムライスが美味しかったので、工夫してみたと言っていた。

理奈の味つけはいい。休日はビールを飲まないことにしている。

理奈が後片付けをしている間に僕がコーヒーを入れる準備をする。お湯を沸かして豆を二人分ミルで挽く。

テレビを見ながら待っていると理奈がソファーに来て僕のそばに座ったので、コーヒーを入れ始める。理奈は黙ってそれを見ている。

「確かに茶道に通じるところがありますね」

2杯分できると1杯を理奈の前に置く。理奈はゆっくり一口飲んでみている。

「おいしい!」

「よかった。今のこの時間が好きだ。いつも今が一番いい時に思える」

「このまえもそう言っていましたね。これまでもそうだったのですか?」

「もちろん。理奈さんが僕の入れたコーヒーを喜んで飲んでくれていた。そしておいしいといってくれた」

「そんなことで一番いい時に思えるんですか?」

「それ以上に何がある?」

「私を抱き締めるとかは、したくなかったのですか?」

「それはあとの楽しみにしておけばいい。その時はそれでベストだった。欲張らないで現状で満足する。そうすると今が一番と思えてくる。いつでもすべてが自分の都合のよいことばかりではないだろう。いつでも良いことと面白くないことがモザイクになっている。そうは思ないか?」

「確かにそうです。すべてうまくいっている時なんかないですよね。そしていつも移り変わっている。うまくいっていなかったことがうまくいき、順調だったことが不調になる。いつも入れ替わっています」

「それでも、きっと今が一番なんだ。そして今日の今は今しかない。昨日の今は昨日しかなかった」

「確かに今日の今は今しかないですね」

「それに、幸せなんて心の持ちようだ。幸せと思うと幸せなんだ。不満があって不幸だと思えば不幸なんだ。人間なんて欲望のかたまりで、ひとつ不満が解消するとまた別の不満が生まれてくる。人間の欲望には限りがない」

「私はずっと不幸だと思っていました。いつも何か不満があったのかもしれません」

「はたから見ると随分幸せそうに見えるけどね」

「そんなものなんですね」

「今は?」

「亮さんが私の不満を取り除いてくれました」

「それで幸せを感じている? 新たな不満が生まれていない?」

「不満じゃないですけど、してほしいことができてきました」

「ええ、何?」

「へへ・・・今晩も可愛がってほしいです」

「もちろん」

理奈が抱きついて来るので抱きしめてやる。

「今夜は私の部屋で寝てください」

「お布団を持っていく?」

「私のお布団で一緒に寝てください」

「そうしよう」

今日は理奈が先にお風呂に入った。僕はお風呂から上がって、理奈の部屋のドアをノックする。どうぞの声がしたので中へ入る。

理奈の部屋に入るのはこれで3回目ぐらいか? 

昨晩に続いてだが、昨日は寝かしつけてすぐに出てきた。その前は理奈が熱を出したときのドサクサで入って一晩を過ごした。

明かりが落とされている。理奈の匂いがする。いい匂いだ。この匂いが好きだ。僕をほっとさせたり、時に刺激して興奮させる匂いだ。

理奈は布団の上にネグリジェ姿で正座していた。パジャマより色っぽい。僕を見上げると頭を下げて言った。

「不束者ですがよろしくお願いします」

「どうしたの、改まって、新妻の初夜の挨拶みたいだね」

「入籍して初めてですから、言ってみたくなっただけです」

「こちらこそよろしくお願いします」

でもそういわれるとなんかムラムラしてくる。すぐに理奈を抱き寄せる。理奈はもう自然に抱きついて来る。

僕はゆっくり理奈を愛し始める。理奈は下着をつけていなかった。脱がされるのが恥ずかしいと思ったのだろうか? 可愛い奴だ。

やはり理奈は痛がった。右手を掴んでいると、手を握ってそれを伝えて来る。

今日はほどほどで身体を離した。でも理奈は僕に抱きついたままだ。

後ろを向かせて後ろから抱き締めてやる。

どうも布団の中で面と向かうと照れくさいし話し辛い。しかも身体を密着できない。

「辛そうなので、やはり最後までできなかった」

「ごめんなさい。我慢したのに」

「初めてだと普通にできるようになるまで1週間くらいはかかると同期の友達が言っていた」

「そんなこと聞いたのですか?」

「いや、自慢げに話していたから」

「その意味が僕にも分かった。可愛くて愛しくて、可哀そうでとても無理になんてできなかったんだと」

「私は初めてではありません」

「初めてと同じだ。その証拠に未だにうまくできていない。それに」

「それに?」

「シーツに出血の跡があった」

「そうなんですか?」

「想像するに、理奈が話してくれたその時のことだけど、女の子が嫌がっている時に力ずくでしようとしてもできるものじゃないと思う。せいぜい入口までで、彼は興奮してもらしてしまったのだと思う」

「そういわれればそうかもしれません。あの時と痛みが違います」

「だから、理奈さんはバージンだった。直感的に分かる。間違いない」

「嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気持ちです」

「僕は嬉しい。自分が初めての男だと思うとそれは嬉しい」

「でも1週間もかかるのですか?」

「分からないけど、同期はそれくらいかかったそうだ」

「我慢して頑張ります」

「頑張らなくてもいい、我慢もしなくていい、自然でいいから。僕は気が長いほうだから、1か月かかっても良いと思っている。ここまで来るのにさえ随分時間がかったから」
「分かりました」

「少しずつできるようになればいい。その方が長く楽しめる」

「楽しむんですか?」

「少しずつ絆が強くなっていくのを楽しみたい。こんな素敵で楽しいことはほかにないと思わないか?」

「ちょっと苦痛です」

「そのうち絶対に良くなるから。でも同期が注意するように言っていた」

「なんて?」

「良さを覚えさせると後が大変だと」

「どういう意味ですか?」

「言ったとおりだけど」

「そうなればいいんですけど」

「楽しみにしていればいいよ」

僕は理奈を後ろから強く抱きしめる。理奈が腕を掴んでいる。

「目覚ましをかけるのを忘れていました」

枕元の目覚ましをセットしてまたもとのように背を向けた。いつものように後ろから抱き締める。

「こうして抱いてもらうとぐっすり眠れます。おやすみなさい」

「おやすみ」

やれやれ今日も一日終わった。今日と言う日は今日しかない。

やっぱり今日も一番いい日だった。

長くて短い週末が終わった。