地味子ちゃんと恋がしたい―そんなに可愛いなんて気付かなかった!

客がまだ一人残っていた。僕が戻って止まり木に座ってしばらくすると会計を済ませて帰っていった。

まだ、営業できる時間だけど、ママはすかさず、表の看板の明かりを落として、ドアをロックした。そしてすぐに水割りを2杯作った。

「お久しぶりですね」

「突然いなくなって、身体でも壊したのではないかと心配していた。でも元気そうでよかった」

「ごめんなさい。突然、仕事がいやになって止めようと思ったの、あんなこといつまでもできないし、何とかしなくてはいけないと思って」

「それで足を洗って、店を開いたの?」

「はじめは、この店の手伝いをしていたけど、店のオーナーが高齢で店をたたむと言うので引き継いだの、権利を譲ってもらって」

「儲かっている?」

「高くするとお客の足が遠のくし、安くすると儲からないし、難しいわ」

「一人でやっているの?」

「小さいお店だから一人で切り盛りしているの。昔の仲間を雇う訳にもいかないし、それに人を雇うとお給料を払わなきゃならないでしょ。でも何とか食べてはいけるようにはなった」

「僕の口から言うのもおかしいけど、やっぱり早く足を洗ってよかったね。突然いなくなったので、寂しかったけど」

「そう言っていただけると嬉しいわ」

「君とのことは誰にも話さないから安心して」

「分かっています」

「今日は久しぶりに会えてよかった。話ができて、元気でいることも分かったから。じゃあ、そろそろ帰ります」

「まだ、おひとり?」

「ああ」

「この上に居住スペースがあるんです。よかったら上がっていきませんか?」

「えっ、いいのかい。できればもう少し話がしたい」

店の奥のドアを開けると2階へ上がる階段があった。彼女に続いてゆっくりと階段を上って行く。

居住スペースは8畳くらいの洋室とキッチンとビジネスホテルのようなバス、トイレ、洗面所が一体になったバスルームがついているという。

一人暮らしならば十分な広さだと思う。

部屋の入ると奥においてあるセミダブルのベッドが目に付く。

すぐに「シャワーを浴びて下さい」と促されてバスルームに入った。

僕に続いて彼女が入ってきて服を脱いだ。そして身体を洗ってくれる。

まるで店へ行った時と変わらない。彼女のしたいようにまかせよう。彼女の好意を感じるし、悪い気はしない。

「なんと呼べばいいの?」

「さっきの名刺は本名ですから、凛で」

「凛か! 響きがいい名前だ」

「歯磨きをして下さい」

洗い終えると、二人はバスタオルをまとってベッドへ、それからは離れていた時間を取り戻すかのように、ひとしきり愛し合った。

あの時と同じ時間が過ぎていく。あの時のまま、凜も変わっていない。空いた時間が埋められたような気がした。

「今でも行っているの?」

「時々ね。君のようないい娘にはもうめぐり合わないけどね」

「ありがとう、気に入ってもらえて。うれしいものなのよ、ファンがいるって。あの仕事は相手を選べないのよ、だから好みの人をいつも待っている。それがやるせなくなって、それも止めた理由」

