【9月4日(日)】6時に目が覚めた。

美沙ちゃんも同じころに目が覚めたみたいで、寝がえりをうってこちらを向いたので、目が合った。

「おはよう」といって、我慢できずに抱きしめる。

美沙ちゃんも抱きついて来るので、また愛し合う。

目が覚めたら、もう8時になっていた。

そうだ、結婚式場の打合せが10時からだった! 二人同時に気が付いて飛び起きた。

10時に原宿にある結婚式場に到着。

当日は4時から結婚式と写真撮影のみ、それから近くのレストランで5名での会食の予定。式場を下見して、衣装合わせ。

美沙ちゃんはカタログで衣装を選んでから別室で試着して寸歩合わせ。

ちょっと確認して下さいといわれて、別室に行くとウエディングドレス姿の美沙ちゃんがいた。

とってもきれいで可愛い、本当に惚れ直した。

僕の方はやはりカタログでグレーのスーツを選んで試着した。サイズはぴたり。

美沙ちゃんが見に来てOKのサイン。

それから近くのレストランへ行って5名での会食のための個室と料理を予約して打合せは終了。

お昼になっていたので、近くのハンバーガーショップでハンバーガーを食べて、すぐにそれぞれの家へ帰宅。

美沙ちゃんの母親夫婦のお家の訪問時間は6時なので5時40分に梶ヶ谷駅の改札口に集合することにした。

丁度約束の時間に駅についた。美沙ちゃんはもう改札口で待っていた。

駅前の店で手土産のケーキを買う。

駅から5分ぐらいのところに築年が古いマンションがあった。

入口に管理人室があるだけで、セキュリティーのための自動扉などない。

エレベーターで4階に上がる。405号室のドアをノック。

お母さんが中に案内してくれる。かなり広くて3LDKだとか。

リビングに案内されるとご主人が待っていた。

「ようこそ、美沙さんの母親の夫の野上義和です」

「始めまして、岸部潤です。今日はご挨拶にお伺いしました。また、お食事にご招待いただき、ありがとうございます」

野上さんは落ち着いた雰囲気の人だった。テーブルの上には料理が置かれていた。

和食を用意してくれたとのことで、前に美沙ちゃんがご馳走してくれたものと似かよっている。

席につくとすぐに野上さんがビールを注いでくれる。

「今日の午前中に結婚式場に行って打合せてきました。式の日時は美沙さんからお聞になっていると思いますが、9月18日(日)の午後4時からです。

5時30分から式に出席してくれる私の上司の竹本企画開発室長とお二人と私たち二人の5人での会食を予約してきました。よろしくお願いします」

「美沙ちゃんの結婚式に出席させていただきありがたいです。まあ、食事をしながら、私から家内親子との係わりについての話しを聞いて下さい」と言って話し始めた。

咲子さんと美沙ちゃんはニコニコして聞いていた。

野上さんは小さな建設会社を経営していて今は長男に社長を譲って引退して会長になっているとのこと。

野上さんは45歳の時に奥さんを病気で亡くした。その時17歳の男の子と15歳の女の子がいたが、二人の世話を契約していた大工の横山さんの妻の咲子さんが引き受けることになった。

当時、横山さん親子は近くに住んでいて、咲子さんは30歳で美沙ちゃんは8歳だったとか。それから8年間、長男が大学院を卒業し、長女が大学を卒業するまで、自分の子育てをしながら、家事を引き受けてくれたとのこと。

子供たちが独立して家を出てからも、食事の世話などをしてくれていた。そして、8年前に夫の横山さんが事故で亡くなった。

残された咲子さん親子に、今までの恩返しと事故のお詫びにできるだけのことをしようと会社の事務の仕事をお願いしたり、会社の寮にも住んでもらった。

そして3年前に引退する時に、子供たちとも相談して、咲子さんに結婚を申し込んだ。

その時、美沙ちゃんと3人で住もうといったのだけれど、美沙ちゃんが遠慮して一人暮らしを始めた。

美沙ちゃんが自殺未遂をしたときには、無理にでも一緒に住んでいればと後悔したという。

こうして美沙ちゃんが岸部さんと結婚することになってこんなに嬉しいことはないと言った。

それから、咲子さんと結婚するときに、自分と15歳も年が離れているので、死んだ後に困らないように、咲子さんに、このマンションを譲ると遺言状を書いたそうだ。

子供たちにはそれぞれ自宅やマンションを与えてあるので、二人とも承知しているとのこと。

この前も長女に初孫が生まれたときにも咲子さんが孫と長女の世話してくれて長女がとても感謝していたとのこと。丁度美沙ちゃんが風邪を挽いて寝込んでいた時だった。

野上さんの話を聞くとやはり小さな建築会社でも社長を務めていただけのことはある。人の気持ちが分かり、心遣いができる人だったので、安心した。

お母さん夫婦を訪問してよかった。美沙ちゃんはあのお母さんの性格を引き継いでいることがよく分かった。道理で料理もおいしい訳だ。

【9月5日(月)】朝、室長が9時少し前に席に着くとすぐに話に行った。

「室長、お話ししたいことがあるので、会議室で聞いていただけますか」

「何か重大な話か?」

「実は、横山さんと結婚することにしました。転勤が決まったので、関西に一所に来てもらおうと、急遽プロポーズして婚約しました。9月18日(日)4時から結婚式を挙げることにしました。それで、室長に結婚式に出席していただけないかと思いまして」

「そうか、おめでとう。喜んで出席させてもらうよ。岸辺君とは入社以来の付き合いだけど、いつまでも独身でいるから心配していた。良かったじゃないか。仕事はよくできていい子だけど、ブランド好きの岸辺君が地味な横山さんとよく結婚する気になったね」

「そのうちに分かっていただけると思います。それで彼女を9月末で退職させます。彼女の方から派遣会社を通じて会社に届け出させます」

「承知した。実は薄々ひょっとするかなと思っていた」

「なぜですか?」

「そう、君たちが風邪でダウンしてからかな、お互いに見舞いに行っただろう。あのころからかな」

「分かりましたか?」

「横山さんの君を見ている目が変わったし、前にも増して仕事に一生懸命になった。君の彼女を見ている目も変わった。それにお互いに会社で冗談を言わなくなっただろう。プライベートで付き合っていると、会社で冗談なんか言わなくなるものだ」

「なぜ、そこまで気がつくんですか」

「僕も家内と職場結婚をしたから」

「そういえば以前、奥さんは研究所でもらったといっていましたね」

「僕が30歳の時、研究者として1人前になったので、新卒のアシスタントを付けてくれた。これが可愛い子で、またよく気が付く。それで内緒で付き合って、1年後にはやめさせて嫁にした。だから分かる」

「いやあ、参ったなあ。でも二人の結婚のことは当面内密にしておいていただけませんか? 社内の手続きはしますが、発表は送別会の時にでもしようと思っていますから」

「承知した。でも気を付けた方がいいよ。うちのもあの時は可愛かったが、今はすっかり尻に敷かれている。横山さんもしっかりしているから気を付けろ」

「彼女なら尻に敷かれても良いです」

「のろけるな、今のうちだけだ、子供ができたら豹変するから、本当に気を付けた方が良いぞ」

そんなこと美沙ちゃんに限って絶対にないと思って席に戻った。