「シュレディンガーの猫って、知ってますか? 量子論の」

ぽかんとした顔のるいさんが、首をかしげる。

「ええと、量子論では、誰かが見た瞬間に、素粒子が形になるらしいんです」

いきなりこんな話、酔ってなくても意味がわからないと思う。

それでも、二つの枝がほどける前に、残しておきたかった。
この人の心が少しでも軽く、強くなるような何かを。

「だから、例えば空の月も、人が見ていない時は存在しないんです。
でも、るいさんが見た瞬間、月はそこに存在する。
って、わけがわからないですよね」

るいさんがそこで初めて頷いた。

「シュレディンガーの猫って、量子論の思考実験なんです。
箱の中に毒ガスと一緒に猫を入れたらどうなるか、っていう。
あ、思考実験だから、本当にやるわけじゃないですよ。
どうなると思いますか?」

「そりゃあ……死んじゃうでしょう。
かわいそうだけど」

「普通そう思うでしょう? 
でもね、量子論ではこう考えるんです。
箱を開けて見るまで、生きている状態と死んでいる状態が重なっている、って」