地味子と偽装同棲始めました―恋愛関係にはならないという契約で!

昼休みに社員食堂で食事をしていると隣の席に山本隆一が座った。隆一は同郷で高校が同じだった。また、上京して入った大学も同じだった。

彼の実家は老舗の菓子屋で故郷では名が知られていて、駅やデパートにも店を出している。郊外にお菓子の工場があると言っていた。

そこの御曹司でいずれは菓子店を継ぐことになっていると言う。今は武者修行のために俺と同じ食品会社に勤めている。

高校の時はクラブが同じだった。大学でも学内で会えば立ち話をする仲だった。偶然同じ会社に入ったので同期になってそれからより親しくなった。

彼はいずれこの会社を辞めることになると思っているので始めから俺と張り合ったりしなかった。そのいずれ辞めることは会社には秘密にしている。

彼は商品企画部にいるが、仕事もできるし、センスも良い。俺の良き相談相手になってくれている。

「どうだ、仕事は?」

「まあ、なんとか目途が付いてきてもう一息のところまできた。いつも相談にのってもらって感謝している」

「気にするな、会社ではお互いを利用して助け合っていければいいじゃないか」

「頼りにしている。俺はおまえと違って、ここしか居場所がないと思っている」

「浮かない顔をしているが、仕事は順調なんだろう」

「ああ、プライベートなことでの悩みだ」

「そういえば最近引越しをしたとか聞いたけど」

「親父のマンションに引っ越したんだ」

「いいじゃないか、家賃は只だろう」

「そうでもないからどうしたらよいか考えていた。今日の帰りに一杯やりながら相談にのってくれないか?」

「特に予定がないからかまわないけど。場所は駅前のビアホールに7時半でどうだ。その時に話を聞こう。もちろん割り勘でいいよ」

「そうか、飲むのは久しぶりだな、じゃあ頼む」

*******************
7時半にビアホールに着いた。すぐに隆一が来た。いつものビール大ジョッキとつまみのソーセージ、ピザ、サラダを注文した。

「相談の中味を聞こうじゃないか」

「会社から見えるだろう。あの高層マンションへ引っ越したんだ」

「へー、あれは随分高級なマンションだぞ。確かバブルのころに建てられたと聞いたけどな」

「バブルのころは億ションだったと親父から聞いた。それをバブルがはじけたときに親父が友人から頼まれて格安で買ったそうだ。友人が資金繰りに困っていたからと言っていた。今はかなり値段が上がってきて、儲かったと親父は喜んでいる」

「じゃあ、困ることはないじゃないか」

「なんやかやで毎月結構維持費がかかるんだ」

「親父さんが出してくれるんだろう、いいじゃないか」

「親父は俺に払ってくれと言っている。それに固定資産税も払えと言うんだ。維持費の一切合切を俺に払えと言うんだ。結構な額になる」

「前の家賃と同じくらいならそれでもじゃないか? それに会社の近くだから便利だろう」

「もっとかかるから困っているんだ」

「交通費はかからないだろう」

「交通費はかからないが、もともと通勤手当が出ていた。それもなくなったから関係ない」

「確かに交通費は出ないな。あそこはバスも通っていないし、それに歩ける距離だからな」

「何が問題なんだ?」

「金だけでもじゃないんだ。掃除もある。今までは1LDKだから掃除なんて時間もかからなかった。今は200㎡位あるから、広くて掃除する気にもならない」

「200㎡もあるのか、誰かに頼んだらどうだ? 家事代行にでも」

「ああ頼んでみた。結構な金になる週1回でも月4~5万位はかかる。こんなにかかると女の子と遊ぶ金がなくなる」

「それで悩んでいたのか。部屋はどうなっているんだ」

「バストイレ付きのメインルームとほかにサブルームがあるが、これもバストイレ付きだ。リビングダイニングが50㎡くらいある。それにキッチンだ」

「すごいな」

「もともとその親父の友人が会社のビジター接待用に使っていたそうだ。パーティーができるようにリビングダイニングにはおまけにトイレがもう一つある。トイレだけでも3つだぞ。ほかにカラオケができるようになっている」

「カラオケもあるのか、それは一人じゃ使いきれないな」

「まあ、カラオケは練習に使っているが、広すぎる。無用の長物だ」

「売ればいいじゃないか」

「売れば今なら2億近くなると嬉しそうに言っていたが、持っていたいみたいだ。親父は上京した時のホテル代わりに使っている。維持費がかかり過ぎるので俺に何とかしてくれということだ」

「断れなかったのか?」

「最近、経営がタイトになってきているといっていた。親父は俺みたいに東京へ出たかったそうだが、出してもらえなかった。だから東京にマンションが持てて嬉しいみたいだ。俺は東京の大学へ出してもらって、こちらで就職もしたし、我が儘を聞いてもらっている。だから引き受けざるを得なかった」

「サブルームを誰かに家賃をとって貸したらどうだ」

「それも考えたが、プライバシーが心配だ。女の子も連れ込めなくなる」

「女の子とはホテルでいいじゃないか」

「いつもホテルとはいかないだろう。金が持たない」

「じゃあ、気遣いのいらない年配のおばさんにでも貸したらどうだ? ただし、家賃を安くして、時々掃除、洗濯をしてもらう条件なら、いそうだぞ」

「年配のおばさんか? それなら気を遣わなくていいな、ありかも?」

「掃除と洗濯をしてくれて、朝食ぐらい作ってくれれば十分じゃないのか?」

「確かにいい考えだな」

「誰かいれば紹介しよう」

「頼むよ」

相談した甲斐があった。いいことを教えてもらった。要するに同居人を探せばいい。それも掃除や洗濯をしてくれる気遣いの不要な人で、家賃を安くして、光熱水費を半分くらい負担してもらうことで、随分助かる。良い考えだ!
俺、篠原真一も隆一と立場は同じだが、家業を継ぐのがいやで東京へ逃げてきているというのが本当のところだ。できればこのままずっとこの会社に勤めていたい。

入社10年目で32歳だ。その前は広報部、その前は広告宣伝部にいた。新しいことを考えることが好きで、そういうセンスもあるのかなと思っている。それがまわりからも認められて、2年前から企画部にいる。

周りから見るとエリートと見えるようだが、そんなことはない。普通になんとかやっているだけだ。ただ、自分に向いている部署だと言える。

ここ1か月もかかって検討してきた企画書がようやく出来上がった。社内の機構改革の原案だ。すでに企画部長とは調整済みの資料だ。

明日の午前中から各本部長など幹部に説明して回る予定になっている。了解が得られれば取締役会に諮り実行に移されることになる。重要書類だからマル秘扱いと記している。

コピーを12部作成する。これで今日の作業は終わりだ。

ほっとして部屋に戻ったところで後ろから呼び止められた。

「すみません。資料をお忘れになっていませんか?」

振り向くと黒いスーツを着て赤い縁のメガネをかけたいかにも地味な女子社員が書類を持って立っている。

あ、まずい! その書類、今終えたコピーの原紙だ!

「私の書類だけど、どこにありましたか?」

「コピー室のコピー機に残っていました。取り忘れではないですか?」

まずい、マル秘資料を見られてしまったか?

