「とりあえず行くぞ」
さっきより強くつかまれ、私は体ごと思い切り腕を引いた。
「ちょっと、やめて!」
思わず大きい声が出る。気づいた店員さんがこちらに近づいてきた。
「お客様、どうなさいましたか?」
助けて下さい、と私が訴える前に、男は落ち着いた顔で制した。
「すみません。僕の彼女なんですけど、最近ちょっと、情緒不安定で」
爽やかすぎる笑顔が、余計に怖い。
私は立ち上がって叫んだ。
「助けて!」
「さおり!」
私を見下ろす怒った目。この人、本当にヤバいかも。
私は目に入った紙カップを素早く手に取ると、
男に向かって中身をぶちまけた。
……というのはフリだけで、カップを下に落とす。
男がひるんだすきに振り払った左手でカバンを取り、全速力で出口に突進した。
とにかく逃げなきゃ。
扉に身体をぶつけるようにして外へ飛び出すと、夢中で走った。
人混みの中をすり抜けて橋を渡り、
コスモクロックがある遊園地の前を一気に駆け抜ける。
途中で何度か人にぶつかりそうになっても止まらず走った。
問題は、私が体育以外で走ったりしないってこと。
さっそく息が上がって苦しい。
ああ、もうだめ。
海沿いのショッピングモールの前でついに力尽きた私は、よろよろと止まった。
何これ。完全に罰ゲームじゃん。
苦しくて息ができないけど、力を振りしぼって顔を上げてあたりを伺う。
よかった、追いかけてきてない。
ホッとして細い呼吸が戻ってきた頃、気がついた。
いつの間にか、耳鳴りもめまいも消えている。もちろん、寒気まで。
いや、ちょっと待って。
そんなことより、いつの間にこんなに暗くなったの?
さっきまで夕焼けのグラデーションだったのに、
いつのまにか、町は夜になっていた。
暗闇の中、コスモクロックのイルミネーションが、
ピンクからブルー、グリーンとせわしなく変化する。
その真ん中の時計を恐る恐る見上げた私は、思わず口を押さえた。