「君に会うと何故かほっとするんだ。今も変わりないね」

「随分変わったわ、年も取ったし」

「そんなことない。君は変わっていない」

「今日はもう遅いから泊まっていって下さい」

「そういえばあのころいつも言っていたね、このまま泊っていきたいって」

「私も二人で身体を寄せ合って眠ってみたい時はあるわ。今日は二人で眠りたいの」

「そうするよ。久しぶりに会ったのだから、もっと話もしたいし」

凛は立ち上がって、水割りを2杯作ってきてくれた。冷たくておいしい。

二人はベッドで体を起こしてもたれ合っている。

肌が触れ合っていると心も触れ合っている気がしてくる。

思えば、彼女とは怠惰な関係を随分長い間続けていた。

いつもたわいもない話しかしていないのに、何となくほっとして心が安らいだ。

なぜだろうといつも思っていた。それが突然終わった時、心にポッカリと穴が開いたようだった。

「お店に僕のような昔のお客が偶然来ない?」

「1~2回のお客は私も覚えていないから気が付かない。なじみのお客でも時間が経っているし、髪形や化粧を替えているから、まず気が付かないと思う」

「あなたのようなお客さんがもう一人いたけど、彼なら気付いてくれると思うわ」

「山内君はなぜこの店のなじみなの?」

「彼は偶然にここへ来ただけのお客さん、前の仕事とは全く関係ないわ」

「そうか、兄弟でなくてよかった」

「ふふふ…」

「君が幸せになっているようにと思っていたけど、普通に暮らしていてよかった。ここへ戻ってきたのは、君の迷惑にならにように、もう来ないと言おうと思って来たんだ」

「でもね、あの仕事を離れると、また寂しいこともあるのよ。だから時々寄って下さい」

「もし迷惑でないのなら寄らせてもらうよ」

話が途切れると、また愛し合って、疲れると抱き合って眠った。

離れ離れの恋人が久しぶりに会ったように身体と心が満たされていった。

◆ ◆ ◆
朝、目が覚めると、凛はもう起きて朝食を作っていた。

「おはよう。もう、起きたの?」

「いつもなら午前中は寝ているけど、今日は特別」

「昨日の余韻を楽しみたかったのに」

「朝食の準備ができましたから、食べていって下さい」

凜は何を思ったのが、早起きして朝食を作ってくれた。

恋人のまねごとをしたかったのかもしれない。僕に特別の好意を示してくれた。

簡単な和食の朝食だったけど、とてもおいしかった。でも別れ際に僕は聞いてしまった。

「お礼をしてもいいのかな?」

「しなくてもいいわ。でも気の済むようにしてくれていいのよ」

「じゃ、気持ちだけ」

そう言って、2番目の店の料金を手に握って手渡した。

彼女はすこし悲しそうな眼差しを見せた。それを見て好意を踏みにじってしまったと思った。

「ありがたくいただくわ、店の経営が楽ではないから」

「これまでと同じにしてしまって、気分を害したらごめん。悪気はないんだ。どうしても甘えられなくて」

「また、気が向いたら寄って下さい」

「ああ、ありがとう」

店の前まで送ってくれた。

久しぶりの逢瀬で身も心も満たされた。凛はやはりいい女だ。
凜と偶然に再会して一夜を過ごしてから3週間以上経っている。今日は週末の金曜日だ。

あの時に「気が向いたらまた寄ってください」と言われていたが、まだ本心か、確信が持てなかった。

でも別れ際にお礼を渡した時の悲しそうな表情も気になっていた。

また彼女を抱きたくなった。電話をして感触を確かめてみようという気になっていた。

6時開店と聞いていたので、少し前に電話をかけてみよう。まだ店にはお客は来ていないだろう。

「スナック、凜です」

「磯村です。今日、店へ行ってもいいですか?」

「いいですよ、是非いらしてください」

「何時ごろに行けば良い?」

「何時でもいいですが、遅いほどいいです。店を閉めるまで待ってもらわないといけないから」

「それなら、11時過ぎに寄らせてもらいます」

「待っています」

彼女に都合の良い時間を率直に聞いた。これで僕の気持ちは分かると思った。

凜はすぐに僕の気持ちを察してくれた。本当に来てほしいと確信できた。

あの答え方をしてくれたら、店へ行っても余計なことを考えなくて待っていられる。

◆ ◆ ◆
金曜日の夜はスナックのお客が多い。グループでのお客も多い。

僕たちも金曜日に飲み会をすることがほとんどだ。大概2次会は9時ごろから11時ごろまでのことが多い。

店の前で凜が4~5名のグループを送り出して挨拶をしている。

近づくと僕に気が付いてくれた。目が合ったので挨拶を交わす。

「いらっしゃい、また来ていただいてありがとうございます」

「混んでいるの?」

「今のグループが帰られたので二人ぐらいです」

「じゃあ、一杯飲ませてもらいます」

止まり木で二人連れが話している。凜はすぐに水割りを作ってくれた。

僕はそれをゆっくり飲んでいる。

初めてここへ来た時に凜はなぜ僕を受け入れてくれたのだろう。

彼女たちは個人的な付き合いは避けてきたはずだ。

客商売をしていても安易にお客さんと特別な関係にはならないはずだ。

ひとりで寂しかったのかもしれない。それに僕は彼女を追って3軒目まで通っていたし、お互いに気心は知れている。

当然、二人の関係も秘密にしておいてくれる。だから安心してHができる都合の良い相手と思ったのかもしれない。

それで凜の方から進んで一夜を共にしてくれたように思う。

それに僕が帰り際にお金を渡そうとしたときには悲しそうな表情が見えた。

本当に好意だけで一夜を過ごしてくれたのだと思った。

でも彼女はあえて拒否しないでお礼を受け取ってくれた。そのあとよく考えてみたけど、それでよかったと思うようになった。

セフレといってよいのか、いや愛人関係といった方がよいのかもしれない。

こういう関係だと、お互いに自由でいられるし、割り切ってHができる。それでお互いが癒されればこの方が良いのかもしれない。

これじゃあ昔と同じだけれど、今の僕には望むときにHをしてくれる特定の女性がいる安心感はある。彼女にも同じようなことが言えるのかもしれない。

ただ、お礼を払うことを考えると月1くらいしか来られない。できれば月2くらいは来たいところだ。

「ママ、静かになったのは良いけど、俺たちもそろそろ帰るよ」

「せっかく静かになったのにゆっくりしていってください」

「もう、終電が近いから」