「これを読みましたか?」

「はい、ざっと目を通しました」

「そうですか。なぜ、私の資料と分かったのですか?」

「企画部と書かれていましたし、私がコピー室に入る時に出ていかれるのを見たからです」

「私が誰だか知っていた?」

「知っています、企画部の篠原さんでしょう。女子の間では有名ですから」

「君は?」

「総務部の白石です。ここへ派遣されてきてまだ半年ですから知らなくて当たり前です」

「読んでしまったのはしかたがない。中味は誰にも話さないようにお願いしたい。この資料の存在自体も」

「中味は読んではいませんし、マル秘が目に入っただけです。私は派遣社員ですから関心はありません」

マル秘資料を見られたこととは別にとっさに良いことがひらめいた。ここしばらく悩んでいたことの解決策が見つかった。

「白石さん、折り入って相談したいことがあるけど聞いてくれないか?」

「相談って、業務に係わることですか?」

「いや、プライベートなことだけど、これも秘密厳守でお願いしたい」

「いいですが、相談にのれるかどうか分かりませんが、聞くだけでもよろしければ」

「それでいいから、今日仕事はいつごろ終わる?」

「6時ごろには終わると思います」

「それなら6時から1時間、21階のC会議室をとっておくから来てもらえないか?」

「分かりました。丁度6時とお約束できませんが、いいですか」

「それでいいから待っている」

「お伺いします」

俺が相談したいと言ったら断る独身の女子社員はいない。そう思っていたが、彼女も断らなかった。きっと提案も受け入れる。そう確信した。

俺の会社の勤務時間は9時から5時までだが、いつもは7時ごろまでは仕事をしている。まあ、サービス残業と言えるかも知れない。7時以降までかかる時には超過勤務を申請している。

今日は6時少し前になったので予約しておいたC会議室へ向かう。C会議室は小さな机が入った4~6人で会議する小部屋だ。

5時以降でも各会議室は結構使われていて、相談するなら社外でするよりもこの方が目立たない。

6時丁度に着いたが、まだ彼女は来ていなかった。

5分ほどして落ち着いた様子で、彼女が現れた。喜んでいる様子もなく至って冷静だと見た。

「遅れてすみません。コピーを頼まれたのですぐには出られませんでした」

「もう仕事は済んだのですか?」

「はい、帰り支度をしてきました」

帰り支度とはいうものの昼間にあった時の服装とほとんど同じに見えた。

髪は後ろに束ねてポニーテイルにしている。赤い縁のメガネは結構厚いので、かなりの近眼みたいだ。

化粧していないのかと思うほど化粧も薄いし、口紅も薄い。

正に色気のない地味子で、頼むにはうってつけの女子に思えた。

彼女は間違いなく俺の趣味ではない。この女子になら絶対に手を出さないし、出したくもない、そういう安全パイに思えたからだ。

彼女も俺に関心はあっても好きになろうとか好かれようとかは思わないだろう。立場が違い過ぎる。そう確信できた。

「相談したいことだけど、今、私のマンションの同居人を探しています」

「同居人を探してほしいのですか? 私に?」

「2か月前に引っ越したけど、広いうえに維持費がバカにならない。だから同居人を探しています。男女は問いません」

「私には同居をするのにふさわしいと思い当たる人はいませんが」

「同居の条件だけど、部屋は10畳くらいでバス、トイレが付いて部屋代は月3万円。光熱水費を月2万円負担していただく。

それと週に1回、マンションの各部屋及びトイレ、風呂の掃除と玄関マットや私のベッドのシーツ、枕カバーなどの寝具、バスタオルなどの洗濯をしてもらうことです」

「家賃が3万円は魅力ですね。光熱水費はどこでもかかりますが、2万円は少し高いですね」

「条件は結構いいと思うけどね」

「確かにそうですね。その条件なら同居を希望する人はいると思いますが」

「それで白石さんはどうかと思って」

「私ですか?」

「考えてみてくれませんか?」

「どうして私なのですか?」

「白井さんなら身元も分かっているし安心して貸せるから」

「それは答えになっていないと思いますが」

「じゃあ、はっきりいうけど、白石さんとなら絶対男女の関係にはならないと思うから」

「ええー、そんな理由からですか?」

「君に手を出したりすることは誓って絶対にしない。なんなら契約書に明記しても良いけど」

「おっしゃることは分かりました」

彼女は俺の顔をジッとみたので、見返すと目をそらせた。

「まあ、考えてみてくれませんか? 今週いっぱい。金曜日にでも可否を教えてくれればいいですから」

「そうですか? 考えてはみますが?」

「望み薄かな?」

「金曜日にお答えします」

白石さんはそう言うと会議室を出ていった。

どうかと提案した時、彼女は驚きの表情を見せたが、喜んだ表情も見せなかった。また、回答を留保してすぐに断りもしなかった。

これは想定したとおりだった。彼女なら冷静に是非の判断をするはずだ。

彼女を見た時に直感的に思い立ったが、その直感がどこから来たのかは分からない。

でも、まあ言ってみれば、俺にとって地味子はお菓子袋の乾燥剤と同じ。『人畜無害、でも食べられません!』いや、食べようとも思いません!
金曜日の4時に内線が入る。

「篠原ですが?」

「白石です。ご提案を前向きに検討させていただきたいと思います。実際の同居スペースなどの詳細な条件をお聞きしたいのですが?」

企画書の説明をして回るのに頭が一杯で忘れていた。周りに聞かれたらまずいので、とっさに声を落として話す。

「それなら、直接マンションを見に来てくれませんか? 場所は六本木交差点から歩いて15分くらいのところです。マンション名は『タワーマンション ひかり』です。ネットで場所は調べて下さい。すぐに分かります。明日土曜日の午後2時にマンション入口前まで来てください。待っています」

「分かりました。2時に伺います」

前向きに検討すると言ってきた。悪い条件ではないと思っていたが、やはり食いついてきた。

*******************
丁度2時にマンションの入口前に彼女が現れた。

あの黒のスーツ姿に赤いメガネだ。遠目でも彼女と分かった。

あの格好、何とかならないものか? でもその方が良いのかもしれない。

入口ドアを開けてロビーに招き入れる。とりあえずロビーのソファーで話をする。

「すぐにここが分かりましたか?」

「はい、すごいマンションですね。玄関とロビーをみても高級なのが分かります。こういうのを億ションというのですか?」

「親父の持ち物だから」

「お父さまはお金持ちなのですね」

「故郷で地味な商売をしている。ここは友人に頼まれて買ったそうだ。バブルがはじけたころと聞いている」

「あれから考えてみました。私は派遣社員でお給料が少なくて精一杯節約して生活しています。衣服にかける余裕がありませんので、このとおり、いつも同じ黒のスーツです。おかしいでしょう」

