「はぁ」

僕は、深いため息をひとつ口からこぼした。

リビングにある壁掛け時計に視線を移すと、午後十時を過ぎていた。こんな時間になっても母親は帰っておらず、家の中には僕しかいなかった。

「はぁ」

もう一度深いため息を吐いて、僕は窓の外に視線を移した。

外はすっかり暗くなっており、夜空には弓のような細い月が浮かんでいた。

「ただいま!」

そのとき、玄関から母親の声が聞こえた。

「おそいよ、お母さん」

僕は、呆れた顔で母親を出迎えた。

「あら、願。まだ、起きてたの?」

「当然だろ。お母さんが帰って来ないから、心配して眠れなかったんだよ」

僕は眉を八の字にして、母親にそう言った。

「明日も学校なんだから、早く寝なさい。だからいつも、私が起こすことになるんでしょ」

玄関でパンプスを脱いで、母親は冷たい口調で言った。

母親の顔は赤くなっており、口からアルコールの匂いがした。