二人は会計を済ませて帰って行った。

凜はすぐに看板の明かりを消して、ドアをロックする。

「お待たせしました。また来ていただいて嬉しいです。もう来てくれるころかなとは思っていました」

「長年の付き合いだから分かるんだ」

「大体分かります。部屋に上がりましょう」

部屋に上がるとすぐに凜を抱き締める。

「凜、また君に会えて嬉しい」

「私もです。シャワーを浴びて下さい」

僕がバスルームに入るとすぐに入って来て身体を洗ってくれる。僕も凜を洗ってあげる。

凜が髪を洗っている。バスタブに浸かっている僕は後ろから悪戯をする。

「止めて下さい」

「ごめん、つい手が出た」

「先に上がっていて下さい。すぐに上がりますから」

バスルームから出てベッドに座って待っている。

凜がようやく出てきた。バスタオルで髪を拭きながらベッドへ歩いてくる。

僕は待ちかねたといわんばかりに凜を抱き締めて押し倒す。それから愛し合う。

1回目は僕が積極的だが、2回目は凜が積極的になっている。

二人とも心地よい疲労の中で眠りにつく。

僕は泊っていけて嬉しい。あのころはけだるい中で必ず帰らなければならなかった。

今は違う。凜の柔らかい身体を抱いて眠れる。言いようのない満足感がある。

明け方、僕は眠っている凜を揺り起こす。凜は僕に応えてまた愛し合ってくれる。

しばらくは会えないから思いを込めて愛し合う。そしてまた二人は眠りに落ちる。

目が覚めたら10時少し前になっていた。物音で目が覚めた。

凜はもう起きていてベッドにいなかった。朝食の準備を始めた音だった。

「シャワーを浴びて下さい。朝食の準備がすぐにできます」

「ありがとう、よく眠れた?」

「お陰さまで疲れてぐっすり眠れました」

「僕もだ、ありがとう」

それから二人で朝食を食べる。僕はここへきた時の服装に戻っている。

トーストとホットミルクとチーズとサラダの朝食を平らげると、帰り支度をしてこの前のようにお礼を凜に手渡す。

「ありがとう、気持ちだけだけど」

「ありがとう、また来て下さい」

「ああ、また来るから」

僕は階段を下りていく。凜が後からついて来て店の前で見送ってくれる。大通りに出る曲がり角で振り向くと手を振ってくれた。

来てよかった。凜も喜んでくれたみたいだ。満ち足りた気持ちで駅まで歩いた。次に来るのが楽しみになる。
今日は10時から新製品の記者発表のための事前打ち合わせだ。

企画開発部からはプロジェクトマネージャーの僕と今回の新製品の開発担当の新庄主任、広報部からは同期の野坂課長代理と部下の土井主任が出席する。

会議室での打合せだが、新庄君から新製品の実物と資料を渡して、新製品の概要を説明する。

広報部ではそれらに基づいて、配布用の写真やニュースレリースを作成する。いわゆる、記者発表用の資料を作ってもらう。

あとは広報部の担当者、野坂課長代理と土井主任が発売日の一定期間前に記者クラブへ発表用の資料を持って行って、新聞各社に新製品についてレクチャーする段取りになっている。

これとは別に新製品の広告・宣伝も広告企画部と進めている。

新製品の紹介は広告戦略が重要だが、広報活動で新聞各社に記事を書いてもらうことも大切だ。

広告はお金をかければいいが、新聞記事は記者が書くのでお金では書いてもらえない。だから、新製品の記事は広告の10倍の価値があると言われている。

記事や広告で新製品の露出が増えるとお客さんに手に取ってもらう機会も多くなる。ただ、1回は試しで買ってもらえても、次にまた買ってもらえるかが重要だ。

いかにリピートして買ってもらえるか、その製品の本質が問われることになる。だから新製品開発は難しい。でもそこがプロジェクトリーダーの腕の見せ所でもある。

野坂さんは僕と同期入社で男勝りの活発な女子だった。今では広報部を課長代理として切り回している。

見た目もチャーミングで着こなしもセンスが良い。人当たりもよく、弁もたつので記者からもすこぶる評判が良いらしい。広報の仕事は女性に向いているのかもしれない。

僕が本社勤務になってから仕事上の付き合いができたが、気が合うみたいで、時々一緒に飲んで話をするようになった。

ただ、始めからそうだったが、どうも男女の関係にはなりそうもない。打合せの後で呼び止めて例の話をする。

「野坂さん、ちょっと相談にのってくれないか?」

「まだ何かあるの?」

「研究開発部に米山由紀という僕の大学の10年後輩がいるんだけど、これがまた色気がなくて地味な子なんだ」

「その地味な子がどうしたの?」

「名前は言えないが会社のある男性が好きになったみたいで、どうしたら好かれるか相談された」

「それで」

「僕はまず見た目を良くした方が良いと思って、ダイエットやら運動やらを勧めた。これなら僕でも相談にのってやれるから」

「それで私に相談って何?」

「野坂さんは服のセンスやコーディネートが抜群だから、そのあたりのことを指導してやってもらえないか? 暇な時でいいから」

「私が?」

「頼むよ、他に頼める人がいないから。地味子ちゃんいや米山さんのために頼むよ」

「じゃあ、一度昼休みに連れて来て」

「ありがとう」

席に戻ると地味子ちゃんに内線電話をかける。丁度席にいたので小声で話す。

「野坂さんに例の話を頼んできた」

「本当ですか、ありがとうございます」

「昼休みにでもちょっと連れて来てと言っているけど、今日の昼休みは空いている?」

「はい」

「じゃあ、食事を終えて早めに席に戻っていて、電話するから」

昼休みに地味子ちゃんが席に戻ったのを電話で確認してから、野坂さんに電話を入れる。今なら空いていると言うので、地味子ちゃんを誘って広報部の野坂さんの席へ行った。

「野坂さん、こちらが僕の後輩の米山さん」

「野坂です。あなたが磯村さんの後輩の地味子ちゃん、いえ米山さん?」

「はい、米山由紀です。野坂さん、よろしくお願いします」

「私で良かったら相談にのるけど、休日にショッピングに出かける時に声をかけるから、都合が付けば一緒にショッピングをしましょう」

「いいんですか。ありがとうございます。ご迷惑にならないようにします」

「じゃあ、よろしく頼みます。恩にきるよ」

地味子ちゃんはとても喜んでいた。僕も相談に応えられたのでほっとした。あとは地味子ちゃんの努力次第だ。お手並み拝見といこう。
地味子ちゃんの相談にのってから3か月が経った。