「そんなことはない。実用的で無駄がないと思うけどね」

「お家賃が3万円なら助かりますので考えてみます。どういう生活になるのか想像できなくて、詳しくご相談したいと思いました」

「それなら、僕の部屋へ来てもらっていいかな? 実際に見てもらった方がいいから。それと心配しないで、何度も言うけど君をどうこうしようとは思っていないから」

「分かっています。篠原さんを信用しています」

コンシェルジェのいるカウンタ―の横を通り過ぎてエレベーターに向かう。

コンシェルジェが会釈をするのを受けて軽く会釈を返す。地味子ちゃんも会釈を返している。

彼の目に地味子がどう映ったのか、聞いてみたくなった。

コンシェルジェは来客の案内をしてくれるほか、宅配便の受け取りなど生活の支援をしてくれる。ただ、朝7時からで夜9時まで、それ以降はいなくなる。

マンションはオートロックでキーがないと入口のドアが開かない。それに監視カメラが随所に備え付けられている。

これを警備会社が24時間監視しているので、セキュリティーは万全だ。まあ、管理費が高額になる訳だ。

エレベーターで32階へ向かう。35階建てなのでここはほぼ最上階だ。このフロアーには4戸しかない。

左隣りはどこかの国の大使館の職員が住んでいると聞いた。一度だけ部屋を出た時に会って挨拶を交わしたことがある。上品な初老の紳士だった。

右隣りには誰が住んでいるか分からない。このフロアーのほかの住人には今まで顔を合わせたことがない。

32階に着いた。エレベーターを出て5mほどで3202号室だ。ドアを開けて俺が先に入る。地味子がおそるおそる入って来る。

「すごいですね。これが億ションですか?」

「今買うと、2億円近くはすると聞いている」

「管理費が高いのが分かります」

「ここが玄関、ここで靴を脱いでくれる?」

「この先がリビングダイニングですか? すごく広いですね」

「50㎡はあると思う。大きなソファーのセットがあるだろう。4人掛けが2つ、一人掛けが2つで10人は座れる」

「全面ガラスの大きな座卓、古いけど素敵ですね」

「それにダイニングテーブル、10人は一度に食事ができる。食器棚には10人分のフルコースの食器がそろっている」

「普通の造りではないですね」

「少し古いがカラオケシステムもある。壁にスピーカーがあるだろう」

「本格的ですね」

「自分の練習のためにカラオケの装置だけはここへ来てから新しいものにしたけどね」

「へー」

「ここはどこかの会社のまあ迎賓館だったようだ。玄関脇にトイレもある」

「トイレはそこだけですか?」

「いや、メインルームとサブルームにもある。それぞれお風呂とトイレが付いている。見てみる?」

「はい」

「ここがサブルーム、もし同居するならここが君の部屋になる。バス、トイレ付だ。机と椅子、クローゼット、ベッドも備え付けてある。一方の壁側が全面、棚になっている」

「ここからはすごく見晴らしがいいですね」

「ああ、それにここなら覗かれる心配もない」

「確かにそうですね」

「僕が使っているメインルームを見るかい?」

「見せてもらっていいですか?」

「ああ、掃除をしてもらわないといけないから」

リビングダイニングを横切るとドアがある。その奥に俺が使っているメインルームがある。

「サブルームよりもずっと広いですね」

「ベッドはダブルベッド、それにウォークインクローゼットがついている。テレビも置いている。こちらがバスルーム、広いので洗濯乾燥機の置き場にもなっている。洗濯はここを使ってくれればいい」

「ここだけでも生活できますね。キッチンはあるのですか?」

「キッチンはリビングダイニングの奥にある。案内しよう」

リビングダイニングの奥に目立たないキッチンがある。

「ここですか、意外と狭いですね」

「大型の冷凍冷蔵庫、ガスレンジ、電子レンジ、食器洗い機、流しがあるが狭い。この広いリビングダイニングにお客を招いて、ケイタリングで10~20人くらいでパーティーをするような想定だと思う。まあ、二人で住むのなら十分だと思うけど」

「そうですね。大体わかりました」

「ソファーに坐って相談しよう。コーヒーを入れてあげよう」

コーヒーメーカーでコーヒーを2人分作る。それを地味子が見ている。

「砂糖とミルクはどうする?」

「ブラックでお願いします」

出来上がったコーヒーを持ってソファーへ行く。

「もう少し詳しい条件を聞きたいのですが」

「君はあのサブルームに住む。家賃は3万円。光熱水費2万円を負担する。各部屋は冷暖房機が付いている。

週に1回、全部屋の掃除、風呂とトイレの掃除、僕のベッドのシーツ、寝具、バスタオル、タオルなどの洗濯・乾燥をしてもらう。

それに一番大切なことだが、お互いのプライバシーを尊重する」

「同居していることも秘密ということですね」

「そうだ。いらぬ噂をたてられても困る。君もそうだろう。これは賃貸雇用契約だから契約書もしっかり作ろうと思っている」

「契約期間はどれくらいですか?」

「俺は今32歳だが、35歳までは結婚する気はないから、3年間でどうかと思っている」

「間違いないですか?」

「もしそれ以前に契約を解除する場合は引越し費用を俺が負担する。それも契約書に書こう」

「3年間家賃が3万円なら、かなり貯金できますからそれでいいです。億ションに住めるなんて一生に一度あるかですからね。私の話も聞いてもらえますか?」

「まず、確認事項ですが、メインルームのバスルームにある洗濯乾燥機ですが、いつ使えますか?」

「俺の洗い物は夜に入れて翌朝に取り出すから、白石さんのものは朝に入れて帰ってきてから取り出すことでどうか。シーツ、寝具などは土日に洗濯することでいいんじゃないか。俺がいないときでも部屋には自由に入って使って下さい」

「お部屋に勝手に入ってもいいんですか?」

「白石さんを信用している。そうでないと掃除もしてもらえないだろう。でも、俺は白石さんの部屋に勝手に入ったりしないから、安心して」

「分かりました。そうさせてもらいます。このリビングダイニングは共用スペースとして使わせてもらっていいのですか? キッチンも?」

「もちろん、自由に使っていい。冷凍冷蔵庫なども自由に使っていい。中の棚を分けるのもいいかもしれない」

「私は外食しないので、朝と晩は自炊したいのですがいいですか?」

「いいよ、好きにしてくれて。僕は飲んで帰ることも多く、夕食はほとんど外食している。たまに弁当を買ってきて食べるくらいだ。朝はトーストと牛乳くらいの朝食をここで食べている」

