地味子がいなくなってから2年後、俺は会社を円満退職した。俺は35歳になったところだった。

それまでは実家とは恋人の絵里香がいるからと言って何とか遠ざかっていられた。

そしてその間にいなくなった白石結衣を随分探したがとうとう見つからなかった。

しかし、故郷の父が突然倒れて会社を引き継いでやらなければならなくなった。

辞表を出した時、企画部長は随分引きとめてくれたが、白石結衣を失った今はもう東京に思い残すことはなくなっていた。

隆一は昨年会社を辞めて故郷に戻って実家の老舗の菓子店を継いでいた。引き上げるときに送別会を主催してやった。

「隆一がいなくなると寂しくなる。随分と世話になった。感謝している」

「真一も早く帰ってこいよ、故郷はいいぞ」

「隆一は入社した時から、ずっとこの時を考えていたよな、迷いもなくて偉いよ。そんな心境には今でも達していない。いずれそうなることもあるかもしれないが、その時は相談にのってくれ」

「いや、俺は高校の時から随分迷っていたんだ。真一には言わなかったけどな。大学へ行ってから、学費や生活費がかなりかかることが分かって驚いた。今までのほほんと学校へ行って好きなことをしていたが、すべて親のお陰だと思った」

「それは親の務めだろう」

「同級生で家庭の都合で大学進学をあきらめたやつがいた。俺よりも成績が良いのにすぐに就職した。俺は恵まれていると初めて分かった。それを両親に話すと、親父が自分も親に大学まで出してもらったが、この店のお陰だと言っていた。だから店を継ごうと言う気になった」

「そんなこと初めて聞いたぞ」

「言うまでもないことだ。真一はそんなことは分かっていると思っていた。このことは親との約束を果たすだけだ。俺を東京の大学へ出してくれて、何不自由のない生活をさせてくれた。そして今まで好きなようにさせてくれた。自分の力も外で試せた。これで悔いはない」

「それでいいのか?」

「ああ、これが俺の定めだと思っている。ここまでにしてくれたのは、ずっと続いている今の店のお陰だ。おれは店を継いでその恩を返そうと思うし、返さなければならないと思っている」

「隆一は偉いな、俺はまだまだその心境に至っていない」

その送別会の時、婚約者を連れて来て皆に紹介していた。

半年前に故郷でお見合いして婚約中とのことだった。しっかりした好感のもてる女性だった。

お見合いも良いかなとその時初めて思った。

あのとき隆一と話したことが現実になろうとは思いもしなかった。俺も歳をとったということか? 

親父が倒れた時に帰省したが、隆一が見舞いに来てくれた。

そのときに、会社を辞めて帰ることを相談した。

隆一は「その気になったのなら迷うことなどない。帰って店を継いだらいい」と言ってくれた。

それで俺も迷いが吹っ切れた。