あれから毎週末に家のパソコンへ食事の内容がまとめてメールされてきている。

食事の内容に気が付いた点があれば、その都度、メールで意見を伝えている。

運動もきちんとしているようで、通勤時に一駅手前からの徒歩もこなしていると言う。

そういえば、近頃、身体が締まってきているようだ。

コロコロだった体形もスリムになってきた。まん丸顔も細面になってきた。

もともと目鼻立ちが整っていたが、それが目に見えて分かるようになってきた。

化粧も薄化粧ながら上手になってきているようだ。メガネをはずせばそれなりに見られる顔になってきたと思う。

ただ、社内では相変わらずのリクルートスタイルだし、メガネもそのままでちょっと見たところの外見は以前と変わらない印象を与えている。

でも、実質、徐々に変身しているのは間違いないようだ。昼休みに声をかけてみる。

「どうだい、少しずつ変身しているみたいだけど、ちょっと飲みにでも行くか?」

「はい、丁度相談したいことがあります」

「じゃあ、例のスナックで7時に」

スナックに着くと地味子ちゃんが凜と話していた。

「早く着いて、僕の悪口を言っていたんだろう」

「いいえ、磯村さんを褒めていたんですよ」

「そのとおりです。いつも相談にのってもらっていますから」

「ところで変身の具合は順調のようだね」

「お陰様で身体が引き締まってきました。頬も締まってきました。体調も良いです」

「野坂さんとはどうしているの?」

「野坂さんには姉妹がいなかったので、妹ができたみたいと言って親身になってもらっています」

「それはよかった」

「野坂さんがショッピングに出かける時に声をかけていただいています。ついて行って衣服の選び方やコーディネートの仕方、化粧品の選び方やメークの仕方などを教えてもらっています」

「でも会社では相変わらずのスタイルだけど」

「野坂さんはその方が仕事に集中できて良いと言ってくれますので」

「じゃあ、なかなか変身できないじゃないか」

「野坂さんはプライベートな時に大胆に変身したらインパクトがあるとおっしゃっています」

「プライベートの時だけ変身するっていうこと?」

「そうじゃないと、衣料費にお金がかかってしょうないと言っておられました。私もそう思います」

「それで、着こなしは上達したの?」

「コーディネートのコツも教えてもらっています。大分、分かってきました」

「それはよかった。そのうち見てみたいものだ」

「相談ですけど、新庄さんとお話がしたいので何とかチャンスを作ってもらえませんか?」

「そうか、アタックしてみるか?」

「そういう訳ではありませんが、いつまでもこのままの気持ちではすっきりしなくて」

「君はいつでも前向きだね、羨ましいよ」

「私はいつでも今の時間が一番大切だと思っていますから、今すぐにしないと気が済まないんです。いつやるか、今でしょうって言うじゃないですか」

「せっかちだね」

「そうかもしれませんが、思い始めると先延ばしにはできないんです。もしダメなら別を考えればいいですから」

「それもそうだね、分かった。直接、君にどうしろというのも何だから、何とか手筈を考えてみよう」

なんとかしてやりたいが、その手だてはどうしたものか? 野坂さんに相談してみるか?