「朝食は同じ時間に食べることになると思いますが」

「一緒に食べればいいじゃないか」

「それなら朝食の準備は私がします。2人でキッチンは狭いですから」

「それならお願いしたい」

「一定額をお預かりして私も同額出しますから、そこから朝食の材料を私が買うことでいいですか?」

「いいよ。こちらもその方が楽でいい」

「朝食のご希望はありますか?」

「トーストと牛乳があればいい。ほかはまかせる」

「了解しました。夕食は必要ないですね」

「ああ」

「その方が気楽です」

「それから俺の友達を連れて来てここで2次会をすることがあるけど、給仕や後片付けをしてもらえるかな? いつか週末までそのままだったことがあるので」

「いいですけど、個別にお手当をいただきたいです。不規則で契約外と思いますので」

「ああ、その方がこちらも気兼ねなくお願いできる。それなら時給はいくらにする?」

「夜は時給1000円くらいが相場だと思いますが、どうですか?」

「了解した。これで2次会の経費が安上がりになる」

「お友達との飲み会などは多いのですか?」

「飲み仲間は結構多い。それと女子を連れ込むことがあるかもしれないけど気にしないでくれ」

「リビングダイニングで鉢合わせはしたくないですね」

「そこは考える」

「私も友人を連れて来ていいですか? 女の友人ですけど」

「いいよ、この同居関係の秘密を守ってくれる人であれば」

「信頼のおける友人ですから心配ありません」

「それで提案なんだが、マンションのコンシェルジェへの説明用の俺たちの関係だけど従妹としたい。

つまり俺の叔母さんの娘だ。俺の社外の友人にもそう説明する。住まわせて面倒を見る代わりに、身の回りの世話をしてもらっていることにしたい。

それで今の感じでいいと思うけど、社外の友人の前では目立たないように地味にしていてほしい。それと社内の人には秘密にする。会社の人は絶対に連れてこないから」

「分かりました。いらぬ噂を立たせたくないのですね」

「白石さんなら分かってくれると思っていた」

「お安い御用です。問題ありません。立派に地味な従妹を演じますから」

「ありがたい。これで一安心だ。言いたいことはすべて話した。他に何かある?」

「住所変更はここでいいですか。郵便物もここへ届くことでいいですか?」

「問題ない。コンシェルジェには従妹が同居すると伝えておくから」

「引越しはいつがいいですか?」

「いつでもいいけど、週末がいいんじゃないか?」

「再来週の日曜日にします」

「了解した。手伝うよ」

「お手伝いはご無用です。ここの家電や食器棚を使わせてもらいますので、荷物も少なくなります。ご心配なく」

「でも俺がここにいないと困るだろう。コンシェルジェには話しておく。それから契約書を作っておくから、出来上がったら連絡する」

「分かりました。では、これで失礼します」

地味子は帰って行った。何とかなった。これで気楽にマンション生活が楽しめる。

地味子ならいても気遣いすることは全くない。地味子には女を感じないし、空気と同じだ。ムラムラして襲いかかるなんて想像もできない。

地味子も俺に好かれるなんて想定外だろう。
俺は毎日仕事が終わってから賃貸雇用契約書を作った。同居して何が起こるか分からないから細かいことまで想定しておいた。

地味子の身元も考えてみれば明確ではない。個人情報を集めることが難しくなっているのでしかたがない。

我が社に派遣されているのだから身元は確かだろう。派遣先を信頼するしかない。話をしたところはそんな悪い性格でもなさそうだった。それなりの安心感はある。

契約書をしっかり作っておくに越したことはない。それで隆一に立会人になってもらうことにした。

そのことを話すと隆一は快く引き受けてくれた。地味子にそれを電話で伝えるとその方がよいと承知してくれた。

金曜日の勤務時間後、6時にC会議室に3人が集まることになった。隆一と二人で待っていると地味子が現れた。相変わらずのスタイルだ。

「親友の山本隆一君だ」

「ときどき廊下でお目にかかりますね。確か商品企画部ですね」

「よく知っているね」

「男子の独身者は時々噂になりますので」

「悪い噂はないと思うけど」

「大丈夫です」

「それで立合人になってもらうことにした。第3者がいるとお互いに安心だろうと思ったからだ。もちろん秘密は守ってくれる」

「私もその方が良いと思います。よろしくお願いします」

「それじゃあ、契約書を見てくれ。隆一もチェックしてくれ」

二人は契約書を読み始めた。二人が読み終えて顔をあげたので。俺が説明を始める。

「先週の土曜日にマンションで白石さんと相談したことをまとめた。念のために条項を加えてみた。『甲と乙は恋愛関係になってはならない』としたけど、どうかな?」

「私はそれでいいです」

「読ませてもらったがよくできている。妥当なところじゃないか」

「それじゃあ、3通に立会人も含めて、それぞれ署名、押印して、各1通ずつ保管する。何か問題があれば協議する。これも書いておいたから」

「分かりました。不都合があれば、まず山本さんに相談します」

「そのための立会人だ。隆一も頼む」

「ああ引き受けた」

「それから来週の日曜日の午後に荷物を搬入しますから、よろしくお願いします。もう引越し屋さんに頼みました。荷物は多くありませんから、お手伝いは不要です。立ち会っていただくだけで結構です。それでは失礼します」

地味子は契約書をリュックにしまって帰っていった。隆一は何か言いたそうに残った。

「はじめて彼女と話したが、しっかりした良さそうな娘じゃないか? 地味だけど好感が持てる。おまえの方こそ好きになったりしないか? 大丈夫か?」

「隆一にしてはおかしなことをいうな」

「おまえ好みのような気がしたからな」

「馬鹿を言うな。それは絶対にない。だから同居人に選んだ」

「それならいいが」

「すまないな、立会人になってもらって」

「この方が後々まで心配ないからな。これがよかったと思うよ」

いつも隆一には助けられている。今度もいろいろ知恵を貰った。持つべきものは頼りになる友人だ。

*******************
地味子の引越しの日の日曜日になった。昨日のうちにサブルームをはじめ各部屋の掃除をしておいた。はじめから汚れた部屋を掃除してもらうのは忍びない。

約束したとおり、コンシェルジェには従妹が同居すると話しておいた。また、引越しの日時も知らせておいた。

コンシェルジェは分かりましたと、それ以上は何も聞かなかった。住人のプライバシーの問題には触れてこない。まあ彼にはどうでもよいことだ。

午後1時にコンシェルジェから電話が入る。ここの電話は内線も入るようになっている。すぐに通してくれるように言った。しばらくしてドアチャイムが鳴る。

ドアを開けると私服の地味子がいた。どこかのおばさんのような地味な服装だ。

地味子の後から、引越し屋が荷物を部屋に運び込む。

机と椅子、小型テレビ、2人掛けのソファー、座卓、ふとん、後は段ボール箱が20個くらい。すぐに搬入が終わった。

確かに手伝うことはない。立ち合いだけで十分だった。俺はソファーに坐ってそれを見ている。終わると地味子が挨拶に来た。

「今日からお世話になります。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく。これがマンションのキーだ」

