私は二つの気持ちが心の中で渦巻いていたため、のろのろとした走りを続けた。直ぐには勝昭先生のいう通りには出来なかったんだ。
「おいっ! 佐奈! 俺に逆らう気か?」勝昭先生の声がまた聞こえてくる。
「はいっ! ちゃんと走ります!」私は体をビクッと揺らして返事をした。
……人の気持ちも知らないで偉そうに。
私は少し勝昭先生に腹がたったが、また怒鳴られるのは流石に嫌なので、私は意を決して、足を速めて紅羽の横を通り過ぎた。
心臓がどきどきとした、その瞬間。
――バタンッ。
なにかが倒れるような、大きな音が聞こえた。
私は音の正体が気になって、思わず立ち止まり、後ろを振り返ってしまう。
――音の正体は紅羽が校庭に倒れた音だった。
よく見ると紅羽は右足首を両手で押さえている。
紅羽? どうしたの?
私は焦りながらも紅羽の元に駆け寄り、「大丈夫⁉」と声をかけた。
「おい! 大丈夫か! 紅羽」
勝昭先生も紅羽が倒れたことに気づき、声を出す。ザラザラな声だった。
「い、いや、大丈夫じゃないです先生。……どうやら足首をねんざしたみたいで、保健室に行ってもいいですか?」紅羽が言う。
「そりゃあ勿論、怪我をしたのなら早急に保健室に行きなさい。……一人で大丈夫かね?」勝昭先生が返した。
「……一人じゃ無理です。丁度近くを通りかかった佐奈の肩を借りたいのですが、いいですか?」
「構わないぞ」勝昭先生がはっきりと言った。
――いや、先生。いいか悪いかは普通私が判断するところなんだけど。
「ということで、私に肩を貸してよ、佐奈!」
そう言って紅羽は私の顔を見て、ニコッと笑った。
あれ? 先ほどまでは紅羽は私を避けているような気がしていたけど、あれは気のせいだったのかな?
「え? あっ、うん。分かったよ紅羽」
私は戸惑いながらも頷き、紅羽に肩を貸して歩き始めた。
――一階にある保健室の前までたどり着く。
保健室の扉は開いていて、私と紅羽は保健室の中に入ることが出来たが、肝心の保健室の先生はいなかった。
「紅羽、大丈夫?」
私は心配になって声を掛けた。
準備運動もせずに走ったのだろうか? 紅羽が怪我をするなんて珍しいことだ。
「佐奈、ごめんね、私嘘をついたんだ」
紅羽が申し訳なさそうな顔になる。
「えっ? ……どんな嘘?」
「私、本当は足をねんざしていないの」
そう言って紅羽は、私から離れ、そして窓際まで歩き出した。
私はあっけにとられる。