話が終わったと見たママが声をかける。

「大事な相談は終わりましたか?」

「ああ、ママ、お会計をお願いします」

「もう、お帰りですか? ゆっくりしていって下さいね」

「今日は帰るよ」

凜が顔を近づけてきて小声でいう。

「あの娘に義理立てしているの?」

「そんなんじゃないけどね、また来るよ」

ここのところ、月に1回は泊っている。

*******************
次の日の昼休み、野坂さんに電話すると丁度席にいた。

「ちょっと相談があるんだけど」

「後輩の米山さんと昨日飲んで聞いたけど、面倒を見てやってくれていてありがとう」

「気にしないで、丁度妹みたいな感じだし、素直だから面倒の見がいがあるわ。休日にシッピングに一緒に連れて行ってあげているだけだから」

「ちょっと提案なんだけど、少し時間が経ってしまったけど、新製品の広報のお礼も兼ねて、飲まないか、4人で」

「4人って、メンバーは?」

「君と僕と新庄君と米山さんだけど、新庄君は君の大学の後輩だよね」

「妙な組み合わせね。いいけど、日程調整してくれれば付き合うわ。土曜日にしてくれればなおいいけど」

「分かった、ありがとう」

確かに言われてみれば、妙な組み合わせだ。

まあ、地味子ちゃんと新庄君の顔合わせのためと言う訳にもいかないから、説明のしようがない。

それから、席に座っている新庄君のところへ行って小声で飲み会の話をする。

「今週の土曜日に飲み会をしようと思うんだけど、来てくれないか?」

「どんな趣旨ですか?」

「あえていうと世話になった野坂さんへのお礼の会と言うところかな」

「メンバーは?」

「野坂さんに、僕と新庄君だ。二人は新製品の発表でお世話になったし、それに君は野坂さんの大学の後輩だったよね」

「3年後輩です」

「それに僕の大学の後輩の米山さんも」

「ええ、あの地味な米山さんも?」

「実は米山さんも野坂さんの世話になっているんだ、プライベートなことだけどね」

「そうなんですか」

「どうかな、来てくれないかな」

「いいですよ。磯村さんの顔を立てて」

「よかった。これでメンバーが揃った」

そのあと、野坂さんと地味子ちゃんに土曜日の夕刻に飲み会が決まったことを連絡した。場所と時間は追って知らせることにした。

地味子ちゃんにはせっかく機会を作ったので、とにかく頑張るように話をした。
会場は、ネットで表参道の大通りのビルに洒落た居酒屋を見つけたので予約した。

集合は6時とした。ただ、幹事役としてはその前に到着していなければならない。

当日早めにと思って出かけたので、会場に到着したら、まだ、5時半前だった。とりあえず予約席に案内してもらう。

席で入り口の方を見ていると、着飾った可愛い女の子が入ってきた。

さすがに表参道の居酒屋だと感心して、その可愛いお客さんを遠目にながめている。

女の子はきょろきょろしている。店員さんが話しかけている。店員さんがこちらを指さすと、その女の子がこちらへ向かって歩いて来た。

僕を見つけてニコニコして話しかけてくる。

「先輩」。

どこかで聞いたような声だった。女の子が僕を見つめて可愛く微笑んで立っている。

「私です。米山です。今日は私のためにお骨折りいただきありがとうございます」

「ええ……君は米山さん?」

「努力の成果を見て下さい」

「すごく可愛くなったねえ、米山さんとは全く気が付かなかった。ごめんね」

「野坂先輩からいろいろ教えてもらいましたので、どうですか?」

「うーん、これなら新庄君も驚くと思うけどね」

可愛くなった米山さんを僕の横の席に座らせた。その前に新庄君、僕の席の前に野坂さんに座ってもらう予定だ。

そこに新庄君が入ってきた。こっちだと合図するとこちらへ向かって歩いてくる。

米山さんの前の席を促す。米山さんはうつむいて座っている。

「この人は?」

「米山さんだよ」

「ええ、あの地味な。いつもと全く違うので驚いた。本当に米山さん?」

「そうです。米山です。どうですか?」

「とっても可愛いね、見違えた」

新庄君は変身した米山さんをジッと見ている。これはうまくいくかもしれない。

少し遅れて野坂さんがやってきた。米山さんはすぐに立ち上がって挨拶をする。

「野坂さん、ありがとうございました。どうですか、今日は?」

「とても良くなったわ。もう一息ね」

「休日にショピングに一緒に連れて行ってもらって、おしゃれを教えていただいているんです」

「道理で垢抜けしていて見違えた」

「磯村さん、ところで今日の飲み会の趣旨がはっきりしないけど」

「お世話になった野坂さんへのお礼だけど、お互いに後輩を伴っての懇親会ということでもいいんじゃないか」

「まあ、後輩と飲んで話を聞くことも必要ね」

4人が揃ったところで、好みのお酒と料理をそれぞれが頼んで乾杯して飲みはじめる。

新庄君は何かを思いつめているようで話が弾まない。

米山さんは野坂さんとコーディネートの話に夢中になって、肝心の新庄君とは話をしていない。

僕は新庄君に話しかけるが、どうもうわの空だ。野坂さんが米山さんと話をしているのをじっと見ている。

これじゃあ、この場を設営した意味がない。何とかこれを打開しなくてはいけない。

小一時間ほどして野坂さんが化粧室に立ったので、トイレに行く振りをして、野坂さんが戻る途中を捕まえて話をする。

「実は今日の趣旨は米山さんと新庄君の二人に話しをさせるためだったんだ。米山さんが新庄君に惚れたというのでね」

「米山さんが惚れた相手というのは彼だったの、ようやく飲み込めたわ。それなら、しばらくして私たち二人は先に出たらどうなの? 別のところで飲み直しましょうよ」

