俺は毎日仕事が終わってから賃貸雇用契約書を作った。同居して何が起こるか分からないから細かいことまで想定しておいた。

地味子の身元も考えてみれば明確ではない。個人情報を集めることが難しくなっているのでしかたがない。

我が社に派遣されているのだから身元は確かだろう。派遣先を信頼するしかない。話をしたところはそんな悪い性格でもなさそうだった。それなりの安心感はある。

契約書をしっかり作っておくに越したことはない。それで隆一に立会人になってもらうことにした。

そのことを話すと隆一は快く引き受けてくれた。地味子にそれを電話で伝えるとその方がよいと承知してくれた。

金曜日の勤務時間後、6時にC会議室に3人が集まることになった。隆一と二人で待っていると地味子が現れた。相変わらずのスタイルだ。

「親友の山本隆一君だ」

「ときどき廊下でお目にかかりますね。確か商品企画部ですね」

「よく知っているね」

「男子の独身者は時々噂になりますので」

「悪い噂はないと思うけど」

「大丈夫です」

「それで立合人になってもらうことにした。第3者がいるとお互いに安心だろうと思ったからだ。もちろん秘密は守ってくれる」

「私もその方が良いと思います。よろしくお願いします」

「それじゃあ、契約書を見てくれ。隆一もチェックしてくれ」

二人は契約書を読み始めた。二人が読み終えて顔をあげたので。俺が説明を始める。

「先週の土曜日にマンションで白石さんと相談したことをまとめた。念のために条項を加えてみた。『甲と乙は恋愛関係になってはならない』としたけど、どうかな?」

「私はそれでいいです」

「読ませてもらったがよくできている。妥当なところじゃないか」

「それじゃあ、3通に立会人も含めて、それぞれ署名、押印して、各1通ずつ保管する。何か問題があれば協議する。これも書いておいたから」

「分かりました。不都合があれば、まず山本さんに相談します」

「そのための立会人だ。隆一も頼む」

「ああ引き受けた」

「それから来週の日曜日の午後に荷物を搬入しますから、よろしくお願いします。もう引越し屋さんに頼みました。荷物は多くありませんから、お手伝いは不要です。立ち会っていただくだけで結構です。それでは失礼します」

地味子は契約書をリュックにしまって帰っていった。隆一は何か言いたそうに残った。

「はじめて彼女と話したが、しっかりした良さそうな娘じゃないか? 地味だけど好感が持てる。おまえの方こそ好きになったりしないか? 大丈夫か?」

「隆一にしてはおかしなことをいうな」

「おまえ好みのような気がしたからな」

「馬鹿を言うな。それは絶対にない。だから同居人に選んだ」

「それならいいが」

「すまないな、立会人になってもらって」

「この方が後々まで心配ないからな。これがよかったと思うよ」

いつも隆一には助けられている。今度もいろいろ知恵を貰った。持つべきものは頼りになる友人だ。

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地味子の引越しの日の日曜日になった。昨日のうちにサブルームをはじめ各部屋の掃除をしておいた。はじめから汚れた部屋を掃除してもらうのは忍びない。

約束したとおり、コンシェルジェには従妹が同居すると話しておいた。また、引越しの日時も知らせておいた。

コンシェルジェは分かりましたと、それ以上は何も聞かなかった。住人のプライバシーの問題には触れてこない。まあ彼にはどうでもよいことだ。

午後1時にコンシェルジェから電話が入る。ここの電話は内線も入るようになっている。すぐに通してくれるように言った。しばらくしてドアチャイムが鳴る。

ドアを開けると私服の地味子がいた。どこかのおばさんのような地味な服装だ。

地味子の後から、引越し屋が荷物を部屋に運び込む。

机と椅子、小型テレビ、2人掛けのソファー、座卓、ふとん、後は段ボール箱が20個くらい。すぐに搬入が終わった。

確かに手伝うことはない。立ち合いだけで十分だった。俺はソファーに坐ってそれを見ている。終わると地味子が挨拶に来た。

「今日からお世話になります。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく。これがマンションのキーだ」

「ありがとうございます」

「君の部屋には内鍵がついているから確認しておいて」

「分かりました。それでは後片付けをしますので」

地味子は部屋に入っていった。その日はもう部屋から出てこなかった。

いや、俺がずっと自分の部屋にいたり、食事のために外出したりしたので会わなかっただけかもしれない。

これから同居生活が始まる。