男は謝罪をまた始めた。
私は土下座している男に目を移す、汚いものを見るような目で。
「佐奈さん、本当に悪かったと思っています」
嘘だ。
「小学生の時は未熟でした。面白半分でやってしまって……」
だったら、許せるはずがない。
……私の物を、私の髪を、そして私の心をぐちゃぐちゃにした主犯の人物なんだよお前は。
「どんな罰でも受け入れるつもりです」
ああ、そう。どんな罰でも受け入れるんですね。
だったら――。
私は教壇の前まで移動し、教壇の物入れに手を突っ込んだ。なにか危害を与えるようなものを探す。
そこに運よくあったハサミを取り出した。男の髪を切ってやろうと思ったからだ。
――だけど。
私は男の姿をしっかり見た。……そして気づく。
――私は声を出す。声は震えていて、なおかつとても小さな声だった。
「……も……い」
「え?」
「……もういい、……終わりにしよう」
私はか細い声でそう呟いた。
涙で視界が歪んでいる。
「…………」男はなにも言わなかった。
私はハサミを床に落とした。
――私は気づいた。
今、目の前で土下座をしている男に小学生の時のいじめっ子の面影はもうほとんどないと。
――だからもう、この男はあの時のいじめていた太一ではないんだ、と私は気づく。
だったら、……もういい。
復讐なんかしても、意味がない。そう納得するしかない。
紅羽だって私が復讐するのを望んで私と男をあわせたわけじゃないだろう。
苦しいけど、辛いけど、そうやって私は前に進むしかない。
復讐からはなにも生まれない。
ここで手を出してしまったら、私は変われないままだと思う。
私は強く、楽しく生きていきたい。
小学生の頃にあった、いじめのことなんか忘れて。
手を出したら、それはより濃い記憶となり、多分一生忘れることが出来なくなると思う。
……だから。
「……紅羽、もう帰ろう」私はなるべく明るい声で言った。
「うん、そうだね佐奈」
「……紅羽、私は昔のいじめの出来事を乗り越える。そして学校嫌いも克服する。……人生は楽しいことだらけじゃないけど、私はなるべく楽しんで生きていきたいんだ」
私は涙を手のひらで拭いて、ぼやけた視界を少し直した。
そして紅羽の目を、真っ直ぐ見る。
「……佐奈ならきっと、いじめも、この出来事も、なんともなくなる日が来ると思うよ。辛い出来事を体験させちゃってごめんね佐奈」
「ううん、平気」
私と紅羽は静かに笑いあった。
そして私と紅羽は教室から出ようと、前の引き扉に近づく。