「それなら話が早い」

席に戻ると頃合いを見計らって、野坂さんが「私たちは別のところで仕事の相談をしたいから」と言って、僕を誘って抜け出した。

残された二人はあっけにとられている。

お勘定は僕が支払って店を後にした。

「これからどうする?」

「本当に飲み直しましょうよ」

「じゃ、僕の知っているスナックへ行こうか」

◆ ◆ ◆
スナック『凛』はもう開いている。

ドアを開けるとママがお客と話している。

二人は止まり木に座った。

「いらっしゃい、随分、お早いのね」

「もうここが2次会だ。二人でお互いの後輩の仲を取りもったけど、うまくいくか心配しているところだ。とりあえず水割りを」

「それよりもお二人はどうなんですか」

「だだの気の合う友達かな、そうだろ」

「残念ながら、そのとおりだわ」

「はたから見るとお似合いのカップルに見えますけど」

「このままではずっとこのまま、何か特別なきっかけでもないとね」

「きっかけは待っているものではなくて、作るものだと思いますよ」

「そうかな、どう作るのかも分からないし」

「これじゃ望み薄ですね」

「いつもこの調子」

「野坂さんは誰か気になる人はいないの?」

「どうもあなたを含めて同年代の人は頼りなく見えて惹かれないのよ」

「悪かったね、頼りなくて」

「年上の人はどうなの?」

「大体が妻子持ちで、変に思い詰めると不倫になっちゃうわ」

「うーん、どうしようもないね」

「今は仕事を大事にしているけど、本当に10年後はどうなっているのやら、不安はあるわ」

「そうだね、お互いにそろそろ身を固める年に来ているからね」

「お二人とも深刻な話をしていらっしゃるのね。人生、思いっきりが必要な時もありますよ」

「ママはそういう時があったのですか」

「何回かはありましたけど」

「どうしました?」

「思い切ったらなんとかなりました」

「そういうものなのかね?」

「勇気をもって思い切ることですよ、周りのことや世間体なんか気にしないで」

「そうだね、いい助言だ、ママが言うと説得力がある。いい話を聞かせてもらった、じゃあ引き上げるか?」

「私は残る。ママともう少しお話がしたいから」

ママは少し困ったような顔を見せた。これじゃ、戻ってこられない。

「じゃあ、ママ、お会計をお願いします」

「また、きっと来てくださいね」

「ああ、きっと」

店を出た。あの後二人は何を話したのだろうか、気にかかる。

それに残してきた居酒屋の二人も気にかかる。
月曜日の昼休みに地味子ちゃんからメールが入る。

[新庄さんに振られました。詳しくご報告したいのですが?]

すぐに返信する。

[6時半にビルの近くのビアレストランで]

6時半に仕事を切り上げて近くのビアレストランに向かった。

店にはもう何組かの客が入っている。奥のテーブル席に地味子ちゃんを見つけた。

「すみません、お仕事が忙しいのに。すぐに報告したくて」

「いや、特に急ぐ仕事でもないので切り上げてきた。気にしないでいいよ、それよりどうだったの?」

「振られてしまいました」

「それは残念だけど、ちゃんと交際をして下さいと言ったのか?」

「お二人が出て行かれたので、あれから二人になって間が持たなくなったところで、新庄さんが僕たちも場を替えようと言って」

「それから?」

「近くの喫茶店へ行きました。新庄さんも私もお酒はそんなに強くないので。そこで私の方から思い切って新庄さんに付き合っていただけないかと言いました」

「それで」

「米山さんは見違えるように素敵で可愛くなった。こんな可愛い人から付き合ってくれと言われてとてもうれしいけど、僕にはいま気にかかっている人がいるので、その気になれないと言われました」

「気にかかっている人といったのか? 誰とは聞かなかったのか?」

「とても聞けるような感じではなかったので。ただ、そうですかとだけ言いました」

「それから」

「ところでさっき磯村さんと野坂さんが席を外したけど、二人の関係はどうなっているか知っているかと尋ねられました」

「それで何と答えた?」

「私が知っていることを答えました?」

「なんて?」

「磯村さんが私のことで野坂さんにいろいろ頼んでくれたこと、ときどきは二人で飲みに行っているみたいだとか、でもどの程度の関係なのか分からないと話しました」

「そうか、まあ正解かな」

「すみません。お二人のことを勝手に話して」

「別にそのとおりだから気にしなくていいよ。ところで新庄君はあきらめるのか?」

「あきらめます。良い勉強になりました。片思いって難しいと分かりました。でも、野坂さんにはこのままいろいろ教えてもらいたいと思っています」

「彼女にはこのことを簡単に報告しておくよ。それから今後も指導してやってくれと」

「すみません。せっかくいろいろとお力を貸していただいたのにうまくいかなくて」

「可愛い後輩のためだ、気にしないで、これに懲りないでこれからも頑張って」

ビールを飲みながら励ましていると、地味子ちゃんは段々明るくなっていった。いつまでもくよくよしない、これが地味子ちゃんの良いところなのかもしれない。

月曜なので飲むのはほどほどにして帰ることにした。支払いは地味子ちゃんがどうしても私に払わせてほしいというのでご馳走してもらうことにした。

帰る方向は同じだから、一緒に電車に乗って途中で先に下車して帰宅した。

やれやれくたびれもうけになった。でも、できるだけのことはしてやったから、まあ良しとしようか。

帰宅して一息ついていると地味子ちゃんからメールが入る。

[今日はありがとうございました。明日からもよろしくお願いします。おやすみなさい]

