「それで、どうなったの?」
私が聞きたくても聞けないことを、美園が尋ねた。
「先に行かせた親子連れのお母さんの方が亡くなったみたい」
美園がフジミんの長袖Tシャツをぎゅっとつかむ。
「うわ、かわいそう」
顔をしかめてから一転、美園が上目遣いでフジミんをのぞき込んだ。
「そこでフジミんが転んだから、
フジミんとパパは命拾いしたんだよね。よかったね」
よかったねって、何それ。全然よくないよ。
人が死んでいるのに。
死んだのは、私のお母さんなのに。
……仕方ないってことは、わかってる。
その亡くなった人の娘が目の前にいるなんて、知らないわけだし。
それでもやっぱり、無邪気な笑顔に傷つく。
友達だから、よけいに。
こっちでは私のお母さんが亡くなり、
あっちでは佐藤直規のお父さんが亡くなった。
まるで椅子取りゲームみたいで、やるせない。
「さおり、どうした? 疲れた?」
黙り込む私を、美園が心配そうに見る。
私はとっさに目をそらした。
好きだけど、好きだから、「よかったね」の一言が引っかかる。
でも、そんなこと言えないし、言いたくもない。
怒りを押し込めて、平静を装う。
「あ、ううん、大丈夫」
「そう? ならいいけど。私、ちょっとトイレ行ってくるね」
え、ちょっと! 二人にされても困るんだけど。
必死に目で訴えたつもりなのに、美園は気付かずに行ってしまった。
「何の話しよっか」
顔を上げると、佐藤直規は両肘をついて私をじっと見つめていた。
仕方ない。こうなったら、あっちの佐藤直規のために情報収集をしてあげよう。
「えーと、どこに住んでるんですか?」
「上大岡。京急の」
なるほど。本牧から引っ越したんだ。
「お父さんとお母さんのお仕事は?」
「父親は高校の先生。母親は専業主婦」
へえ、そうなんだ。それは知らなかった。
「じゃあ、今度は俺から聞いていい?」
私が返事をするより早く、フジミんが自分のスマホを取り出した。
「連絡先教えて」
「いや、だって私、美園の友達だし」
「うん、だから俺とも仲良くしよ♡」
いや、語尾に♡をつけられても。
「さっきからずっとチラチラ見てたでしょ、俺のこと」
いや、それは……言えない。
もう一人のあなたを知ってるんです、なんて。
「いいじゃん。今度、二人で会おうよ」
フジミんは、スマホを持ってない方の手で私の右手を握った。
この男。最低っていうか最悪。
触らないで欲しいんですけど。
私は素早く右手を引っ込めると財布を取り出した。
そして、消費税分まできっちり計算した
ドリア代をテーブルの上に置いた。
「エイプリルフールでも、バカなことを
言ってもいいのは午前中までだから」
できる限りの低い声で静かに言い、席を立つ。
怒鳴るエネルギーさえもったいない。
「えー、行っちゃうのー?」
背中から追いかけてくるフジミんの声を振り払うように、私は早足に店を出た。
私が聞きたくても聞けないことを、美園が尋ねた。
「先に行かせた親子連れのお母さんの方が亡くなったみたい」
美園がフジミんの長袖Tシャツをぎゅっとつかむ。
「うわ、かわいそう」
顔をしかめてから一転、美園が上目遣いでフジミんをのぞき込んだ。
「そこでフジミんが転んだから、
フジミんとパパは命拾いしたんだよね。よかったね」
よかったねって、何それ。全然よくないよ。
人が死んでいるのに。
死んだのは、私のお母さんなのに。
……仕方ないってことは、わかってる。
その亡くなった人の娘が目の前にいるなんて、知らないわけだし。
それでもやっぱり、無邪気な笑顔に傷つく。
友達だから、よけいに。
こっちでは私のお母さんが亡くなり、
あっちでは佐藤直規のお父さんが亡くなった。
まるで椅子取りゲームみたいで、やるせない。
「さおり、どうした? 疲れた?」
黙り込む私を、美園が心配そうに見る。
私はとっさに目をそらした。
好きだけど、好きだから、「よかったね」の一言が引っかかる。
でも、そんなこと言えないし、言いたくもない。
怒りを押し込めて、平静を装う。
「あ、ううん、大丈夫」
「そう? ならいいけど。私、ちょっとトイレ行ってくるね」
え、ちょっと! 二人にされても困るんだけど。
必死に目で訴えたつもりなのに、美園は気付かずに行ってしまった。
「何の話しよっか」
顔を上げると、佐藤直規は両肘をついて私をじっと見つめていた。
仕方ない。こうなったら、あっちの佐藤直規のために情報収集をしてあげよう。
「えーと、どこに住んでるんですか?」
「上大岡。京急の」
なるほど。本牧から引っ越したんだ。
「お父さんとお母さんのお仕事は?」
「父親は高校の先生。母親は専業主婦」
へえ、そうなんだ。それは知らなかった。
「じゃあ、今度は俺から聞いていい?」
私が返事をするより早く、フジミんが自分のスマホを取り出した。
「連絡先教えて」
「いや、だって私、美園の友達だし」
「うん、だから俺とも仲良くしよ♡」
いや、語尾に♡をつけられても。
「さっきからずっとチラチラ見てたでしょ、俺のこと」
いや、それは……言えない。
もう一人のあなたを知ってるんです、なんて。
「いいじゃん。今度、二人で会おうよ」
フジミんは、スマホを持ってない方の手で私の右手を握った。
この男。最低っていうか最悪。
触らないで欲しいんですけど。
私は素早く右手を引っ込めると財布を取り出した。
そして、消費税分まできっちり計算した
ドリア代をテーブルの上に置いた。
「エイプリルフールでも、バカなことを
言ってもいいのは午前中までだから」
できる限りの低い声で静かに言い、席を立つ。
怒鳴るエネルギーさえもったいない。
「えー、行っちゃうのー?」
背中から追いかけてくるフジミんの声を振り払うように、私は早足に店を出た。