あれから毎晩絵里香にメールを送っている。

すぐに返事がある時もあるが、夜遅くなってからのこともある。

絵里香がどこに勤めているのか、どういう生活をしているのかは全く情報がない。

ただ、メールをすると必ず返事はくれる。無視されることもないので。こちらに気がないことはないと言える。

でも決して絵里香からメールをもらうことはなかった。

こちらが一方的に送るメールに対して儀礼的な返信をしているだけのようにも思われた。

一度二人だけで会いたいというと、やんわり断られた。

食事を一緒にしたい、ご馳走したいと言うと、ご馳走される理由がないからと断られた。

いままでの娘は大体これでのってきて食事をした。

会って話がしたいというと、何の話という。男女が会って話をするのに何の話はないだろう。

今までならこれで気がないとやめてしまうところだが、今回は気になってムキになっている。俺もどうしてなのか分からない。

どういう条件なら会ってくれるのか、率直に聞いてみた。

絵里香の条件は、周りに人がいる場所であること、高級なところでないこと、割り勘にすること、週末の8時以降、1時間くらいということだった。

条件を出したということは会っても良いということだ。後は条件に合う場所を提案すればいいだけだ。

シティホテルの最上階のラウンジを提案した。

ここなら周りに人もいるし、雰囲気もいい。テーブル席をとればゆっくり話ができる。値段もそこそこだ。

絵里香は提案を受け入れた。来週の金曜日の8時に約束を取り付けた。

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ラウンジには早めについた。窓際のテーブル席を予約しておいた。絵里香はまだ来ていなかった。

8時を少し過ぎたころに絵里香が現れた。来てくれたとほっとした。

手で合図すると席にやってきた。今日の服装は少し控えめだけど可愛さもある不思議な雰囲気だ。

「また会えてうれしい。よく来てくれたね、飲み物は何にする?」

「ジンジャエールでお願いします」

すぐにジンジャエールとジョニ黒の水割りとつまみを何品か注文した。

注文した飲み物が来るまで話しあぐねていると絵里香が先に口を開いた

「私と会いたいとおっしゃって言いますが、何が目的ですか?」

「目的?」

「どういうことを考えているんですか?」

「独身の男女が会うのに理由がいるのか?」

「それを聞きたいのです」

「俺は君に会ってどことなく惹かれた、いや頭の中から君が消えないんだ」

「私のどこに惹かれたんですか?」

「はっきりとは言えないんだが、君は綺麗でとても可愛い。それに時々見せる悲しそうな何かに惹かれる」

「それで私と会ってどうしたいんですか?」

「君のことをもっと知りたいと思って、それじゃだめなのか?」

「もう十分に分かっていらっしゃるじゃないですか?」

「何も分かっていない。だから付き合いたいんだ。自分から付き合いたいと思ったのは君が初めてだ。そして、付き合いたいと言ったのも初めてだ。いままでこんな気持ちになることはなかった」

「綺麗で可愛いとおっしゃいましたが、綺麗で可愛くなかったら、どうなんですか?」

「どうって?」

「もし私があまり可愛くなかったらどうなんですか?」

「うーん、そうだな、どうか分からない」

「じゃあ、外見が好きなだけじゃないですか」

「だから、付き合って君のことが知りたいと言っているんだけど、普通はそうじゃないのか」

「そうかも知れませんが、私はそういうのがいやなんです」

「君の言っていることが理解できない」

「あなたには理解できないと思います。だから、お付き合いを躊躇するんです。本当の私を見てくれそうに思えません」

「恋人に守ってもらえず裏切られたと聞いたが、そのことが関係しているのか? 俺は恋人を裏切ったりは絶対にしない」

「どうしてそう言い切れるのですか? ご自分の将来がかかっていたとしたらどうですか?」

「仮定の話には答えられないな」

「そうでしょう。確信がないでしょう」

「私を守ると誓えますか」

「今の段階では付き合ってもいないから何とも言いようがない」

「私があなたの恋人になったとしたら、裏切らないと誓えますか、守ってくれますか?」

「その時は約束する」

「人を見かけから好きになる人は本質を見ることができないのではと思っています。私はあなたの内面を見たいと思います」

「それなら付き合ってくれるのか?」

「はい、お望みならお付き合いします」

「よかった。ありがとう」

1時間の約束だったので、9時に絵里香は帰っていった。

一緒に帰ろうと誘ったが、寄るところがあるからと言って一人でラウンジを後にした。

俺はそこにしばらく残った。少し考えてみたかった。

絵里香はとうとう付き合うと言ってくれた。

付き合いたいと俺の口から相手にいったのはこれが初めてのような気がする。

いままでは、気に入った娘には暗黙の了解で誘っていたから、あえて付き合ってくれとは言わなかった。

まあ、そういうと責任が生ずると考えていたのかもしれない。付き合ってくれと言ってしまうと、気持ちが離れた時には別れると言わなければならない。

そういうのが、またうっとうしいと思っていた。

いつもフリーでいたい。男の身勝手かもしれない。絵里香はそれを見通しているのか? 分からない娘だ。

マンションに帰ると、地味子はもう帰っていた。部屋に「ただいま」と声をかけると「おかえりなさい」と言ってくれた。

絵里香のあの潤んだような目を思い出した。まあ、よしとしよう。絵里香にメールを入れる。もう自宅かもしれない。

[今日はありがとう。付き合ってくれると聞いて嬉しかった。おやすみ]と送ると、すぐに返事があった。

[今日はお話ができてよかったです。少しだけあなたのことが分かりました。おやすみなさい]