すぐに返信。

[元気を出して! なんでも相談してくれたらいい。おやすみ]
6時少し前に店に電話を入れる。先週末に野坂さんと行った時の二人の会話が少し気になっていた。

「スナック凜です」

「磯村だけど、今日、行ってもいいかな?」

「どうぞ、いらして下さい。待っています」

「じゃあ、いつもの時間くらいに行きます」

凜の弾んだ声が聞こえた。凜も会うのを楽しみにしてくれているのが分かった。なんとなくほっとして浮き浮きする。

夕方から雨が降り出していた。いやな雨だ。会社で時間をつぶした。

来週早々にプロジェクトの会議を設定していたので、その準備をした。

それから遅めの夕食を会社の近くのレストランで食べた。

でも間が持たない。店を訪ねるには早すぎるが、行って待たせてもらうことにした。

10時過ぎに店についた。幸い店には客がいない時だった。

「早かったんですね」

「どこかで時間をつぶそうと思ったけど、この雨だから、ここでつぶさせてもらうよ」

「いいですけど、今なら上へ上がって待っていてください。シャワーでも浴びていてください」

「じゃあ、そうさせてもらうよ」

「11時までは店を開けておきたいので、すみません」

「いや、気にしないで。のんびり待たせてもらうから」

僕はお客が来ないうちにすぐに階段を上がった。凜のにおいがするいつもの凜の部屋だ。

11時まで店を開けるといっていたが、お客さんは来なかったみたいだった。11時なるとすぐに部屋に上がってきた。

僕は座ってベッドに寄りかかってテレビを見ている。

「ごめんなさい、お待たせして」

「こちらこそ悪かったね、早く来てしまって。ゆっくりさせてもらった」

「シャワーは?」

「まだ、一緒に浴びようと思って」

「それじゃあ、一緒に」

二人でシャワーを浴びる。熱いお湯をたっぷり浴びる。凜は髪を洗っていた。

上がってから、バスタオルを身体に巻いたまま、二人はベッドに腰かけて水割りで喉を潤した。

喉が潤ったら、さっそく愛し合う。

夜は長い、特に雨降りのこんな夜は二人でないと寂しさが募る。

◆ ◆ ◆
凜は背中を向けて横になっていて、僕は後ろから彼女を包むように抱いている。

久しぶりだったので二人ともその余韻を楽しんでいる。

抱いている凜の身体が温かくて心地よい。

凜は静かに僕の回復を待っている。もう少し時間が必要だ。

「雨の日は雨音を一人で聞いて眠るのが寂しくて、来てくれて嬉しかった」

「そう言ってくれると来たかいがある」

「いつまで来てくれるつもり?」

「分からないけど、君がどこかへ行ってしまわない限りはね」

「じゃあ、そのときまで来てくださいね」

「ああ、約束する」

頃合いを見て凜が寝返って僕に抱きついてくる。僕はもう回復している。

今度は凜が積極的に愛してくれる番だ。このごろは彼女のしたいようにさせている。その方が楽しいからだ。

凜が疲れ果てると抱き合って眠りに落ちる。

明け方、まだ雨音がしている。僕は凜を揺り起こしてまた愛し始める。凜はすぐに応えてくれる。

それから二人はまた眠る。

明るさで目が覚めたのはお昼前で、もう雨はすっかり上がっていた。気だるい満足感が身体を包んでいる。

凜が先に起きてシャワーを浴びに行った。それから昼食にサンドイッチを作るという。

僕はそれを横目で見ながらシャワーを浴びにバスルームへ入った。それから身支度をする。

「冷たいミルクでサンドイッチが食べたかったから」

「確かにそんな気分だね、いただきます」

食べ終わると、僕はいつものようにお礼を凜に手渡して帰って行く。

凜が名残を惜しんで抱きついてくるので、お別れのキスをする。また、しばらくのお別れだ。

凜はいつも穏やかで落ち着いている。僕という特定の相手と愛し合うことができているからだろうか? このような生活に満足しているのだろうか?