「ありがとうございます」

「君の部屋には内鍵がついているから確認しておいて」

「分かりました。それでは後片付けをしますので」

地味子は部屋に入っていった。その日はもう部屋から出てこなかった。

いや、俺がずっと自分の部屋にいたり、食事のために外出したりしたので会わなかっただけかもしれない。

これから同居生活が始まる。
誰かがドアをノックしている。誰だ! うるさい! 目が覚めた。

時計を見ると8時少し前だ。しまった寝過ごした! ドアをノックする声が聞こえる。

「篠原さん、起きなくてもいいんですか? 今日はお休みですか?」

地味子の声だ。昨日から同居生活が始まっていたことを思い出した。

「今起きた、少し寝過ごした。すぐに行くから」

すぐに部屋に続いているバスルームへ行って、歯磨き、髭剃り、洗顔して、髪を整える。

スーツに着替えて、リビングダイニングへ行く。

そこには黒いスーツにエプロンをした地味子が待っていた。

テーブルにはトーストと温めたミルクがカップに用意されている。

それにカットされたりんごとバナナが皿にのせてある。

俺一人分が用意されている。

「白石さんは、もう食べたのか?」

「はい、お先にいただきました」

「篠原さんが何時に起床するのか聞いておくのを忘れていました」

「7時には起きるようにしているけど、今日は寝過ごした。起こしてくれてありがとう」

「私は6時に起きるようにしています。通勤時間が1時間以上かかったので7時30分には出かけなければなりませんでしたから」

「ここなら、会社まで歩いて15分くらいだから8時半過ぎに出かければ十分だ」

「それじゃあ7時に起きれば十分ですね」

「そうだ、それでも少し早いかもしれないけどね」

「明日からは7時に起床、7時30分に朝食、8時30分に出勤でいいですか」

「それでいい、ゆとりもあるから」

「私はもう少し早く起きて自分のお弁当を作ります」

「へー、昼はお弁当か?」

「外食は高くつきますから、夕食も自炊します」

「好きにしたらいいよ」

「朝食を準備しましたが、それでいいですか。私もいつもはそれくらいですが」

「準備してくれてありがとう。あとチーズとかプレーンのヨーグルトがあればいいけど」

「分かりました。明日はそれも準備します」

「あとで費用を払っておく。とりあえず1万円払っておくから、足りなくなったら言ってください」

「私も1万円だして、そこから朝食の材料を買います」

「まかせた」

簡単な朝食でもこれだけ食べておくとお昼までもつ。

急いで食べ終わるとすぐに後片付けをしてくれた。

意外と地味子は役にたつ。同居は正解だったかなと思う。

「8時30分になったら出かけるけど、一緒には出勤しない方が良いと思うので、少し前に出てくれ、俺は君の後にする」

「分かりました」

「会社への道順は分かるか?」

「私は方向音痴なのでちょっと不安です」

「初日だから一緒に行こうか、道順を教えるから覚えてくれ」

「すみません。少し離れて歩きます。誰かに見られるかもしれませんから」

「好きにしてくれ」

「そうします」

8時30分になったので二人はエレベーターで降りる。

1階のコンシェルジェに挨拶をしてマンションを出る。

5mほど離れてリュックを肩に担いだ地味子が後ろについて来る。

リュックは食材を買って帰るのに使うと言っていた。地味子らしいスタイルだ。

会社のある大通りに出ると地味子は俺との距離をもっとあけた。

*******************
今日は仕事が定時に終わった。例の機構改革の説明も先週末で大方終えた。今日は月曜日だからデートの約束はしていない。

大通りのトンカツ屋に入る。ここでのトンカツ定食とビールが今日の夕食になる。

1週間のサイクルで毎晩入るレストランというか食堂は違えている。

食事が偏らないためと、飽きがこないためだ。好きな料理も毎日食べるとすぐに飽きてくる。

この辺りはレストランが多いが、新しい気に入った料理を探すのには時間も手間もかかるから、自然に身についた生活の知恵だ。

このトンカツ屋はいつも昼食時には混んでいるが、今の時間、食事をしている客は少ない。これでよく店をやっていけると思う。

この大通りではレストランの出店と閉店が激しい。店の賃貸料が高いからお客が入らないとすぐに閉店になる。大体出店して2か月で勝負がつく。

新しい店ができるとすぐに行ってみる。そして食べてみたい料理を頼む。食べてみてその味と値段のコスパがよければ必ず繁盛している。それは俺でも1回行けば分かる。

ただ安ければいいということもない。うまくて値段が適正ならば客は入る。このあたりの客はみんな口が肥えていてそれなりにシビヤーだ。

サラリーマンは昼飯くらいしか楽しみがないからだ。

同じ店でも経営者が変わることがある。営業不振で設備など一切を引き継いで再開店する。店名が同じこともあるし変わることもある。でもほとんど長続きしない。

その店の広さで1日何食出れば採算が取れるのか、すぐに計算できそうなものだが、その経営感覚が分からない。企画部にいるとすぐこんなことを考えてしまう。

ひとつ言えることだが、料理がうまい店で値段が適正であれば長続きする。ここもその1店だ。

それからその建物のオーナーの老舗の食堂はずっと続いている。それなりの固定資産税はかかるにしても高額な賃貸料が必要ないからだろう。

一時外食に飽きて、自炊をしてみたが、できるのはせいぜい土曜と日曜くらいで、食材が無駄になり、コスパが悪いので止めた。朝食だけにしておいた方がよいと分かった。

お腹がふくれたところで、マンションへ帰る。地味子はもう帰っているだろう。

職住接近は最高だ。勤務時間後の時間が有効に使える。すぐに着く。

ドアを開けて中に入ると、地味子の夕食の匂いがする。献立は何だろう? ちょっと興味がある。

「おかえりなさい」

「ただいま」

帰って家に誰かいて「おかえり」といってもらうのは悪い気がしない。ほっとする。

部屋着姿の地味子を見るのは始めてだ。上下ジャージを着ている。相変わらず、ださい格好だ。

まあ、キャミソールにホットパンツやスケスケの部屋着でも困る。これで丁度いい。

女を感じさせないところがいい。空気みたいに思えるところがいい。

これならこちらも夏は短パン一丁でいいような気がしてくる。気を使わなくていい楽な雰囲気だ。

彼女を同居人に選んだのは正解だった。彼女を見て自然と笑みが浮かんでいたのかもしれない。

「私の恰好がおかしいですか? いままでこうでしたからそのままですけど」

「女子はみんな家ではそうなのか?」

「私の友人はそうですが」

「少し興ざめかな。でも気を使わなくていいから、その方がいいな。俺も適当な恰好をさせてもらうから」

「その方がいいです。私にお気遣いなく。でも裸で歩き回ることはやめてくださいね」

「当たり前だ、自分の部屋だけにする。君もそうしてくれ」

「もちろんです」

「夕食はすんだのか?」

「食べ終わって後片付けをしたところです」

「コーヒーでも飲むか? 淹れてあげる」

「コーヒーが好きなんですね。この前も入れてくれましたね」

「一人でも飲むのもなんだから、付き合ってくれ。ブラックでよかったよね」

「はい、喜んでいただきます」

俺はキッチンでコーヒー豆を挽いて、コーヒーメーカーにセットして水を多めに入れる。これで4~5分で出来上がる。

以前はドリップで淹れていたが、このごろはもっぱらこれで淹れている。

簡単で手っ取り早い。豆を買っておいて付属のミルで粉砕してセットするだけでいい。

1杯分だけよりも2杯分の作った方が上手くはいるように思う。それでいつも多めに2杯分作っていた。

俺は砂糖もミルクも入れて飲む。淹れたコーヒーをソファーへ持って行くと地味子はテレビを見ている。

そして、ビデオのリモコンを触っている。まずい!

大型テレビの映像がHシーンに切り替わる。

地味子があっと驚いてソファーからころげ落ちそうになる。

「それ触っちゃだめだ」

「恥ずかしい。驚きました。突然、大きなHシーンが映ったので」

「ごめん、AVを入れたままだった。見たことなかった?」

「はい、すごいですね」

「あとで片付けておくから、ごめんね」

「そのままでいいですよ、ひとりでじっくり見せてください」

「ええ、そうか、じゃあ、好きにするといい。ビデオデッキの入っているテレビ台の下段に同じようなAVが何枚か入っているから自由に見てもいいよ」

「はい、ありがとうございます」

地味子がAVをじっくり見せて下さいと言うとは思わなかった。

興味があるのかと思って他のAVのあり場所も教えて、見ても良いと言ってしまった。

あんなことは地味子だから言えたのだと思う。

まあ、地味子と同居を始めたので、俺があそこで、一人で見ることもできないから、まあ、いいだろう。あれを見て少しは色気を出したらいい。

あのAVは隆一が簡単に買える方法を教えてくれたので1LDKのマンションにいた時に買ったものだった。

今はネットで注文すると次の日にマンションのポストに配達されている。便利になったものだ。

「このテレビは大型で迫力があっていいですね。テレビは自由に見てもいいですか」

「好きに見てくれていい。テレビは俺の部屋にもあるから」

「カラオケも練習してもいいですか? 歌が下手なので」

「ああ、ここは防音がしっかりしているから、ほどほどの音量でなら練習してくれていい。新しい曲もそろえてあるから、俺も時々新曲を練習しているんだ」

「使い方を教えてください」

リモコンの入力装置を持ってきて使用法を教えることにした。

「ここで選曲する、一曲歌ってみるからやり方を覚えておくと言い。リクエストは?」

「『レモン』をお願いします」

「あるけど難しいよ、俺も練習しているけど」

「いい曲だから練習してみたいんです」

すぐに曲のイントロが始まる。歌詞が大型テレビに映し出される。俺が軽く歌う。地味子はじっと聞いている。

なんとか音程をはずすことなくスムースに歌えた。終わると拍手をしてくれた。良い感じだ。

「すごくうまいですね! その曲は好きなのでパソコンで何回も聞いていましたが、実際にカラオケで歌ったのを聞いたのは初めてです」

「歌ってみる?」

「もう何回も聞いていますから歌えるとは思いますが今はやめておきます。少しひとりで練習してからにします」

「せいぜいここで練習するといいよ」

「誰もいない時に練習させてください」

「じゃあ、自分の部屋に引き上げるとするか?」

「おやすみなさい」

地味子も部屋に戻って行った。

話をすると気さくに相手になってくれる。話し相手としては気楽だし打ってつけだ。いやみがなくて話していても疲れない。

会社で女子と話をする時は気を使うが、気を使わなくて話せるのでほっとするところがある。
同居生活が始まって2週間になる。ようやく慣れて落ち着いて来た。今日は金曜日だ。7時半に恵理とホテルのレストランで夕食を約束している。

