「えっ!」

つぼみにそう言われて、尊人は目を丸くして驚いた。

尊人が自分の唇に手を当てると、赤い液体が指先に付いた。

「だいじょうぶ?」

つぼみは慌ててブラウスのポケットから白いハンカチを取り出して、心配そうな顔で尊人に訊いた。

「いいよ、これぐらいのケガ。痛くないし」

「使って。痛いとか痛くないの関係なく、血を止めないと」

はっきりとした口調で言って、つぼみは白いハンカチを尊人の手に置いた。

「あ、ありがとう」

そう言って尊人は、白いハンカチで切れた唇を拭いた。尊人が唇を拭いたのと同時に、白いハンカチが血でかすかににじむ。

つぼみは誰にでもやさしくできる、性格だ。僕はそんな、彼女の〝優しさ〟を好きになった。彼女にやさしくされればされるほど、僕はつぼみのことを好きになった。しかし、彼女の優しさが自分だけに向けられているのではなく、みんな平等に向けられていることに僕だけが特別な想いを抱かれていないことにさびしく感じた。

ーーーーーーつぼみの願いをかなえてあげているのは、僕なんだよ。僕の貯金が底を尽きると、願いはもうかなえられなくなるんだよ。そのやさしさは、願いをかなえている僕だけにしてよ。

告白にも近い、心の中の僕の想いは彼女に届くはずもなかった。