おじさんは真剣な顔だ。そしてスッと私達を指差した。正確には足元だけど。

 「なんだよ、そこ!」

 私達はおじさんに言われ、下を向いた。
 そこは見事に足跡が緑色でペイントされていた!
 これって、草原を靴下のまま走り回ったから? すご~い! なんか感動!

 「って、もうこの靴下はけないじゃん!」
 「そっか。俺達、靴下で草の上歩いたから……」
 「あら、嫌ですわ」
 「本の中に入る時は、靴を履く事だな」
 「靴を履く事だな。じゃない! 今すぐ靴下を脱げ! 拭く物を持って来るからそれで拭いて! そして床も拭けよ! って、父さんは何故靴なんだよ!」

 私達が感動している中、おじさんだけが怒鳴り声を上げ、雑巾を取りに行った。

 「本当に短気な奴だ」

 おじいちゃんがぼそっと呟く。
 まあ汚されれば怒るかもね。
 おじさんは私達には、濡らしたタオルを渡し、自分はせっせと床を拭き始める。
 靴下を脱いで渡されたタオルで私達は足の裏を拭く。

 「まったく……父さんが絡むとろくな事がない。って、父さんは、拭くんじゃなくて靴を脱いで下さい! ここは日本です!」
 「そんな事は知っておる」

 おじさんが怒鳴るも、おじいちゃんはつらっとして返し、ゴシゴシとタオルで靴裏を拭く。その姿におじさんは、大きなため息を漏らす。
 ピピピピ……。
 突然少し高い音が聞こえ、おじさんがスーツからスマホを取り出す。

 「はい。佐藤です。お世話になっております。……え! はい! 時間までには間に合いますので、申し訳ありません! 失礼します!」

 会話の途中で立ち上がると、ペコペコお辞儀をしつつ電話を切った。
 くるっとハル君達を向いた顔は青ざめている。

 「時間がない! 早く着替えて!」

 おじさんが壁時計を指差し言うと、ハル君達は言われている事がわかったようで、ハッとして走り出す。

 「集合時間過ぎてる!」

 カナ君はそう言って姿を消した。
 一体なんだろう?

 「電話こなかったらやばかった……。部活から戻ったらすぐに出かけようと思っていたんだった……」
 「すみません。私が来たばかりに……」
 「いえ、アメリアさんのせいでは……」

 何か急ぎの用事があったんだとアメリアさんもわかったようでそう言うと、慌てておじさんは否定する。

 「気にする事はない。誠が忘れていただけだ。まったくマネージャーなのにな」

 おじいちゃんの言葉にアメリアさんは首を傾げる。マネージャーと言う単語は通じてないみたい。それにしてもおじさんがマネージャーだったなんて! 出掛ける用事ってウィザードの仕事だったんだ! それは遅刻したら大変だわ!

 「遅刻したらしゃれにならない……。父さん!」
 「なんだ?」

 文句でも言うのかと思ったら、おじさんは突然頭を下げた!

 「お願いします!」
 「全く。そういう時だけ。普段は魔法なんてと文句ばかりだと言うのに……」
 「うん? 魔法?」
 「魔法を使って、空を飛んで現場まで行くのですよ」

 私が不思議そうに呟いたので、マリアさんがそっと教えてくれた。
 そう言えば、おじさんが空を飛べるとかなんとか言っていたっけ? もしかして、毎回遅刻しそうになると空飛んでいるわけ?

 「仕事場に魔法で飛んで?!」
 「そうだ。遅刻しそうになるたびに借り出される。一人なら連れていけるんだけどってな」

 私が驚いて叫んだ為、今度はおじいちゃんがそう教えてくれた。どうやら予想はあたっていたみたい。これもう、魔法が生活に溶け込んでいませんか?

 「ほれ、全く。私がまだ本の中だったらどうする気だったのか……」

 文句を言いつつおじいちゃんは、おじさんに何かを手渡した。

 「それって何?」

 直径三センチ程のキラキラ輝く球。それが今、おじさんの手の平にある。

 「それが精霊の玉だ」
 「まあ、これが……」

 おじいちゃんの答えに私達は、ジッと精霊の玉を見つめた。マリアさんも言われるまで気づかなかったみたい。

 「お待たせ!」

 二人が十分もしないで着替えて現れた!
 ハル君とカナ君は今、ウィザードの姿だ。何故か緊張してしまう。本当に二人はウィザードだった! いや、聞いてわかってはいたけど、目の前にすると、ね……。
 やっぱり魔法使いだと言われるより、信じられません!

 「アメリアさん、すまないが少し待っていてくれないか。すぐに戻ってくる」

 おじいちゃんがそう話しかけるとアメリアさんは頷いた。

 「さてパルミエ殿。毎度すまないが結界をお願い出来るかな?」
 『はい。今回も四人分ですね。頑張ります』

 呼ばれおじいちゃんのマントからスッとパルミエちゃんが出て来た。

 「って、精霊って魔法使えたんだ! しかも結界!」
 「精霊は私達より達者だ。結界は万が一に備え、姿を消すモノだ」

 驚いて叫ぶと、また淡々とおじいちゃんは答えてくれた。
 そう言えば、精霊は魔力の塊だったね。だとしたら魔法は使えそうだね。今はスマホとかで気軽に映像も撮れちゃうから見られたら大変だもんね……。空を飛ぶのも大変だ。

 「精霊であっても、四人分はこの世界では大変でありませんか?」
 「まあそうだが。誠はパートナーがいないからな」
 「では、私のパートナーのヌガーさんを連れて行って下さい。いいわよね?」

 アメリアさんが驚く提案をしてきた。おじいちゃんも驚いている。

 『はい。大丈夫ですよ』

 アメリアさんに言われて姿を現したのは、パルミエちゃん同様の大きさと見た目は人間の姿。でも髪がパルミエちゃんが肩ぐらいまでだけど、ヌガーちゃんはアメリアさんのように長かった。

 「よいのか?」
 「え? いいのですか?」

 親子声を揃え聞くと、アメリアさんとヌガーちゃんは頷いた。

 「ありがとうございます」
 「すげ~。精霊だ!」
 「この子もかわいい!」

 おじさんがお礼をする横でハル君達は、精霊に見惚れていた。

 「すまないな。ではヌガー殿、宜しく頼む」

 そうしてぞろぞろと玄関に向かった。
 そっとおじさんが、玄関のドアを開け、外の様子を伺う。

 「誰もいない。オッケーだ」

 そう言ってハル君――シマールと手を繋ぐ。

 「じゃ張り切ってジャックしてくるぜ」

 ハル君はシマールになりきり、その言葉を残しフッと姿が消えた!
 驚いていると、おじいちゃんと手をつないだカナ君達も消える。
 私達は見えなくなった四人が飛んで行っただろう空を仰ぎ見送った――。