「思うんだけどさ」

向かいの椅子に座り直した佐藤直規が、私の目を覗き込む。

「もしかして、さおりって」

一度言葉を切って、じっとこちらを見る。私の反応を探るみたいに。

「うん?」

「……タジュウジンカクなのかなって」

「は?」

タジュウジンカクが「多重人格」に
頭の中で変換されるまで3秒くらいかかった。
それくらい、私には縁のない言葉だ。

「そんなことあるわけ……」

ない、と言う一言は、佐藤直規の言葉に打ち消された。

「そう考えれば、つじつまが合うんだよ」

「つじつまって…」

佐藤直規がもう一度スマホを取り出し、「私じゃないさおり」を指差した。

「金髪のさおりに水色のマフラーを渡したんだ。
スタバで飲み物をぶちまけられそうになった時に忘れてったやつ」

「そうしたら?」

「そんな覚えもないし、嫌いな色のマフラーなんて
持ってるわけないじゃん、だって」

そりゃそうでしょ。
だってそれ、全部私の話だもん。

「私のマフラー、返してよ」

「お前、人を泥棒みたいに言うなよ。
それより、話の続き。
黒髪のさおりは、この金髪のさおりのことを知らないと言う。
だけど、二人は名前も生年月日も同じ」

「でも、違うところだってあるでしょ」

「そこなんだよ」

佐藤直規がぐいっと身を乗り出してくる。