「優しいお母さんだね、佐奈のお母さんは」
紅羽がちょっと羨ましそうに言う。
「うん、……まあいつも優しいわけではないけどね」
私は苦笑を浮かべる。
私は紅羽のお見送りをしていた。お母さんがそうした方がいいと提案したからだ。でも私は紅羽の家の前までついて行く予定なので、お見送りというよりもちょっとした散歩の気分だ。
空はもうすっかり暗くなっている。
母とのハグが終わった後、私は紅羽と一緒に外に出た。
……紅羽は遊ぶ予定で私の家に来たのに、掃除や私の過去の記憶が関わったせいで、全く楽しむことが出来なかっただろう。なんだか申し訳ない気持ちになる。
「いつも優しい状態のお母さんなんていないよ。基本的に優しければいいんじゃない?」
「……まあそうかもね」
私は曖昧に返事をした。
「……ところで佐奈、佐奈の小学生の時の関連話をしてもいい? 辛いだろうけど、今はっきりさせた方が良いと思うんだ」
「……うん、いいよ」
「佐奈も薄々気づいていると思うけど、佐奈の異常なほどの学校嫌いは、小学生の時の『いじめ』が原因だと思うのだけど、佐奈はどう思う?」
紅羽は単刀直入に聞いてくる。
あまりぼかして言うと、余計に私が傷ついてしまうと思ったからかもしれない。
「私もそうだと思う、けど……」私は言葉を続けた。「だからといって、それを思い出したところで私はどうすればいいの?」
「……ごめんね、辛いことを思い出させちゃって」
紅羽は急にしおらしくなり謝罪を口にする。
「いや、大丈夫。いつかは思い出すかもしれないから、早めに思い出してよかったのかもしれない」
私はそう口にしたが、本音は小学生の頃のいじめられた記憶は、一生思い出したい記憶ではなかった。
だから思い出したことを後悔している。
でも、紅羽のことを恨んでいるわけではない。
紅羽は私に写真を見せないよう写真をポケットに入れていて、それが不運にもポケットから落ちてしまっただけで、紅羽が悪いわけではない。
紅羽は私が辛い記憶を思い出さないようにしてくれていたのだ。
「……あの写真はね、卒業アルバムの後ろに挟まっていたんだ。最初は普通に班でとった写真だと思っていたけど、あまりにも佐奈が怯えた目をしていたから、もしかしてこの写真の中に佐奈をいじめていた人物がいたんじゃないかって思ったの」
「紅羽は流石だね。……その予想は当たっていたよ」
震える声で呟く私。
なんで声が震えているのかは、分からなかった。
「確認していい?」
「なにを?」
「あの写真に写っていた中の誰が佐奈をいじめていたの?」
紅羽は真剣な表情になる。
「あの写真に写っていた私以外の全員が、私をいじめていた。……いじめの主犯は私の隣にいた男」
「……辛かったんだね」
紅羽は重苦しい声で同情した。
その紅羽の声を聞いた時、私の目に冷たい感覚がした。