約束の時間に着いたが、まだ恵理は来ていなかった。予約席で待つこと20分、ようやく現れた。もともと自分は時間にルーズなくせに、俺が遅れると結構文句を言う。

「待たせてごめんね」

「ああ、20分も待った。すぐに食事を始めよう」

恵理はセフレだ。年齢は27歳。合コンで知り合って意気投合して、すぐに男女の関係になった。もう1年位になるが、彼女には他にもセフレがいるらしい。

はっきりとは言わないが、週末にこちらから誘うと2回に1回は都合が悪いと言うからそうだろう。そして次の週に向こうから誘ってくる。

月に1~2回会うという気楽な付き合いだ。恵理も気楽に俺と付き合っている。今の自分には好都合な相手だ。食事はほとんど俺が奢る。

彼女は大学卒の正社員と聞いている。名の知れた会社に勤めているので、時々会社や仕事の話をすることもある。

でもキャリアウーマンと言うほどではない気がする。仕事も私生活も楽しむタイプだ。

他社の状況も聞いておくとためになるので、情報収集といった観点からも付き合っていて損はないと思っている。

食事が終わるとホテルの最上階のラウンジへ行く。見晴らしも良いし女子はこの雰囲気を好む。値段も知れている。この辺のどこかのバーへ行くよりもよっぽどコスパが良い。

そのままホテルに部屋をとって泊ることもあるが,気心が知れてきたこの頃はお互いの部屋に泊まるようになっている。これまで3回に1回は俺の部屋に来ていた。

ただ、親父のマンションへ引っ越してから、部屋へ連れてきたことはなかった。どうしても泊まりたいと言うので断るまでもなかった。

「ちょっと待って、電話を入れさせてくれ」

「誰か家にいるの?」

「ああ、従妹つまり親父の妹の娘が一緒に住んでいるから、一応連絡しておく」

「へー、従妹ね。会ってみたいわ」

「顔を合わせないように頼んでおくから」

席を外して、地味子の携帯に連絡を入れる。

「白石さんか? 俺だ。これから女性を連れて行く。俺の部屋に泊まる。だから君は部屋からできるだけ出ないでくれ。それから君のことは従妹ということにしてあるからよろしく」

「分かりました。鉢合わせしないように気を付けます」

上手く連絡がついた。これで一緒に帰れる。

この時間はもう玄関受付にはコンシェルジェはいない。毎回連れが違うこともありえるので、まあ、見られない方が無難だ。

この時間は1階のロビーで住人に会うこともまれだ。エレベーターで部屋へ向かう。

「すごいマンションね」

「親父のだ。維持費がかかって困っている」

「お部屋を見るのが楽しみだわ」

ドアを開けて恵理を招き入れる。地味子とはできれば会わせたくない。地味子は部屋にいて「おかえりなさい」とも言ってこない。

「すごく広いわね、これが億ション?」

「築年が古いけど今買えば2億位はするそうだ」

「俺の部屋においで」

「従妹さんはどこにいるの?」

「向こうの部屋だ。出てこないように言っておいた」

「せっかくだから会ってみたかったのに」

「疑っている?」

「じゃあ、会わせてよ」

「会ってもしょうがないだろう。恵理、君の方がずっと魅力的だ。それに従妹だ。張り合ってもしかたがないだろう」

「分かったわ」

「シャワーを浴びないか?」

「そうね」

ようやく恵理は諦めた。女の直感なのか? 従妹を疑っている。

これが最良の設定と思っていたが、確かに嘘っぽくは聞こえる。関係を疑うのは当然だろう。

俺がシャワーを浴びていると、恵理も浴室に入ってきた。ここまでくるといつもの二人に戻っている。

お互いに身体を洗い合っていると、その気になってくるのに時間はかからない。すぐにベッドで愛し合う。

以前の1LDKの部屋にはセミダブルのベッドを置いていたが、ここのメインルームは広いのでダブルベッドを置いている。

これだけ広いと愛し合った後も二人ゆっくり眠れる。とはいうものの恵理は俺にしっかり抱きついたまま眠っている。

こんなところが恵理の好きなところだ。いつも突っ張っているようだが、可愛さを感じる。

このように抱きつかれると悪い気はしない。そう感じるのは俺だけだろうか? 心地よい疲労と恵理の温もりにいつしか眠ってしまった。

*******************
部屋の明るさで目が覚めた。窓から青空が見える。目覚ましを見るともう8時を過ぎている。

まだ、寝足りない。もう少し眠りたい。

抱きついて寝ていたはずの恵理がベッドにいないのに気が付いた。

まさか! 地味子に会いに行った?

とりあえずシャワーを浴びて、部屋着に着替えてリビングへ行くと、恵理はソファーに坐ってトレーナー姿の地味子と仲良く話をしている。

「おいおい、二人共どうしたんだ? 何の話をしているんだ? 俺の悪口でも言っていたのか?」

「目が覚めたら喉が渇いたので、冷蔵庫に何かないかと出てきたら、従妹さんに会ったからご挨拶をしてお互いに自己紹介をしていたところ」

「それで、気が済んだのか?」

「いい人と同居しているのね、掃除と洗濯をしてもらっているなんて、ずぼらなあなたにはピッタリね。結衣さんから聞きました」

「話したのか?」

「はい、聞かれたのでお話しました」

「そうか、恵理はそれで気が済んだのか?」

「ええ」

恵理は地味子を見て安心したようだった。仮に従妹が嘘だったとしても、彼女が俺の趣味ではないと一目で分かったはずだ。

これなら誰を泊めても二人の関係を疑われることはないだろう。

同居を地味子にしてよかった。しっかり対応してくれた。これで地味子にも気兼ねなく女性を泊められる。

それから、3人一緒にいつもの朝食を食べた。朝食を食べ終わると恵理は帰っていった。

地味子は土曜日の今日はこれから全部屋の掃除と洗濯を始める。俺はソファーに坐って終わるのを待っていればいい。

お昼近くになって掃除と洗濯が終わった。

「ご苦労さん、ありがとう、疲れただろう」

「いえ、お家賃分と思えば楽なものです。あとシーツとバスタオルなどが乾燥中なので、1時間もすればお仕舞いです」

「手が早いね、俺がやっていた時には丸1日かかっていたけど」

「3~4時間もあれば十分です」

「そうか、プロならそれくらいか? 白石さんが来る前は掃除の業者に頼んでいたんだ。でも費用がバカにならなくて、それで掃除してくれる同居人を探したんだ」

「これくらいで家賃が格安なんてラッキーです」

「コーヒーを入れてあげよう」

「ありがとうございます。本当にコーヒーがお好きなんですね」

「ああ」

淹れたコーヒーをソファーまで運んでいく。

「恵理さんとかいう人、素敵な人ですね? いずれは結婚するんですか?」

「いや、考えていない。彼女も今は考えていないと思うけどね」

「それじゃあ、なぜ泊っていくんですか?」

「まあ、いわゆるセフレかな」

「でも私のことが気になったみたいでいろいろと聞いていました。それはあなたのことが気になっているからです」

「そうかな、彼女もフリーでいたいと思っているはずだ」

「自分の将来を考えないで女子が泊って行くことはないと思いますが」

「そうかな」

「私には考えられません」

「そんなに堅苦しく考えることはないと思うけど、今が楽しければいいんじゃないかな、先のことは分からないしね」

「先のことは分からなくても将来展望は大切だと思いますけど」

「君はどうなんだ?」

「今は付き合っている人がいませんから将来展望もありません」

「そうなんだ」

「午後から出かけますので、これで失礼します」

地味子はコーヒーを飲み終えるとカップを片付けて自分の部屋に戻って行った。

しばらくして出ていった。外出するときの姿を見たが、相変わらずどこかのおばさんのような目立たない地味な服装だった。
今日は隆一と居酒屋で飲んだ。大体月1回位はお互いの都合がつけば飲んでいる。入社して親しくなってからこれがずっと続いている。

