ゴールデンウィークに入ると、
家事と勉強の合間に真紀子さんを訪ねた。

真紀子さんは相変わらずぼんやりしていたけど、
いつもと違ったのは、
私を「ゆかりさん」と呼んだことだ。

でも、会話ができたわけじゃない。
私とはまた違う意味で、
真紀子さんは別の世界に飛んでいるんだろう。

そういう私は最近、集中力が落ちている気がする。

「そんな時は思い切って気分転換するのがいいよ」
と塾の先生に言われて、
塾帰りに映画を観に行くことにした。

向かったのは、JR桜木町駅のすぐそばのシネコン。
ゴールデンウィークの最終日だからか、
駅もシネコンも人でいっぱいだ。

邦画の恋愛ものは美園たちと見ればいいから、
今日はアクションコメディでスカッとしたい。

そう思ってチケットを買ったはずなのに、
始まったのは、緊迫した海外の法廷ものの映画。
俳優も知らない人ばかりだ。

あれ? 間違えちゃったかな。
今さら出られないし、まあいっか。

見終わって電気がつくと、周りの座席はガラガラだった。
けっこう面白かったのに。

出口で、空になったポップコーンのカップを
渡そうと、係員の人の顔を何気なく見た時だった。

あれ? もしかして。

お互いの視線が磁石のように引き合ってぴたりと止まる。
少しの間があって、
二人同時に右手を左耳の耳たぶに持っていく。

やっぱりそうだ。
予定とは違う映画を見る羽目になったのは、
こういうことだったんだ。

「こんな時間に何やってるんだよ」

「こっちは今、何時なの?」

「夜中の1時」

「1時!? うそ、どうしよう」

バスなんて、とっくに終わってるはず。
っていうか、こっちの世界で家に帰るわけにはいかないか。