僕も凜という特定の相手ができて仕事にも生活にも張り合いができてきた。欲望とストレスの発散ができているからかもしれない。

このような生活がずっと続けばいいと思うようになってきている。

そして、今が一番いい時かもしれないと思い始めている。
クリスマスが近づいて来た。ここのところ月1のペースで凜の店へ行っている。

クリスマスシーズンは店も忙しくなるので、都合を聞いておくことにした。6時前に店に電話を入れる。

「クリスマスは忙しいんだろうね?」

「そうですね、23日から25日までは夜遅くまでお客さんが来ます」

「いつならいいの?」

「25日を過ぎると空いてきますので26日が良いと思います」

「分かった。26日に行くから」

「待っています」

凜も会いたがっているのが分かって嬉しかった。年内はこれで行けるのが最後になる。

◆ ◆ ◆
26日の11時過ぎに僕は店に着いた。店には客がいなかったので、凜はすぐに店を閉めた。

「ようやく暇になったから、いい時にいらっしゃいました」

「クリスマスは混んでいた?」

「まあまあの入りです。書き入れどきですから。クリスマスはどうしてお過ごしでしたか?」

「特に予定もなく仕事が終わると家へ帰っていた。街は混んでいるし、人混みが苦手だから」

「私も人混みは苦手です。ゆっくりしていって下さい」

僕は店に人が混んでいるのが嫌で、客がいなくなるころに店に着くようにしていた。時間があると映画を観たり、一度家に帰って出直すこともあった。

それに同期の山内君とかち合うことだけは避けたかった。ただ、凜が言うには山内君は来ても11時前には帰って行くとのことだった。

すぐに部屋に上がって、いつものように二人でシャワーを浴びて、愛し合う。お互いに満ち足りて眠りにつく。

この季節、暖房を強くしているが、抱き合って眠っていると凜の身体の温もりが感じられて心地よい。

僕は凜を後ろから抱えて眠るのが好きだ。凜を自分のものにしているようで安心してぐっすり眠れる。

凜もこの寝方が二人では少し狭いこのベッドでは眠りやすいと言っている。

凜を抱いて眠る時、僕は身体の左側に寝かせる。どちら側でもよさそうなものだけど自然とそうしてしまう。

凜の話では右利きの人は右手が使いやすいように左側に、左利きの人は左手が使いやすいように右側に寝かせるそうだ。確かに僕は右利きだ。

愛し合って身体は満たされているが、こうして眠っていると心も満たされる。幸せな時間が過ぎていく。

こういうことを覚えると一人寝が寂しく感じられることが多くなった。そろそろ身を固める時が近づいているのかもしれない。

明け方、僕は必ず凜を求める。そんな僕を凜は拒んだことがない。僕にはそれがとても嬉しい。

凜はHが嫌いな方ではない。むしろ好きな方だと思う。あの仕事が務まったのはお金のためもあったはずだけど、それによるところが大きい。

僕のHの仕方を凜の身体が覚えている。その何割かは凜が教えてくれたものだ。だから凜は僕と安心してHがしていられるのかもしれない。

身体は十分に満たされている。心も満たされているが半分くらいかもしれない。

凜にそれ以上を求めてはいけないし、求めないことにしている。
1月も15日を過ぎた。凜の店も落ち着きを取り戻したころだろうと思って週末に電話を入れる。

「おめでとう。今年になって初めて電話した」

「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「今日、行ってもいかな?」

「いらしてください。待っています」

今日は10時半ごろ着いた。店にはまだ客が大勢いた。

「今日は混んでいるんです。少し待っていてください」

「繁盛しているのはいいことだ。待っているから、お客さんを大切にしてほしい」

店から客の姿が消えたのは12時少し前だった。こんなことは初めてだった。

「ごめんなさいね、こんなに混むことは珍しいの、すぐに上に上がって下さい。すぐに行きますから」

もう、勝手は分かっているので、先に部屋に上がる。

少し遅れて凜が上がってきた。さすがに少し疲れているみたいだ。

「忙しかったから、疲れただろう。お風呂では僕が洗ってあげよう」

「お言葉に甘えさせていただきます。お願します」

凜のこんな疲れた様子は初めて見た。店の疲れだけではないのかもしれない。ほかに何か疲れることってあるのか? 

お風呂では凜は僕に身体を洗わせて何か考え事をしているようだった。

お風呂から上がったところで、水割りで喉を潤す。

このころには凜も元気を取り戻していた。いつものように二人は愛し合う。まず僕が積極的に凜を可愛がる。

いつものように凜を後ろから抱いて僕は回復を待っている。

「私のことどう思っている?」

「どう思っているって、好きだ。凜は身も心も癒してくれる」

「あなたも私の身も心も癒してくれているわ。ずっとこのままでいられたらと思っています」

「僕も君がいなくならない限りはこのままでいたいと思っている」

「急にいなくなったらどうします?」

「そんなことはないと思っている」

凜が抱きついてきた。凜は僕が回復する時間を良く知っている。

今度は凜が僕を好きなようにする。僕はそれを楽しみながら凜と愛し合う。

そして心地よい疲労の中で二人は眠りに落ちていく。

明け方、凜が抱き着いてきたので目が覚めた。

いつもなら僕の方が先に目覚めて、凜を揺り起こして愛し合うところだった。けだるさの中でまた愛し合う。

次に目が覚めたら8時を過ぎたところだった。凜はキッチンで朝食を作っていた。

「今日はいつもより早いね」

「今日は午後から出かける予定がありますので」

「そうなの? 昨夜は忙しくて疲れているようだったけど、大丈夫?」

「十分に可愛がってもらったので、元気が出てきました。大丈夫です」

「じゃあ早めにお暇するよ」

凜の言葉どおり、凜には疲れた様子もない。どちらかというと、明るくてうきうきしているように見える。僕と愛し合ったからか?

一緒に朝食を食べたが、凜は明るい。いつも見せる陰が薄くなっているような気がする。

いつものようにお礼を手渡して出てきた。外まで出てきて見送ってくれた。

いつもと変わりがない別れだが、いつもとは少し違うような気がした。

ひょっとして、僕のほかに誰かと付き合っている? 

ただ、凜の部屋にその気配は全くなかったように思う。これは僕の直感だ。

ほかの誰かと付き合っているにしても、僕には凜に何も言うことはできない。

結婚の約束をしている訳でもないし、恋人でもないと思う。せいぜい、愛人と言えるような関係だ。

今のところ、僕はこれ以上を望まない。僕にとってはこれがベストの関係だ。

ただ、彼女にとってベストと言えるかどうか、それは彼女にしか分からないことだ。