「どうだ、彼女との同居生活はうまくいっているのか?」

「意外とうまく行っている。掃除・洗濯をしてくれることが何よりだ。そばにいても気を遣わなくていいし、気にもならない」

「いい娘なんだろう?」

「ああ、いい娘だ。気楽に話し相手にもなってくれて、それに話しているとなぜか気が休まる」

「それはよかったな」

「でも好きにならないかな、そういうところがあるとしたら」

「もう少し可愛いとその気になるかもしれないが、地味過ぎて色気もないしね」

「可愛かったらその気になるというのは少し心配だな」

「大丈夫だ。契約書にも書いた」

「困ったことがあったら相談にのるから」

「そんな時は相談するけどね」

毎回場所を替えているが、2時間くらい飲んだら早めに引き上げている。これが気楽でいい。

まあ、一緒に飲んで言いたい放題言い合ってストレスを発散して帰るといったところだ。

9時過ぎにマンションの部屋に戻ってくると、地味子と友人と思われる女子が二人でカラオケの練習をしていた。

俺が帰ってきたことが分かるとすぐに止めた。

相手の女子は地味子と同じ黒いスーツを着ていて地味子の友達にふさわしい地味なスタイルだ。

「こんばんは、すぐに止めなくてもいいよ。ドアの外からも聞こえなかったから」

「もう少し遅くなると思っていました」

「今日は隆一と飲んだから、そうは遅くならなかった。大体こんな時間だ。彼女を紹介してもらっていいかな」

「私の友人の山内さんです」

「こちらはここのオーナーの篠原さんです」

「山内さん、白石さんから聞いていると思うけど、二人の同居は口外しないでください」

「聞いています。ご迷惑はかけません。私はこれで失礼します」

「ゆっくりしていっていいんだよ」

そうは言ったが、その友人は慌ててすぐに帰っていった。

「私が前に勤めていた会社の同期です」

「そうなんだ。友人は大切にしないとね」

「そうですね。彼女はいつも私を助けてくれましたから」

「前の会社はどうして辞めたの? 差支えなければ聞かせてくれないか?」

「前の会社はセクハラが原因でやめました。直属の独身の上司からセクハラを受けて、随分我慢していましたが、山内さんの勧めもあって、会社に助けを求めました」

「それで」

「その訴えが認められて、上司は転勤になりました。セクハラの事実を知っている周りの人から私にも落ち度があったと非難されました」

「上司の方がはるかに悪いと思うけどね」

「山内さんもそう言って励ましてくれました」

「でも、会社は辞めたんだね」

「そうです。私もすべて忘れて出直そうと思ったからです」

「それで今の派遣会社へ就職した?」

「新しい会社を探すのも大変なので、この方が気楽かなと思ってそうしました」

「でも収入は相当少なくなっただろう」

「3~4割少なくなりました」

「それで生活が苦しくなった?」

「だからできるだけ質素に暮らしています。もともと大学に通っているときから質素な生活には慣れていましたから。確かに原因は私にもあったのかもしれません。大学を卒業して就職してからは、お給料が全部仕えるようになって、気に入ったお洋服を買ってお洒落をするのが楽しみになりました」

「就職したての若い娘は皆そうだと思うけどね」

「それで服装や化粧が少し派手になったのかもしれません。そうした油断が上司に誤解を与えたのかもしれません」

「それは違うと思うけどな。大体、執拗なセクハラをするやつとかストーカーをするやつはどこか普通じゃないんだ」

「でもそのきっかけは私が作ったのだと思います」

「そんな風に考える必要はないと思うけどね」

「それで派手な服装やお化粧をそれからはしないようにしています。もちろん経済的なゆとりもありませんから丁度よかったのですが」

「それで地味で目立たないようにしているのか」

「やはり、目立ちませんか?」

「白石さんに同居の声をかけたのも目立たなくて地味だったからだ」

「それならよかったといえばよかったです。篠原さんからのお話はありがたかったです」

「それより家賃の負担が減って生活が楽になったのなら、白石さんの着飾った姿を見てみたいな」

「どうですか、でも最初におっしゃっていたとおり、地味の方がいいんでしょう。それに当分は考えていません」

「残念だけど、それもそうだ。白石さんが可愛くなって恋愛感情が起こっても困るからね。話したくないことを聞いて悪かった。もう君のことは聞かないようにしよう。これで終わりだ」

「ひとつ提案があります。今日のような鉢合わせもありますので、差し支えない範囲で毎日の帰り時間をお互いにメールで知らせ合うというのはどうですか。お互いに友人と鉢合わせするリスクも少なくなると思いますが」

「そうだな、その方がよいかもしれない。メルアドも教えてくれる」

「はい」

確かに、面倒ではあるが、その方が返って気楽だ。

成り行きで地味子の過去の話を聞いたが、素直に話してくれた。性格はいい。

彼女もいろいろと苦労してきているようだ。少し陰がある感じがするのはそのためかもしれない。
11時過ぎにタクシーでマンションに到着した。

今夜は飲み過ぎた。いつもは気を付けて飲んでいるが、今回は意外と早く酔いが回った。

仕事の話に気合が入りすぎて喉が渇いて無意識に飲む量が増えたからだと思う。

それに興奮してくるとアルコールの回りが早くなるような気がする。

玄関ロビーへ入る時にキーをかざすが、キーを持つ手が定まらない。しっかりしなければと気を引き締める。もう一息で部屋にたどり着く。

この時間にコンシェルジェはいない。エレベーターに乗ったのは憶えている。自分の部屋のドアを開けて玄関の中に入ったのも憶えている。

安心したのか、そこでしばらく座って眠ったみたいだ。どのくらいそれから時間が経ったか分からない。

急に吐き気を催したので気が付いて、玄関わきにあるトイレに駆け込もうとするが、脚がもつれる。

もう喉まで上がってきている。トイレのドアを開けたところで、吐いてしまった。

意識が朦朧とする中で、なんとか後始末をしようとするが身体が言うことを聞かない。あきらめて、そこに座って、またうとうとした。

「どうしたんですか?」と物音に気付いたのか、声をかけられた。

地味子がいつものトレーナースタイルで顔を覗き込んでいる。

「気持ちが悪い。また、吐きそうだ」

地味子はすぐに俺が起上るのを手伝ってくれて、トイレの中で吐かせてくれた。

随分長い時間かかったような気がする。その間、地味子は俺の背中をさすってくれていた。俺からすると随分小さな手だったけど心地よかった。

少しずつ酔いが醒めてきていた。

「ありがとう、もう全部吐いたから」

「大丈夫ですか? 洗面台でうがいをして、手を洗ったほうがいいですよ。着替えも」

地味子は俺の部屋まで付いてきてくれた。そして、ウォークインクローゼットの中に入って、タオルと下着とパジャマを出して、それをベッドに置いて部屋を出ていった。

手を洗って、口を濯ぐとさっぱりした。きっと全部吐いたからだろう。

スーツを脱いでパジャマに着替えてから、椅子に腰かけてぼんやりしていると、酔いも醒めてきた。

ここで眠るとまた酔いが回る。これは経験から分かっている。酔いを十分醒ましてから眠ると二日酔いにもなりにくい。

喉が渇いたので、飲み物を取りにキッチンへ行こうと部屋を出た。

なんとかまっすぐ歩けた。玄関脇のトイレを地味子が掃除してくれていた。

最初に吐いたゲロは幸いトイレの入り口だったので、床まで汚すことはなかった。明日の朝、起きてから掃除しようと思っていた。

「すまないな、俺の不注意だった。明日の朝、俺が掃除するから」

「気にしないでください。トイレ掃除は私の仕事ですから、それより大丈夫ですか?」

「ああ、全部吐いたら楽になった」

「こんなことは初めてですが、遅い時はいつもこうなんですか?」

「こんなに吐いたことはめったにない。会社勤めをしてから3回目くらいかな」

「何か面白くないことでもあったのですか?」

「いや、仕事の話に夢中になっていたので、喉が渇いて、飲み過ぎた」

「クールな篠原さんには似つかわしくないですね」

「俺がクール?」

「いつも冷静であまり感情的にならないですから」

「そうみえる?」

「はい」

「どちらかというと、気が短い性格でね。それを自覚しているから、できるだけ冷静になるようにいつも努めているだけだ。今日は仕事の打ち上げだったので、それもあって油断した。飲んで議論を始めるとつい夢中になってしまうんだ」

