そしてまた世界は枝分かれする

運ばれてきたカップに口を近づけると、佐藤直規もつられてカップを手に取る。

と思ったら、突然我に返ったように、「うわ!」と小さな叫び声をあげた。

「何これ」

「カフェラテ」

「チョコソースかかってる?」

「うん」

「うわ、あっぶねえ」

大げさに驚いて、毛嫌いするようにカップを自分から離して置く。

「えっ、なに?」

自分の好きなものをけなされた感じ。
私の様子に気づいた佐藤直規が、「そうじゃないんだ」と首を振った。

「俺、チョコレートアレルギーなんだよ」

「そうなの!? ごめん、知らなくて」

「いや、ぼんやりしてた俺が悪い。気づいてよかったよ。
やっぱりこっちのさおりも好きなんだな、カフェラテとか、チョコとか」

納得したように私を見て笑う。

さっきまでお通夜みたいな顔をしていたせいか、
思い切り笑った顔が、子供っぽく見えた。

「そっちのさおりも好きなの?」

「うん。まだ付き合いたての頃、俺がアレルギーだって言ってなくてさ。
チョコを食べたさおりとキスしちゃって、大変だったんだよ」

「さおりとキスをした」の一言に、自分の頬が一瞬で熱くなるのがわかった。

落ち着け、私。私じゃないんだから。
うん、わかってる。
わかってるけど。

こんなふうに言われると、私がこの人とキスをしたようで、すごく恥ずかしい。

「呼吸困難になっちゃって、あの時はマジで死ぬかと焦ったよ」

一人で思い出し笑いをしていた佐藤直規が、黙っている私に目をやる。

「何、赤くなってんの?」

「なってないって」

私は慌てて自分の頬を押さえた。

まったくもう。

こういう時だけ目ざといんだから。

「なってるじゃん。ほら、耳まで真っ赤」

佐藤直規がテーブルの向こうから手を伸ばし、私の耳に触れた。
その指の冷たさに驚いて、びくっと身体が震える。

動揺を悟られたくなくて、私はわざと乱暴に佐藤直規の手を払い、
「もう、それセクハラだから!」と抗議した。

「ごめんごめん」

口ではそう言いながら、佐藤直規はからかうように私をのぞき込んだ。

「まだ赤い」

「もう、いいってば。それより、さっきの話だけど…」

「ああ」と頷いた佐藤直規の顔は、だいぶ落ち着いているように見えた。