「猫じゃないし!」

思いっきり手を振り払うと、
「何だよ、冷たいなあ」と口をとがらせた。

もう、本当に勘弁してほしい。

この人から見れば、
私は「自分の彼女の分身みたいなもん」かもしれない。
でも、こっちから見たら、ただの他人だ。

というより、赤の他人よりタチが悪い。

タクシーはあっという間に桜木町駅に着いてしまった。
それはそうだ。
歩けるくらいの距離なんだもの。

あーあ、こんなことなら、タクシーなんて乗らなきゃよかった。

もったいないことしたな、
まあ、汗だくで歩かなくて済んだからよしとするか。
今週は食費を抑えなきゃ。
頭の中で計算しながら財布を出す。

けれど、私より先に、佐藤直規が千円をひらりと運転手さんに差し出した。

「あ、ちょっと」

慌てて押し付けた千円札を佐藤直規が「いいって」と押し返す。

「よくありません。出してもらう理由なんてありませんから」

「いいから。それより早く降りろって」

佐藤直規が、私をバッグごと強引に押し出す。

あれ? 外もクーラー効いてる?

そう思った私の目の前を、ダウンジャケットを着た女の子が横切っていく。

もしかして……。

私は、恐る恐る振り返った。

案の定、目の前に停まっていたのは、さっきまで乗っていたオレンジ色ではなく、まったく別の、黒いタクシーだった。

もちろん、佐藤直規の姿は、どこにもなかった。