しばらく私の頭に載せていた手をそっと離すと、
直規は明るく言った。

「この弁当、本当にうまいな」

直規が残っていたおかずに箸を伸ばした隙に、
横を向いてすばやく涙をぬぐった。

「そう言えば、もう一つ気になることがあったんだ」

始業式の日に会った中学生男子の話をすると、
直規は再び箸を止めた。
二つのことが同時にできないなんて、
意外と不器用なのかも。

「あの中学生、私のことを
知ってるみたいだった。
どの世界の人なのかは、わからないけど」

「また別の世界の人間なら、
俺とお前がもう一人ずついるってことになるのか」

「ややこしくなってきたね」

「会った瞬間、お互いのことを
すぐに判別できたらいいんだけどな。
金髪さおりが黒く染めたら
わかんないかもしれないし。
何か合図でも決めるか。
山って言ったら川って答えるとか」

「それじゃ怪しすぎるって」

「じゃ、どうするんだよ」

「右手で左の耳たぶを引っ張るのはどう? 
こっちの佐藤直規は左耳にピアスをしてるから、
絶対にできないし」

「こう?」と左の耳たぶを触ろうとした佐藤直規が
箸を落としそうになる。

「ホント、不器用だね」

「うるせえな」

照れた顔が私の左耳を引っ張る。

「笑ってないで、さおりもやれよ。
言い出しっぺなんだから、忘れるなよ」

「痛いってば」

お返しに、直規の左耳を引っ張る。
照れた直規の耳たぶは少し赤くて、熱かった。