「良い仕事仲間がたくさんおられて羨ましいです」

「白石さんにはそんな仕事仲間はいないのか?」

「いないこともありませんが、以前の会社の同僚くらいです」

話している間に掃除が終わった。

「申し訳なかったね。こんな時間にそれもゲロの後始末をしてもらって」

「トイレの掃除は契約のうちですから、お礼は必要ありません」

「これは想定外のことだろう」

「関係ありません」

「今度何か別にお礼をするよ」

「それより、もうこんなことが無いように飲み過ぎには注意してください。身体にもよくありませんから」

「分かった。気を付けるよ。コーヒーを入れるから飲まないか?」

「今、コーヒーを飲むのは胃には良くないと思います。吐いたばかりでしょう。白湯の方がいいんじゃないですか?」

「そうか、じゃあ、そうするか」

「明日は土曜日でお休みですから、ゆっくり眠って今日の疲れをとって下さい。篠原さんが起きてからゆっくり掃除を始めます。おやすみなさい」

地味子はそういうと部屋に戻って行った。

ゲロの嫌みを言うことまもなく、淡々と後片付けをしてくれた。彼女にコーヒーを注意されると反発もなく自然に従ってしまった。

話をしていると心が安らぐ。これでぐっすり眠れる。ありがとう、地味子。良い娘を同居人にしてよかった。

優しい嫁をもらうと、飲んで夜遅く帰っても、きっとああ言ってくれるんだろうな。
今日は大学のゼミの同窓会があった。会場が六本木だったこともあり、2次会は俺のマンションでということになった。

すぐに地味子の携帯に連絡を取ってみる。すぐに電話に出てくれた。

「これからマンションで2次会をすることになった。俺も含めて10人くらいだ。30分ぐらいで着くと思う。それで突然で申し訳ないが、以前言っていたように、給仕を手伝ってほしい」

「分かりました。それで服装はどうしますか?」

「そうだな、黒のスーツにエプロンというのはどうかな」

「分かりました。そうします。何か準備しておくことはありますか?」

「お酒は買い置きがある。途中のコンビニでつまみ、飲み物、ミネラルウオーターや氷を買っていくから、着いたらすぐにつまみを皿に盛りつけてほしい。それからグラスを人数分準備しておいてくれればいい。リビングダイニングの食器棚に入っている」

「分かりました」

9時過ぎにマンションに着いた。

途中のコンビニで必要な買い物を済ませた。すべてを払ってもどこかのスナックでの支払い1名分だ。

全員が一緒にエレベーターで32階へ上がる。

皆、玄関で靴を脱いで興味新々で中に入る。

ダイニングテーブルの上にグラス、氷サーバー、皿が準備されていた。

リビングダイニングを歩き回っているもの、外の夜景を見ているもの様々だ。

10人のうち女子が3人だ。既婚者は1次会で帰った。ここへ来たのは皆、独身者だ。

「ここが2次会の会場です。皆さん、遠慮しないで寛いでください。ここは11時でお開きにします。それまで2時間くらいありますので、カラオケでも歌ってください。カラオケには最新の曲も仕入れてあります」

「すごいところに住んでいるんだな。学生の時とは雲泥の差だな」

「親父のマンションだ。維持費は自分持ちなので、金がかかって困っている」

「ここに住めるならその位いいじゃないの」

「彼女を紹介してくれないのか?」

「そうか、皆さん、手伝ってくれているのは俺の従妹で結衣といいます。ここに一緒に住んでいます。ただし、手出し無用でお願いします」

「そういえば顔が似ているかな」

「まあ、そういうことにしておいてやろう」

誰かがそう言っているうちに、カラオケが始まった。それで皆の関心はカラオケに移った。

地味子はウイスキーの水割りを作って各人の席の前に置いてくれている。

つまみを3皿に盛って、座卓のテーブルとダイニングテーブルに置いてくれている。地味子の給仕を女子が席で手伝ってくれていた。

なんとかパーティーらしくなってきた。ソファーには10人は座れるので丁度良かった。ダイニングテーブルにも3人座っている。

初めて大勢の客を招いたが、なんとかなった。すごいところと言われて優越感もある。まあ、見せて自慢したいこともあって招待した。

順にカラオケを廻して歌う。俺も1曲歌った。

このマンションは防音が効いている。窓はすべて2重ガラスで、玄関ドアも頑丈に出来ている。隣の物音が聞こえたことがない。

もちろん、階上の音も聞こえたことがない。隣人の気配を感じない造りになっている。

誰かが地味子に話しかけているのに気付いた。地味子は迷惑そうにしている。あんな地味子に関心のあるやつもいるんだな。

「おい、おい、俺の従妹にチョッカイをかけるのはやめてくれよ。せっかく機嫌をとって手伝ってもらっているんだから」

「そう言う訳ではないんだけどね、話してみたくなっただけだ、そう、目くじらをたてるなよ」

笑いながら席に戻ってくれた。地味子はほっとしたようだった。

地味子に目で合図するとダイニングテーブルの椅子に座った。地味子に近づいて小声で話しかける。

「すまないな、夜遅く、突然に」

「契約どおりですから、大丈夫です」

「11時にはお開きにするから」

「その方がいいです」

「君も一曲歌ってみる?」

「遠慮しておきます」

「君も友達をつれてきてパーティーをしたらいい。事前に分かれば、俺は遅く帰るなり部屋に閉じ籠るなりするから大丈夫だ」

「そのうちお願いするかもしれません」

「遠慮はいらない。ここで歌うなら費用はかからない」

「そう言ってもらえて嬉しいです」

11時丁度にお開きにした。参加者全員が丁寧にお礼を言って帰っていった。

1階のマンションの玄関まで皆を見送ってから部屋に戻ると座卓やテーブルの上はもうすっかり片付けられていた。地味子は手際がよい。

「もう片付けてくれたんだね、ありがとう」

「皆さん、楽しまれているようでよかったですね。誰でもここへ来ると驚くと思います」

「維持費が高いから有効に使わないとね」

「篠原さんは恵まれています。ご両親に感謝しないと」

「白石さんのご両親は健在なの?」

「母一人子一人ですが、母は元気にしています。今は離れて暮らしていますので、親不孝をしています」

「一度ここへ連れて来たら、そして泊ってもらうといい」

「ありがとうございます。でも母は仕事が忙しくて来られないと思います」

「ところで、お礼を支払っておきたいけど、3時間で3千円でいいか?」

「そうですね、時間的には3時間にはなっていませんが、それでよろしければいただきます」

「ありがとう助かった。コンビニの買い物を含めても安上がりだった。次の機会も頼めるかな」

「はい、喜んで。人の歌う歌を聞いているのも楽しいですね。選曲で人柄が分かります」

そう言えば、歌を聞いて拍手をしていた。そう言ってくれるとこれからも気兼ねなく頼める。良い娘だ。